揺れる心【45】
家族三人そろって食事をしたところで会話が弾んだことはあまりない。
父さんと母さんが二人で軽く話して、それを俺が黙って聞いて。という感じだ。
ごちそうさま。
俺は食べ終えた食器を片付け、流し台へと持っていく。
いつもはもう一杯ご飯をおかわりして食べるが、今日はそんな気分じゃない。
やはり、と言わんばかりか。父さんも母さんも俺の様子を心配してくる。
俺はため息をついて答えた。
大丈夫。別に具合が悪いわけじゃないから。
それは本心だった。
考え事をしていたからなのかもしれない。
そのままダイニングをあとにし、脱衣所に向かって風呂に入る。
風呂から上がって二階へ行き、自室にこもる。
いつもの癖というか、何気なく座ってしまう勉強机。
やるべき宿題は山のように残っていた。
俺は机に飾っていた置時計へと目をやった。
午後九時五十分。
きっと素敵な何かが待っている、か……。
俺は内心でそう呟いて、椅子にゆるりと背もたれた。
ため息を吐いて天井を見つめる。
なぜ俺だったんだろうな。
こんな力、別に俺じゃなくても良かったのに。
ぽつり、と。そんな疑問が脳裏を過ぎる。
現状に不満を持ったことはない。そりゃたしかにテストや勉強から逃げ出したいと思ったことは何度かある。けどそれは本気で逃げ出そうと考えていたわけじゃなく、単なる一時の現実逃避というやつだ。最終的にどうあがいても逃げられないことくらいわかっていた。
俺はちらりとベッドの隅に片付けていたノート・パソコンに目をやる。
勉強の合間にやっていたオンラインゲーム。
そういえば、あれからずいぶんとやっていない。
あんなに熱中していた討伐イベントもレベル上げも、気付けばすっかり忘れていた。
もう今更だよな。
こんだけ長い期間ログインしてなかったんだ。きっとあのパーティ・ギルドのメンバーからは削除されていることだろう。
所詮はゲームだしな。
俺は再び天井へと目を向ける。
思い出す、テレビで見た向こうの世界の戦場。
説明がつかないくらいリアルで生々しくて。
ゲームでも、ましてや映画でもない、ドキュメンタリーをそのまま見た感じの映像だった。
とてもゲームの世界の出来事とは思えなかった。
この世にはもう一つの地球が存在していて、そこで起こった出来事かのような、現実とは違う、でも妙に現実的な世界を見たかに思わせた。
……本当に、あの世界をゲームの世界という言葉で片付けてもいいのだろうか?
もし異世界が実在するとしたら?
リラさんやゼルギア、あのギルドのみんなが本当に存在しているとしたら?
その世界にも生と死が存在するとしたら?
俺はあの世界の人達を見捨てたことになるんだよな。
疑問が俺の心を締め付けていく。
あの世界に最初行った頃におっちゃんに言われた言葉が浮かんできて、俺の不安はさらに増した。
(お前はどうする? 助けるか? それとも見過ごすか?)
あの世界がゲームだと言っていたのはおっちゃんの方だ。
だけどもし仮に、俺にわかり易くそう言っていただけだとしたら?
(まぁ助けるも助けないもお前の勝手だ。面倒事が嫌だったらそのまま黙って突っ立ってろ。まぁあと五分ってとこだな。関わらなければ幸せだってこともある)
関わらなければ今の生活を変わらなく過ごせる。
(気にすることはない。お前はみんなと同じことをしているだけだ)
そこだけが、なんか気に食わねぇんだよな。
俺は勉強机へと視線を落とした。
そこに飾られた置時計。
ちょうど十時を示した。
俺はおっちゃんに話しかける。
聞こえているんだろ? おっちゃん。
おっちゃんが鼻で笑って答えてくる。
『当たり前だ。どうやら決心がついたようだな』
そっちの世界に行ってやる。
ただし三時間だけだ。
それ以降は宿題がある。ログアウトが最低条件だ。
『いいだろう。ただし──……
絶対戻れるという保障はどこにもないけどな』
はぁ!? ふざけろ、てめぇ!




