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答えを知るには代償も必要?【43】


 俺と結衣が綾原の家を出たのは、の暮れかけた夕方だった。

 マンションの下で結衣と別れる。


「またね、K。あたしの家こっちだから」


 そう言って結衣は明るく俺に手を振ってきた。そしてくるりと背を向けて去っていく。

 赤く染まる空を見つめながら、俺は思った。

 このままだと駅に着く頃には陽が落ちそうだな。

 空から視線を落とし、結衣の背に声をかける。


 お前の家、たしか日比矢駅の近くって言ってたよな?


 結衣がくるりと振り返ってきて足を止めた。

「あ。さっきの話聞いてたんだ。興味なさそうな顔してたのに意っ外~」


 そんなんじゃねぇよ。

 俺は結衣に駆け寄ると、告げる。


 こんな時間だし、渋井駅までなら送っていく。


 結衣が笑う。

「ありがと」


 俺と結衣は渋井駅に向けて歩き出した。


 しばらくは無言で歩く。

 今しか聞けないかなと思った俺は、ずっと気になっていた話を切り出すことにした。


 その……お前さ、ウソホンって番組見てる?


「Kの情報に百万円でしょ?」


 俺は思わず足を止めた。

 結衣も足を止め、そして俺の腕を組んで無理やり引っ張って歩き出す。


「はいはい。言わない言わない。言うつもりがあったらとっくに知らせているわよ、番組に」


 なぜ言わない?


「言ってどうするの? 都市伝説なんて根も葉もない噂が一人歩きしただけの話じゃない。どうせ誰も本気で信じてなんかないわよ」


 お前がまともな奴で良かったよ。なぁ、色々聞いていいか?


「いいわよ」


 えっと、その……。いつ頃から頭の中で声が聞こえてきた?


 結衣があごに人差し指を当て、考える素振りを見せる。


「えーとね、声が聞こえてきたのはつい最近。全てはあのメールを受け取った時からよ」


 メール?


「ってことは、やっぱKのとこにも来なかったんだ。自分のメアドからの空メール。あれを開けて以来なのよね。携帯を開いた時だけ、たまに頭の中で声が聞こえてくるようになったの」


 ちょっと待て。どういうことだ? それ。


「まぁ落ち着いて。あたしがそうだったってだけの話だから。

 ちなみに奈々ちゃんの場合はお風呂に入っている時だけ声が聞こえてくるらしいの」


 なに? 風呂に入っている時だけだと?


「何考えてんのよ! この変態!」


 結衣は組んだ腕の肘で、油断していた俺のわき腹に一撃を見舞ってきた。


 俺は体をくの字に曲げてわき腹を押さえた。

 そんな意味で言ったんじゃねぇ!


 何食わぬ顔で謝りもせず、結衣は俺を無理やり引っ張り歩きながら話を続けてくる。


「昨日は奈々ちゃんと向こうの世界でちょっと遊びすぎちゃって、長風呂して気分が悪くなったって言ってたのよね。──あ、そうだ。Kはどんな時に声が聞こえてきて向こうの世界に行けるの?」


 え? 俺?

 俺は……


 思い出すのは夜の十時と眠気。

 寝ている時だけが、俺が向こうの世界に行ける条件なのだろうか。


『ブッブー。残念だが大外れ。清々しいくらいに的外れだな』


 ……。

 俺は遠くお空に視線を飛ばして答える。


 なんか常に声が聞こえているような気がする。


「ふーん、そうなんだ。じゃぁみんなバラバラなのかもね。

 ──ねぇ、K。あたしと情報交換しようよ。あたしも教えるからさ、頭の中で話しかけてくる人の名前を教えてよ」


 え?


『ほぉ。向こうから仕掛けてきたか。こいつは面白い』


 頭ン中で話しかけているのは全部おっちゃんの仕業じゃなかったのか?


『別人と言っただろ』


 まぁいいや。情報交換だってさ。おっちゃんの名前、なんて言うんだ?


『教えない』


 俺は結衣に言う。

 教えないという名らしい。


『おいコラ』


「ふーん、そうなんだ。変な名前」


 結衣は俺から離れ、制服のポケットに手を入れた。そしてそこから携帯電話を取り出すと、画面を指で操作して、その画面を真っ黒にする。


 俺は怪訝に首を傾げて尋ねた。

 何している?


「言ったでしょ? あたしは携帯を開いた時だけ声が聞こえてくるって」


 それ見ている時に話しかけられるって、ウザく感じたことねぇか?


「あたしに話しかけてくる人はそんなKYな人じゃないから。たまにしか聞こえてこないし、色々と相談にも乗ってくれるからウザく感じたことなんて一度もないよ」


『KYってなんだ?』


 俺は内心でおっちゃんに教えてやる。

 空気・読めない。略してKYだ。


『おい、今なんか俺の心に鋭いモンが刺さったぞ。なんかすげー大ダメージだ。もう立ち直れる気がしねぇ……』


 よし。

 俺は微笑し、密かに拳を握る。


『何が「よし」だ、コラ。わざとだろ? お前わざと俺に教えただろ? 俺が致命傷受けたことに喜んでるだろ』


 まぁな。


「え? もしかして知り合い?」


 突然結衣がそんなことを言ってくる。


 知り合い?

 尋ねる俺に、結衣は慌てて首を振る。


「あぁごめん、Kに言ったんじゃないの。あたしの頭に話しかけてくる人」


 そういうことか。

 俺はしばし結衣の言葉を待つことにした。


 結衣がこほんと咳払いして、俺に話しかけてくる。


「えっと。前もって先に言っとくけど、今から言うことはKに向けて言うんじゃないんだからね」


 は? どういう意味だ、それ。


 結衣は俺から離れて立ち止まり、向き合わせてくる。

 俺も足を止めて結衣と向き合った。


 結衣が胸に手を当て深呼吸してくる。


 俺は何言われるのかと緊張した。


 そして、結衣は目を鋭くすると俺に指を突きつけて言ってきた。


「こッッッの女ったらしのクソ野郎!」


 おっちゃんが嬉々と声を張り上げて、俺の頭の中で叫んでくる。


『その言葉はマリアベル!』


 ぐん、と。

 俺の体が勝手に動いた。

 前のめるようにして俺はそのまま結衣に向けて倒れ込んでいく。

 反射的に。

 そう、気付けば反射的に。

 俺は結衣を支えにして抱きついてしまった。


 え? な、なんだよこれ。今、俺の体が勝手に動かなかったか?

 俺の頭はパニック寸前だった。


 いきなり結衣が俺を突き飛ばしてくる。

 俺はわけもわからずよろめいた。

 その次の瞬間、爽快に。


 顔を真っ赤にした結衣から思いっきり平手打ちを食らった。


「馬鹿! 変態!」


 そう俺を罵倒して、結衣は渋井駅方面へと向けて駆け出した。


 追うこともできず。

 俺は叩かれた頬に手を当て、呆然と結衣の姿を見送るしかなかった。


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