俺が悪いんだ【59】
魔物の一撃を受けて吹き飛ばされたのは紛れもない、エマの兄だった。
俺は叫ばずにいられなかった。エマの兄を追って無心で駆け出す。
魔物が邪魔するように俺の前に立ちふさがる。
俺は足を止めるしかなかった。
そう簡単に見逃がしてくれるはずもない。
再び振り下ろしてくる一撃。
くそっ!
俺は反射的に両腕で顔を覆い、防御の構えを取った。
瞬間、金属音が聞こえてきて。
恐る恐る防御を解いてみれば、そこには一人の見知った女性の背があった。
俺の代わりに魔物の攻撃を剣で受け止める女性。
女剣士隊長──シェイリーン、その人だった。
シェイリーンが俺に向けて言ってくる。
「行きなさい!」
俺は呆然とした。
どうして俺を……?
「何をしているの! 早く行きなさい!」
俺は無言で頷くと、その場を駆け出した。
魔物の横を過ぎ去り、エマの兄のところへと駆け寄る。
うつ伏せで倒れているエマの兄。
たどり着いた俺はすぐに彼のそばに座り込み、急いで抱き起こした。
声をかけようとしてハッとする。
力抜ける思いで肩を落とし、俺はかけようとした言葉を止め、そのまま静かに彼を見つめた。
……助からないのは明らかだった。
何と声かけていいかわからず、ただそれが分かった途端に俺の目から止め処なく涙があふれてきた。
震える声で、俺は謝る。
ごめん。全部俺が悪いんだ。
エマの兄は最後に微かに笑って、弱々しい声で返してきた。
「お前は悪くない……ここは戦場だ。いつかこうなることは……覚悟していた」
そして俺に血まみれの家族写真を手渡してくる。
「エマには……帰りが遅くなると、伝えてくれ……。俺の存在だけが……生き甲斐なんだ」
だったらこんなところで死ぬなよ。エマの手料理を食べに帰るんだっただろ? きっとずっと帰りを待つことになる。
「それでいい。それでいいんだ。
こうなることはわかっていたのに……どうして俺はあの時、アイツの手料理を食べず……家を出てしまったのだろう……」
そう言い残して、エマの兄は静かに息を引き取った。
俺は写真を受け取り、エマの兄をそっと床に寝かせる。
楽な体勢でいられるように。
返らぬ言葉と分かっていながら、俺は話しかける。
なんでだよ? なんで俺なんかをかばったんだ?
これは全部俺が招いたことだったのに。
俺、エマに顔合わせられないよ。
連れて帰るって約束していたんだ。
大きな影が俺を覆う。
見上げれば、二足立ちで黒い大熊の魔物が敵意むき出しで吠えてきた。
そう、ここは戦場だ。いつまでも悲しみに浸れない。
このままずっと俺は抵抗せずに誰かを犠牲にし続けなければならないのか?
全ては俺のせいで起きたことなのに。
目の前で次々と人が死んでいく。
その光景を目にしながら、自分自身もそうなるのだと確信する。
大熊が俺に向かって腕を振り上げてきた。
逃げなければならない状況なのに、俺は一歩もそこから動かずにいた。
ドクン、と。
鼓動が高鳴る。
今までとは違う強い力が激しく俺の全身を駆け巡った。
力を抑え込む理由? 抑え込めば、俺はここで死ぬだけだ。
懺悔でもなく、怒りでもなく、生き残る為の力──。
まるで誰かに精神を乗っ取られたかのように、体が勝手に動き出す。
迎え撃つつもりで、俺はその場を立ち上がった。
大熊が腕を振り下ろしてくる。
それと同時に、俺の頭から足先までの全身を白く包み込むモノがあった。
白い犬の毛皮。
守るようにして、俺はその毛皮に全身を包まれる。
俺に戦えというのか?
クトゥルクの力を使って。
体が自然とその言葉に応え、動き出す。
気付けば俺は振り下ろされてくる大熊の手を、片手一つで受け止めていた。
一瞬にして脳裏に浮かぶ複雑構成の魔法陣。
俺はその魔法陣を脳裏に留めたまま静かに大熊の目を見つめた。
無意識に口から漏れる言葉。
消えろ。
言葉が呪文であるかのように、直後に大熊の体は白光し、弾け飛ぶようにして霧散した。




