音もなく、俺に近寄る黒い死神【36】
公園のベンチに腰掛けてから、そんなに時間は経ってなかったと思う。
どこからか一羽の黒いカラスが舞い降りてきた。
じっと俺を見つめる。
俺は足で追い払った。
あっちいけ。エサなんて持ってねぇぞ。
動く気配はない。
俺はため息を吐いて視線を逸らした。
放ってればどこかに行くだろう。
ふいに。
何の気配もなくそいつは突然俺の隣に現れた。
俺の肩にポンと馴れ馴れしく手を置いて告げる。
「はい、捕まえた。ゲーム・オーバーだ」
は?
俺は怪訝な顔して隣を見た。
ダーク・スーツに身を包んだ黒髪黒目の営業っぽい感じの男だった。
年齢はだいたい二十代後半といったところか。
きっと一人でいた俺をターゲットにしてこれから売り込みでも始めるつもりでいるんだろう。
男が微笑してくる。
「無防備に油断し過ぎだ。隙をついてやったというのに動揺もせず逃げもしないとは大したもんだ。てっきり──」
俺は先にハッキリ言ってやった。
間に合ってます。
男が愕然とする。
「間に合っている、だと?」
欲しいものは何もない。金もないし携帯電話もクレジットも持っていない。俺の親から搾り取ろうとしてもたかが知れてる。
「あの力を持っていながら何も欲していないとは何の冗談だ?」
誰と勘違いしているのか知らんが、俺の父さんの役職は係長だ。社長クラスの力なんて持ってない。
「…………」
……。
男が鼻で笑ってくる。
「どうやら奴に記憶を消されちまったようだな、K」
俺は時を止めた。
「ずっと俺が誰なのかわからずに話していたのか?」
男がこめかみに指を当てながら言ってくる。
「お前の頭ン中で声が聞こえてくるだろう? 知らない奴の声が。奴がお前に何吹き込んでいるのか知らんが、奴の言うことは全て信じるな。ここはお前の在るべき世界じゃない」
な、何言ってんだ? お前、いったい誰だよ。
ちょうどそこに、朝倉が飲み物を持って帰ってくる。
俺は朝倉へと振り返った。
朝倉が冗談に笑いながら俺に言ってくる。
「さっきから誰と話してんだ? お前」
え?
思わず俺は隣にいる男へと振り返った。
俺の隣にはたしかに男が存在している。
見えていないのか? 朝倉。
朝倉が俺に飲み物を差し出してくる。
「見えるって何がだ? 幽霊か? 演技下手だなぁお前。オレを驚かしたいならその手の話は夜にしろよな。昼間じゃ何の意味もねぇぞ」
俺は呆然としたまま朝倉から飲み物を受け取る。
隣で男が俺に言ってくる。
「これでわかっただろう? これがこっちの世界での正しい反応だ。
あともう一つだけ、これも言っておこう。
最初からお前のところにカラスなんて舞い降りていない。あのカラスが見えるのは、この世界で住人に成りすました異世界人だけだ」
無意識に飲み物を持つ手が震えた。
違う。嘘だ、そんなはずない。
「そういや俺のこと覚えていないんだったな。改めて名を言おう。俺の名はセガール。お前の味方だ。どうせ奴から黒騎士は敵だって聞かされているんだろ? 奴にとって俺たちは敵だからな。お前が奴にさらわれて姿を消してからみんなで手分けしてずっと捜していたんだ。ほんとクトゥルクの力が暴走する前にお前を見つけ出せて良かったよ。
俺とともに国へ帰ろう、K。国王がお前の帰りを待っている」
男──セガールが俺に手を差し出してくる。
けど俺はセガールの手を掴めずにいた。
「迷うことはない。どうせこの世界はお前にとって偽りの世界だ。気にしたところで意味はない。すでに刻を迎えたお前にこれ以上クトゥルクの力を抑え込み続けるのは無理だ。遅かれ早かれお前の日常はこうして崩れる予定だった。
いいじゃないか、こんな世界の一つや二つ。お前にとっては微々たるもんだ。あっさり捨てちまえ。無理に力を抑え込んでおくよりもお前が在るべき世界でその力を惜しみなく有意義に使った方が世のため人のためだ。そうだろう? K」




