失敗した、だと?【46】
ハッと目を覚ませば俺は家畜舎の中で仰向けになって寝ていた。
しかも大きな親豚の乳を枕にして、である。
家畜舎の外は清々しい朝を迎えていた。
小鳥がさえずり、どこかでニワトリが鳴く声が聞こえてくる。
俺の両隣では数十匹の子豚がブヒブヒ鳴きながら親豚の乳を飲んでいた。
いったいどういうことだ? これは。
状況が全くと言っていいほど飲み込めなかった。
頭を整理するのにしばらくの時間を要し、俺はそこから起き上がれずにいた。
すると何匹かの子豚が俺の腹の上に乗ってきて首元や顔やらと匂いをかいでくる。
最悪だった。
おい、おっちゃん。聞こえているんだろ?
『あーわかっている聞こえている失敗したんだ、言い訳は後でさせてくれ。俺は今モーレツに腹の調子が悪ぐぉぉぉ、き、きた』
その言葉を最後に、おっちゃんとの連絡は途絶えた。
マジで最低最悪だ、あの野郎。
――そんな時だった。
バケツが地面に落ちた音が聞こえてきて、俺はその方向へと目を向ける。
檻を挟んだ向こうで、昔話にでも出てきそうな爺さんが豚のエサを地面に散らかしたまま、俺を見つめてワナワナと震えていた。
えっと……。どうもすみません、けして怪しい者じゃありませんから。
その老人は声を震わせて言う。
「こ、こいつは驚いただ。オラの豚さ、人間さ産んじまっただ」
そこに現れる一人の牧場風の格好をした年頃の少女。胸まである栗色の髪を三つ編みにして垂らしている。
「どうしたの? お祖父ちゃん」
老人はその娘にすがるようにして泣きついた。
「エマ、今すぐ村長さ知らせるだ。オラの豚さ人間を産んじまっただ。これは神様さ“お告げ”に違ぇねぇ」
◆
牧場少女――エマの善意により彼女の家に誘われ、俺は汚れた体を洗う為に風呂と服を借りることになった。
そしてその後、服が乾くまでの間お邪魔することになった。
さきほどの誤解を説明するのにもちょうどいい時間が作れた気がする。
俺は食卓に座り、エマと話そうとした。
するとエマが朝食をごちそうしてくれると言い出した。
たしかに朝も早い時間だった。朝食の時間に来た俺も悪い。
一応俺も断った。断ったのだがこの村の礼儀だといわれると何とも言えない。
エマが朝食の準備をしている間、俺は食卓に座って家の中を見回した。
古い木造の家である。裕福でもないが貧乏でもない、といったところか。
この家に住んでいるのはさきほどの老人とエマだけ。
エマの両親は少し前に他界してしまったそうだ。
実の兄が一人いるそうだが王都に兵として徴収されたまま、ほとんどここには帰らないのだとか。
「お待たせ」
目の前に用意される温かなミルクとチーズにパン。
「どうぞ、召し上がって」
なんか色々と……ありがとう。
俺は遠慮がちにミルクを手に取ると一口飲んだ。
すごく濃厚でおいしい。
エマが俺の向かいに座ってくる。テーブルに頬杖ついて、褐色の瞳を輝かせて興味津々に尋ねる。
「どうしてあんなところで寝ていたの?」
い、いきなりそこから話すのか? ちょ、ちょっと待て。
俺は考え込む。
どうすれば上手く説明が伝わるだろうか。
エマが質問を続けてくる。
「もしかしてあなた、本当にクトゥルク様だったりして」
え……。
呆然とする俺を見て、エマがくすくすと笑ってくる。
「うそうそ、冗談よ。迷信に決まっているじゃない」
だ、だよな。ははは。
ぎこちなく笑って、俺は早々にパンを手に取り口に運ぶ。
「どうせあなたも兵士として王都に連れて行かれるのを恐れて隠れていたんでしょ?」
え?
「違うの?」
あ、えっと、いやまぁそんなとこ、かな?
とりあえず今はそれで話を合わせておくことにした。
自分が異世界人だと彼女に打ち明けるのは少々面倒そうだ。
すると急にエマは元気をなくすと、視線を落として声を沈ませ、言葉を続ける。
「隠れて正解よ。どんなに兵力を強めたって敵うわけがない。相手は黒の騎士団。お兄ちゃんも戦場に行かされたらきっと殺されるわ……」




