黒猫とモップ【21】
ゼルギアが酒場の両扉を開く。
「お前、先に入れ」
トンと背中を押される。
俺は前のめるようにして酒場の中に入った。
そして驚く。
入る前、酒場と聞いて真っ先にイメージしたのは、悪面した人たちが威張ったように酒を飲み、ギスギスと殺気に満ちた雰囲気でいつでも殴り合いの喧嘩が起こりそうな、そんな怖そうな感じだと思っていたからだ。
でも、実際は違った。
本当にゲーム世界の延長のような、そこには強者の冒険者たちが朝から酒を飲み、仲間たちと獲物について自慢し、笑い語り合うような場所だった。
良かった。
俺はちょっと安心する。
胸をなでおろす俺のところへ、黒猫がとてとてと二足歩行で出迎えてきた。
黒猫の手には羽ペンと紙が器用に握られている。
俺は身を屈めて黒猫に視線を合わせた。
黒猫が不思議そうに俺を見て小首を傾げる。
俺もつられるようにして同じ方向へと首を傾げた。
黒猫が口を開く。
「貴殿はお客しゃまデシか?」
うわっ! しゃべった、この猫!
俺は逃げ腰に尻もちをつく。
その後ろでゼルギアが呆れた顔で俺を見下ろしてくる。
「なーに猫見たくらいで驚いてんだ?」
だ、だって、猫がしゃべったんだぞ?
ゼルギアは肩を竦めてお手上げする。
「猫はしゃべって当然だろ? お前のジャングルにはいなかったのか?」
だから! 俺、ジャグル出身じゃなくて異世界人だって!
黒猫がゼルギアへと視線を移す。
「お帰りなしゃいデシ、団長。帰ってくるのが早すぎないデシか? もしかしてサボりデシか? 赤竜討伐に行かなかったデシか?」
「だーれがサボりだ、コラ。討伐任務は無事遂行。帰り道にスライムのテレポート能力で三千郷もぶっ飛ばされたんだ」
「ほぉ、三千郷もデシか。それはすごいデシ。前人未到デシ。聞いたことないデシ。嘘は上手につくデシ」
「嘘は言ってない。俺は本気で言っている」
「スライムにそんな力は無いデシ」
「何を言う。昔からスライムは奇跡を起こすっつーだろうが」
「あんなのただの伝説デシ。信じているのは団長だけデシ」
「お前は相変わらず夢の無い猫だなぁ。猫は夢を見てなんぼだろうが」
「うるさいデシ。余計なお世話デシ。それよりも赤竜討伐の終わった証拠が欲しいデシ」
「ったく。ほらよ」
ゼルギアは懐に入れていた道具袋の中から赤竜の鱗を取り出し、黒猫に手渡した。
黒猫が満足そうに頷く。
「たしかに受け取ったデシ。上層部に報告しとくデシ」
「あぁ頼む。それとこれも上層部に報告しといてくれ。『赤竜どころか黒炎竜に会った』とな」
黒猫の耳がぴくんと動く。急に真顔になり、
「黒騎士が現れたデシか?」
「お陰でみんな、帰りがバラバラだ」
「黒騎士に捕まったら終わりデシ。殺されるデシ。誰かが死んだ報告するのはボク嫌デシ」
しゅんと気分を落ち込ませる黒猫に、ゼルギアは優しくその頭をなでた。
「きっとみんな無事に戻ってくるさ」
ふいに黒猫の目が流れるようにして俺へと向く。羽ペンの先を俺に突きつけて、
「ところで団長、こいつ誰デシか?」
「あー、こいつか。ギルドの新しいメンバーだ。俺の討伐戦力に入れることにした」
「また拾いものデシか。困るデシ。新しいメンバーはもういらないデシ。団長の拾い癖は病気デシ。一度病院に行った方がいいデシ。しかもこいつ、自分のこと『イセカージン』って言ってたデシ。『イセカージン』はこれで四人目デシ。変なのいっぱい増えて困るデシ」
「仕方ねぇだろうが。ジャングルでエルフに人間のお持ち帰りを頼まれて断れなかったんだ」
「団長は甘いデシ。戦力にならない無駄飯食らいをこれ以上増やすわけにはいかないデシ」
「だが喜べ。今回の拾いもんは間違いなく金塊だと俺は直感がいっている。こいつは充分な戦力持ちだ」
「団長の直感はいつも外れるからアテにならないデシ。説得力無いデシ。しかもこいつ、頭に野生のスライム乗っけてるデシ。額に黒ヘビの皮も巻いているデシ。変デシ」
「言うな。ジャングルでこういうスタイルが流行っていたのかもしれん。本人目の前にして失礼だろ」
てめぇが一番失礼だ!
俺の言葉を無視するように、ゼルギアは黒猫に言った。
「誰が何と言おうと俺はこいつをここのギルドに登録する。責任は俺が持つ。モップをここに連れて来てくれ」
「もう好きにすればいいデシ。ボクが何言っても無駄デシ」
ぷいと黒猫はいじけるようにそっぽを向いて奥のカウンターへと歩いていった。
しばらくして。
黒猫は毛むくじゃらの小さな生き物を連れてきた。




