3‐train+train(1)
景色が変わっていく。
様々な自然や家や人をあっという間に通り過ぎて、今、この列車は進んでいく。
窓を開けて、爽やかな風を頬に受けながら、クード達は列車の座席に腰を下ろしていた。
「あと何駅?」
ふと、あくび混じりにクードが尋ねる。
「次、ヨネックだから…あと5駅。」
コウは指折り数えて、淡々と眠た目なクードに話す。
「眠いなら寝れば良いだろ?」
「起こしてくれる?」
「蹴るぞ。」
二人はこれから本部に向かおうとしている。本部はクード達が在住する街からかなりの距離はなれているため、向かうとなれば、前々から計画を立てていなければならない。
それがなぜ、こんなにも急に本部へ向かっているのかというと、その理由は今から約三時間前にさかのぼる。
***********
三人がいつもの席で朝食をとっている。
「今日って何日?」
ふと、思い出したようにコウが尋ねるとクエラがその問いに答えた。
「2月20日だけど?」
「そうか。」
コウはうなずくと、そのまま食事を続けた。クードは不思議に思って
「なんかあんの?」
とコウに聞く。
すると、コウは椅子にかけていた上着のポケットからカードのようなものを取り出して、クードに見せた。
「免許の書き換え。今月までだから、そろそろ行かなきゃいけないと思って。」
と、コウは説明する。クードの顔が一瞬固まる。
「どうかした?」
その表情に気付いてクエラがそう尋ねるとクードは
「大丈夫。」
と、ぎこちなく笑いコウに免許書を返した。
コウはそんなクードの異変に気付いたのか、鋭い目をしてクードに右手を突き出して言った。
「おい、免許書見せろ。」
クードはあからさまに焦りの色を浮かべて、
「なんで?」
と、とぼける。
「いいから、見せろ。」
コウはクードが押さえていた右ポケットに無理矢理自分の手を突っ込んで、手早くクードの免許書を取り出す。
「…やっぱり。」
予感的中。
クードは気まずそうな表情で横目にコウを見つめる。
クエラはそんな二人を見て何か感づいたように、ふふん、と鼻で笑い、コウの手の中にある免許書に目を通した。
「有効期限、1月12日。とっくに過ぎちゃってるよ〜?クードくん?」
クエラは面白そうに笑みを浮かべて、わざとらしくクードに言った。
クードは内心腹を立てながらも、言い返すことが出来ずうつ向く。
「おい、本部行くぞ。」
「は?」
いきなりの提案に少々驚きつつ、しかし、予想をしないでもなかったそれに、クードはめんどくさ気に顔を上げる。
見ると、コウはすでに上着を着て、ドアへと歩き出していた。
「今かよっ!」
クードはその後ろ姿にそう叫ぶと、上着を持って急いで後を追いかけていった。
***********
「お前が悪い。」
「…はい。」
「お前が忘れていたのが悪い。」
「…はい。」
「免許書ないとリグに居られなくなるんだぞ?」
「分かってます〜。」
コウに何度も責められて、クードはだんだん嫌気がさしてきた。
コウの性格と、自分の失態に。
免許書はリグの者、全員に配布される。
常識としてはおかしな話だが、リグにとって免許書は殺すための免許を示すものであり、リグのメンバーであるという証だ。
報酬を貰う際にも、血液を採取し、この免許書をスキャンさせて、報酬を得る。
グループでいる場合、そのうちの誰か一人が免許書を持っていれば済む話ではあるが、免許書の期限が切れて3ヶ月間経つと、自動的にリグのメンバーから除外されることになっている。そして、除外された者、つまりリグを辞めた者は正式な手続きをし、組織が運営する施設、または組織内にある多くのメンバーの目が届く場所で残りの人生を生きなくてはならない。
これは、リグの存在を他者に悟られぬための重要な決まり事だが、もしその規則を破り、勝手にリグを辞めるなどという人物があればそれらは一人残らず抹殺される。
これは、リグの掟だ。
コウは先ほどから、座席の背もたれに入っていた新聞を広げ、それに黙って目を通している。
クードは何か特別することも無く、新聞を読んでいるコウに話しかければそれなりのむくいを受けるだろうということも知っていたので、ただぼーっと流れる景色を見つめていた。
前髪が風に揺れる。
ふと、視線を移すと斜め前の席に座っている少女がこっちを見ていた。
その少女はクエラよりも少し小さいようだが、大きな目やあどけなさの残る顔つきとは対象的に、黒く流れるような髪を持つ、なんだか大人びた雰囲気を纏った少女だった。
クードが彼女に目線をあてていても、彼女の目線と重なることはない。
一瞬クードは不思議に思ったが、すぐに
(なるほど。)
と、心中そう呟いて、コウの顔を見た。
未だ無心になって新聞を読み続けているこの男は鈍感で感づくことはまずないだろうが、女性から見てコイツの顔は結構なイケメンの部類に入る。
悔しいが、クードにその素質はないため、一緒にいれば度々このような女性に出くわすことが結構あるのだ。
「なんだ?気持ち悪いな。」
その声に思考が途切れ前を見ると、張本人がクードに怪訝な目を向けていた。
黒い髪に黒い瞳、それはここらでは珍しいし顔立ちも整っていて背も高い。「確かに、イケメンかもしれないな。」
「はぁ?」
思わずクードはそう声に出して、それにコウは呆気にとられ間の抜けた声を出した。
「ぁ、いや、なんでもない。」
そんなコウの声に我に返り、クードは少しどもりながら言った。
「なんだ、お前。ついにイッちゃったか?まさか薬じゃないだろうな?ん?」
その言葉に一瞬、クードの頭に青筋が浮かぶ。
(イケメンのくせにムカつく。)
実際、イケメンだから良いヤツとは限らないのだが、今のクードにそんなことには考えている余裕はない。むしろ、イケメンで良いヤツのほうが腹が立つものだと思うのだが。
クードは苛々した様子で反論し始めた。
「お前な…調子に乗るなよ。いくらお前がイケメンだからって俺は穏和で優しい好青年だからな!お前なんかよりモテるんだ!」
「はぁ?お前さっきから何言ってんだ?ホント、大丈夫?」
そう言って、コウはクードの目の前で手をひらひらさせた。
クードの怒り度がだんだんアップしていく。
ひらひらひらひら
そのひらひらの数ごとにクードの怒り度のメーターは着実にあがっていった。
そして…
「いい加減にしろ!お前、絶対バカにして…」
ドーンッ!!!!!
確かに爆発だが、怒りではない。
本当に聞こえたのだ。
車内が静寂に包まれる。
立ち上がったクードも固まったままで、コウも新聞を片手に持ったまま動かないでいる。きっと今、この静寂の中、車内にいる全員が同じことを考えているだろう。
『今の音はなんだ?』
「なんだ…今の?」
すると、クード達より後方の席に座っていた若い男がその疑問を声に直した。
と、同時に列車は音もなく動きを止め、そして間もなく車内がざわめき始めた。
「コウ。」
ふと、クードがコウの名前を呼ぶ。
「おい…。」
何か感づいた様子で答えるコウにクードは素直にうなずいた。
「聞こえる。間違いない。」
そう言って、クードは走りだした。
コウも後を追う。
前方にあった別車両へと続くドアに手をかけると同時に耳を突き刺すような悲鳴が車内に響いた。
すると突然、クード達の目の前のドアと後方の後ろの車両へと続くドアが勢いよく開き、大勢の乗客が顔に恐怖の色を浮かべて駆け込んで来た。
二人はその人々の波で前に進めず、もとの車両の中程へと押し戻されてしまった。
車内は一気に混雑する。
もともと一車両に十数人と乗客数は少なかったが、全ての車両から一つの車両へ集まるとなると話は別だ。
ざわめく人々は口々に
「殺される」
「怖い」
「化物」
などと言う単語を呟いて、顔を青ざめさせている。
(やっぱり。)
コウは心中で舌打ちをした。
車内が混雑しているせいでクードの姿は見えず、たとえ見つけたとしても近付くことは出来ないだろう。
コウは悔しそうに顔を歪ませて、辺りを見回す。すると、すぐ近くの座席にある窓が開いているのに気付いた。
コウはなにやら少し考えた後、人々をかき分けてその窓に近付き、窓の外へと身を乗り出した。
上で何かがうごめいているのが分かる。
コウはそこから窓枠に手をかけ、車両の上へと体を滑らせた。
***********
「コウー!おーい!」クードはありったけの声で叫んでいた。
しかし、コウに聞こえるはずもない。
コウの耳がクードのものより特殊であるなら話しは別だが、ましてやこの混乱の中、普通の人間に聞こえるはずもないのだ。
リグのメンバーはほとんど皆、特殊な能力を持っている。それは生まれつき人より多少なりとも優れている部分を更に強化するもので、目であったり、頭脳であったりその部分や能力は人によって異なる。
クードにとってそれは耳にあたる。つまりクードの耳は特殊なのだ。
遠くの音もある程度までなら識別でき、また、超音波のように普通の人間には聞くことの出来ない音もクードには聞こえる。
そんな特殊な耳でさえ上手く聞こえないのである。
クードは先ほどから困った顔でひたすらに耳を澄ましていた。
上手く判別することができない。
コウの声を探そうにも乗客のざわめきが邪魔してかき消されてしまうし、乗客が大勢押し寄せてきて動きたくても動けない。
「すいません。ちょっと良いですか?」
クードは仕方なく前方にいる一人一人に声をかけながら、かき分けるように前へ進むことにした。
「ごめんなさい。通してください。」
そう言ってクードは前方のドアに近付いていく。避けた人々は進んでいくクードを目で追って、怪訝そうな、または驚いたような表情をその顔に浮かべる。
「おい、兄ちゃん。やめときな。」
ふと、後ろから声がかかって、振り返るとそこには白髪の老人が心配そうにクードを見つめていた。
クードは少し驚いた後で
「大丈夫ですよ。」
と、笑いかけ、目の前のドアノブへ手をかけた。
クードがドアを開けるとそこには、何か赤い触手のようなものに掴まれて絶命している人々と、そして先ほどの悲鳴の持ち主だろうか、首がない女性の亡骸がそこにはあった。
クードはそれを見て少し顔をしかめたあと振り返り、後方にいる人々へ呼びかける。
「なるべく中央に寄ってください!絶対、この車両から出ないで!」
先ほど、クードがドアを開けたせいで、ざわついていた車内も静まりかえりクードの声に誰もが耳を傾けていた。
クードは人々に
「大丈夫。落ち着いて待っていてください。」
と、付け足してそのドアを閉めた。
***********
いくつもの血がある。クードにとってもそれは見慣れたものであったが、見ていて気持ちの良いものではない。
クードは剣を抜き、両手に構えた。
確かに、生物がいるのが分かる。
クードの耳は優れているため、神経を集中させれば生物の鼓動を聞き取ることなど容易い。
普段は必要がないため聞かないが、必要な時耳を澄ませば大抵どんな小さな音でも聞き取れる、便利な耳だ。
クードは集中しながら、ゆっくりとその音へ近付いていく。
四人分座れる座席の間に何かがいる。
クードは少し間合いをとれるように近付き、その生物を視界に入れた。
「…タコ。」
赤く丸い胴体にそこから生えた赤い触手。
見るからにタコだ。
だが、その触手は細く吸盤も見当たらない。クードは少し考えた後、そのタコへ斬りかかろうと一気に剣を振り上げた。
バーンッ
ドーンッ
突然、大きな音が順に二つ響いた。
クードは固まったまま今起こった出来事にただ口をぽっかり開けている。
擬音語だけでは不十分なので、説明しよう。
バーンッ
コウの銃が火を吹いて
ドーンッ
タコの上に乗ったコウが天井を突き破って降ってきた。しかも、クードの目の前。ということはもちろん、斬ろうとしていたタコもコウとコウが乗っているタコの下敷きになっている。
「コウっ!?」
クードは驚いたようにコウの名前を呼んだ。
すると、コウは無言のままタコの上から降り、クードの脇へ移動してくる。
「気をつけろ、クード。こいつら意外に手強いぞ。」
突然、緊迫した様子でそう話すコウに少し驚いて、クードがコウのほうを見ると彼の額が若干汗ばんでいる。
更に視線を落とすと、おそらくこのタコにやられたのであろう傷が彼の足を赤く染めていた。
クードは少し心配そうな顔でコウに尋ねる。
「…足、大丈夫か?」
するとコウはこっちを向き、
「人の心配できるヒマあんのか?」
と、バカにしたふうに言った。
クが、その触手は細く吸盤も見当たらない。
クードは少し考えた後、そのタコへ斬りかかろうと一気に剣を振り上げた。
バーンッ
ドーンッ
突然、大きな音が順に二つ響いた。
クードは固まったまま今起こった出来事にただ口をぽっかり開けている。
擬音語だけでは不十分なので、説明しよう。
バーンッ
コウの銃が火を吹いて
ドーンッ
タコの上に乗ったコウが天井を突き破って降ってきた。しかも、クードの目の前。ということはもちろん、斬ろうとしていたタコもコウとコウが乗っているタコの下敷きになっている。
「コウっ!?」
クードは驚いたようにコウの名前を呼んだ。
すると、コウは無言のままタコの上から降り、クードの脇へ移動してくる。
「気をつけろ、クード。こいつら意外に手強いぞ。」
突然、緊迫した様子でそう話すコウに少し驚いて、クードがコウのほうを見ると彼の額が若干汗ばんでいる。
更に視線を落とすと、おそらくこのタコにやられたのであろう傷が彼の足を赤く染めていた。
クードは少し心配そうな顔でコウに尋ねる。
「…足、大丈夫か?」
するとコウはこっちを向き、
「人の心配できるヒマあんのか?」
と、バカにしたふうに言った。
クードは笑って
「じゃあ、お前も自分の心配してろ!」
と言い、タコに斬りかかっていった。
***********
車内は無言だった。
時折響く轟音に乗客たちは不安感を募らせていた。
ある者は現状を把握しようと窓の外を覗き込み、またある者は恐怖に膝を抱えている。
誰一人として話そうとはしない。
そこに、一人の少女がいた。先ほど、クードの斜め前の席に座っていた少女だ。
彼女もまた、他の乗客と同じように長椅子の隅で肩を震わせていた。
ふと、先ほどクードに声をかけていたあの老人が彼女の隣に腰を下ろした。
少女は少し驚いて老人の顔を見つめたが、そんな彼女に老人はにっこり微笑み、口を開いた。
「大丈夫。」
すると突然、後方のドアが音をたてて開いた。
化物の侵入を防ごうとドアの前に立っていた乗務員がその衝撃で中のほうへと追いやられる。
人々の顔が恐怖にひきつる。
しかし、そこから出てきたのは化物ではなくコウだった。
駆け込んで来たコウは
「どいて!」
と言いながらその車両を走り抜け、前方のドアに近付いていく。
コウが走っている間、天井からはおそらく化物のものであろう足音がコウと並行して進んでいく。
コウは前方のドアノブに手をかけて、
「下がって!」
と、そう叫び、ドアの向こう側には天井から降りてきた化物が姿を現した。
瞬間、コウの持っていた銃が火を吹いた。
化物は後方に後ずさり、苦しそうにその触手を悶えさせる。
少しの間、静寂が場を包む。
「コウ!向こうの一匹終わったぞ!」
クードはその声と同時に、開いていた窓から中へ入りコウの隣へとやってきた。
コウはそれを聞いて少し安心したように
「そうか。じゃあ、あとはコイツだけだな。」
と目の前で悶えている一匹のタコに目を向ける。クードはうなずく。
「あぁ。まったく、手間かけさせやがって。」
「後で、報酬たんまり貰ってやる。」
「捌いてやる。」
「タコ焼きな。」
二人は笑って、目の前の標的を見据えた。
乗客はただ驚いた様子で二人を見ていた。
少女もまた、同じだ。
そんなことはお構いなしに、二人は走り出した。クードが飛躍してその化物の触手を切り裂き、コウの銃弾がその胴体を突き抜ける。
化物は残っている触手を伸ばし反撃しようとするが、クードは片方の剣で攻撃を受け止め、もう片方の剣でその触手を切り落とした。
化物の悲鳴が辺りに響く。
最後にコウの銃弾をその体に受け、化物はやがて命を絶った。
二人は武器をしまって、動かなくなった化物を見つめる。
化物は白い体液をその傷口から流し、体の色を変色させている。クードはそれを見て、少しだけ顔をしかめた。
「ぐ…っ。」
ふいに、コウが小さくうめいた。
見ると、床に膝を突き傷を負った部分を手でかばっている。
クードは驚いて、コウに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
そう呼びかけると、コウは苦しそうな顔でクードを見る。
「馬鹿だろ、お前。」
口ではそう言いつつもやはり心配なのか、クードは少し焦ったように周りの乗客を見回す。
「誰か、治療出来る人いますか?」
しかし先ほどの衝撃のせいか、誰しもが無言でただクードを見るだけだった。
クードは少し困ったようにコウの顔を見る。
見るからに辛そうな表情に、額に汗を浮かばせ息をきらしている。
きっと、化物の毒素が傷口から入り炎症を起こしているのだろう。
先ほどから無理をしているのは知っていたが、コウの性格やリグとしての誇りを考え、クードはあえて何も言わなかったのだ。
ふと、乗客のうちの一人が控えめに手をあげた。見ると、それは先ほどの少女だ。
「私、村の病院で働います。」
彼女は小さくそう言うと、コウの傍へ近寄った。
クードはそれを見て、少し安堵したように小さくため息をついた。
説明文が多いですが、これから少なくなると思うので(たぶん)もうちょっと我慢していてください(笑)もっと読みやすくなるように努力したいです。