第009話 白騎士団団長
「はぁ…人と会話をしていてこんなにも疲れたのは初めてだ。どうしてくれる」
「どうもしませんわ。あなたが勝手に喋って勝手に疲れただけですもの。私に押し付けないでくださいませ」
「お前はまず、その物言い何とかならないのか。アレか、誰に対してもその態度なのか?」
「さぁ…?どうなんでしょうねぇ?」
「その面倒くさそうな態度はやめろ。イラッとするから」
「そんなの知りませんわ。ご自分でイラッとしないように努力してください。私はこれでも努力しているのですよ?主に言葉遣いとか」
「………もういい」
ソレでか?
と思わないでもないが、いい加減クラウドもこの女の物言いにも態度にも慣れてきたので、これ以上は言うまい。というか、これ以上言ってもこの女が素直に直すとは思えないのでもう諦めよう。
「あの、すっかり忘れ去られているようですが…」
「なんだ」
「あのクソ忌々しい泥棒猫はどこに行ったんですか?さっさととっ捕まえて私の首飾りを返していただきたいんですけれど」
「あぁ、そういえばお前そんな事言ってたな」
「そんな事……?私今あなたに対してイラッとしましたわ」
「わざわざ言わんでいい」
どうやら彼女にとってあの首飾りはとても大切なモノらしい。
その証拠に、思わず『そんな事』と口走ってしまったクラウドに対し、エリーの苛烈なまでの鋭い視線が突き刺さる。
それにしても、淑女が『クソ忌々しい』とは何だ。口が悪いにも程があるだろう。
今まで見てきた女達は性格こそ悪かったものの、さすがに貴婦人の端くれ。言葉遣いに余念はなかった。
それがこの女ときたら、貴族の侍女とは思えない破天荒な行動に、非常識な言葉遣い。
確かこの女「田舎の出」だとか何とか言っていたが、それにしても非常識すぎる。どんな田舎者だってさすがに「王国貴族」に対する敬意くらい持ち合わせているはずだ。それがこの女には全くの皆無だ。
もしかしたらこの『黒い髪』だからそんな馬鹿にした態度なのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。弟のベル・ニアに対しても全く同じような態度だった。
ということは、やはりこれがこの女の「通常」というわけか。
「首飾りといったか?」
「ええ。さっさとお返しいただきたいのですが」
「……」
この女はどうしてこうも上手く俺のイラッとポイントをピンポイントで押してくるのだろうか。
逆に感心する。
ハァ…、と今日何度目とも知れないため息をついて、クラウドはズボンのポケットから『ある物』を取り出した。
「お前の捜している『首飾り』はコレのことだろう?さっきクーが置いて行…――」
「それーっ!!!」
「どわあぁぁぁあああぁっ?!」
例の首飾りとやらをエリーに見せてやると、エリーは目にも留まらぬ速さでクラウドに飛びついてきた。
クラウドも一応剣術を嗜んでいる身だから、反応速度は悪くないはず(むしろ良い)なのだが、エリーの反射的行動には全く反応できなかった。
この2メートルの距離を一気に詰めるあたり、ただの侍女でないことは確実だろう。
そして突然飛びつかれて硬直したクラウドになど目もくれず、エリーはクラウドの手から首飾りを奪い取る。
……ちなみにだが、『クー』とはエリーから首飾りを盗んだ例の白猫の名前である。
命名したのは第三王女のマーガレットだ。
ちなみに、正式名称は『クレオパトラ』だそうだ。
「もうっ、持っているならもっと早くおっしゃって下さいませ。私首飾りの行方が気になって気が気じゃありませんでしたのに!本当に意地が悪い方でございますのね、あなたは」
「………―――っ」
「あら?そんな白目なんか剥いてどうされたのですか?とっても面白い顔をしていらっしゃいますのね。変顔?」
「…お、お前一回、離れ…」
「え?よく聞こえませんわ。もう少し大きな声で言ってくださいます?」
「だ、だから、離…」
「え、花?花がどうかされまして?」
だめだコイツ。
人の話を聞こうとしない上に、まるで離れようとしない。
田舎の侍女は婚約者や恋人でもない男に平気で飛びつくのか?いや、それよりただの侍女が王族であるこの俺に、何の許可もなく触れてくることがまず可笑しい。
これが俺でなく、もしジェイド兄様だったら間違いなく処罰ものだぞ、女。
などと心の中で思うものの、声にまでは至らずわなわなと口を動かすだけに終わった。
「ああ、そうですわ。私すっかり忘れていました。そろそろ食事の時間なので戻らなくては」
パッとクラウドから離れると、エリーはそう告げた。
やっと離れてくれたことに安堵しつつ、クラウドはエリーを睨む。
この女のおかげで今日は散々だ。本来ならば近くに女がいるだけでもよろしくないのに、今日一日でどれだけ近寄ったことだろう?というか、何度触れ合ってしまったことだろう?
今この場で吐いていないことが奇跡だ。
「…先ほどは失礼な物言いをしてしまって申し訳ございませんでした」
「全くだな」
「あら、離れた途端に元気になられましたわね。さっきまでカタコトでしたのに」
「お前本当に反省する気はあるのか?謝った矢先にそれか?」
「申し訳ありません。私、基本的に思ったことをすぐ口に出してしまうタチでして。直そうとは思っているのですけれど、性格というものはなかなか直らないものですのね」
「俺が思うにお前の努力次第だと思うが?」
「実は私もそう思います」
「………」
だったら直せ!!
クラウドは叫ぶ気力も無くし、はぁ…とその場でうな垂れた。
何故だろう?口喧嘩ではこの女に勝てる気が全くといって良いほどしないのは…――。
◇◆◇◆◇
エリーとの別れは意外とあっさりしたものだった。
というのも、エリーが一方的に「それでは私、お食事の用意がございますので此処で失礼させていただきますわ」と会話を切り上げたこによるものなのだが、あまりにもあっさり過ぎる。
いや、別にもっと話していたかったとかそんな理由ではなく。
むしろこれ以上会話を続けていたら、俺は倒れる自信がある。
とはいうものの、コレといって『女嫌い』による症状が出ないのが逆に不思議である。あれだけの距離で接していれば、普段の俺なら今頃吐き気やら腹痛やらでとんでもないことになっていても不思議ではないのだ。
それなのに、今俺に出ている症状は女性に触れられたことによるアレルギー反応の『蕁麻疹』のみである。
まぁ…、もう会うこともないだろうし別にいいか。
クラウドは、自分の真っ黒な髪をくしゃっとなで付けた。
この国において黒い髪は『闇』を表す。
それ故に生まれた子供は『悪魔の子』と呼ばれ、蔑まれてきた。
生まれる環境によっては生まれた瞬間、その日に殺されることもある。それほどに黒い髪は忌み嫌われていた。
そして、クラウドは本来生まれてはならない王族に誕生してしまった。
現国王の配慮により殺されることはなかったものの、クラウドを生んだ側室のローレンの落胆ぶりは凄まじかった。期待の男児だったにも係わらず、生まれたのは『悪魔の子』と蔑まれる黒髪の子だ。当然だろう。
そして、ローレンがクラウドを愛することはただの一度としてなかった。
むしろ憎悪の対象としてクラウドを見ていたことだろう。
それは彼女の表情や瞳を見れば、自然と知れた。
クラウドは生まれて一度も母に笑顔を向けられたことがない。向けられるのは憎憎しげな視線と、クラウドの存在を完全に否定するような拒絶の色。
クラウドは幼心に理解した。
「俺は誰からも望まれずに生まれた王族の恥でしかない」
と。
そう理解したクラウドはその日を境に完全に心を閉ざした。
どうせなら殺してくれれば良かったのに、と自分を生かした父である国王を少し恨んだ。
そしてそんなクラウドに分け隔てなく接してくれるのも、皮肉なことに父であるとクラウドは重々承知している。
だからこそクラウドは父を恨みたくとも、恨みきれないのだ。
「――殿下、クラウド殿下」
ハッとなって振り返ると、クラウドのすぐ横には白い制服に身を包んだ青年が立っていた。
こげ茶色の髪に同じ茶色の瞳のまだ幼さが残る顔立ちの青年だ。クラウドはこの青年の顔に見覚えがあった。
いや、見覚えがあるどころか毎日のように顔を突き合わせているのだからを忘れようもない。
「あ、ああ。リュートか、すまん考え事をしていた」
「へぇ?あなた様が考え事ですか、珍しいこともあるものですね」
「………」
そうだ、コイツを忘れていた。
リュート・クライン。今年で17になるこの男だが、コイツもまたあの女と同じようにクラウドに対しての態度が上の立場に対するものではない。
気さくで明るい性格の彼は、17歳という若さで白騎士団の千人隊長を勤め、なお絶大な信頼と尊敬を集めている。もちろん腕っぷしの強さも折り紙つきだ。
そして誰に対しても分け隔てない彼の性格は、王族に対しても有効らしい。
「その口ぶりだと、俺がいつも何も考えていないように聞こえるんだが」
「そこまでは言っておりませんが、まぁ近いですね。あわわ、怒らないでくださいよ?俺、いくら他の兵より腕っぷしに自信があっても殿下に剣で勝てる自信は全くありませんから!」
自慢できたことか。
クラウドは呆れて、リュートの発言を無視。しかし、リュートは気にせず話を進める。
彼は自他共に認める白騎士団きってのお喋りだ。
「だって、そうでしょう?殿下は兵の編成とかそういう面倒なことは全部僕たちに押し付けるし、かといって女性のことでお悩みなのかと思えば、女性はお嫌いだとおっしゃるし…。一体何に対しての考え事なのですか?」
確かにそうか……。
それより、考え事が『仕事』か『女』の二択しかないことにまず疑問を感じるのだが。
その二つ以外にもまだたくさんあるだろう。
しかし、それをリュートに言っても仕方がない。何せアイツの頭の中には、『女』『仕事』の二文字しか存在しないのだから。
リュートはクラウドが頭を抱えるほどの女好きだが、どういうわけか仕事人でもある。
千人隊長として指揮を振るう様はかなりのものだし、何より騎士団の仕事をこよなく愛しているらしい。
『女』と『仕事』どちらかひとつを選べと聞かれれば迷わず『仕事』と答える……――かは定かではないが、少なくとも同等くらいには考えているのだろう。
「俺のことはいい、くだらないことだ。それで?俺に声を掛けてきたということは、何かあったのか?」
「何かあった、というか少し紹介したい者がおりまして。こちらに連れてきても構いませんでしょうか?」
「?…俺は別に構わんが」
「ありがとうございます。では、少々お待ち下さいませ」
リュートはクラウドに一礼して、一度その場を離れた。
そして数分後、リュートはある男を連れて戻ってきた。
リュート同様、白騎士団の制服に身を包んだ金髪碧眼の青年だった。
この国で金髪碧眼というのはそんなに珍しいものではないものの、ここまで美しい髪色を持つ者はなかなかいない。それに加え、背は高く引き締まった体躯、よく童話に出てくる王子様のような整った顔立ち。
宮廷の女どもがまず放っておかないだろうという容姿をしていた。
「お初にお目に掛かりますクラウド殿下。私は先日からこちらに配属になりました、ジダン・ハーレイと申します。白騎士団団長、これからご指導のほどよろしくお願いいたします!」
王子の如く美しい容姿を持つ青年――ジダンは、白騎士団団長のクラウドに深々と頭を下げた。
そう、クラウドはあの誉れ高い白騎士団の団長であった。
畏怖の象徴である黒髪を持つ者が、尊敬と羨望を一身に集める騎士団の団長というのも可笑しな話だ。だが、現国王は白騎士団団長にクラウドを指名した。
その時その場にいた貴族や宰相や将軍のどよめきと、驚きは今も鮮明に覚えている。
しかし一番驚いたのは当人のクラウドである。
てっきり団長の座は第一王子のジェイド、もしくは第三王子のロキに渡るものだと思っていたので、とんだ不意打ちだった。
きっとジェイド兄様は、自分を差し置いて俺が指名された事にさぞお怒りだろう…、とジェイドを盗み見たクラウドは兄の表情を見て唖然とした。
…全く、お気になされていない?
ジェイドは国王の話に耳を傾け、まるで気にしていないような表情をしていた。
それがただのフリなら、後が怖い。しかし、クラウドの知っているジェイドは基本的に感情を隠すのが下手だ。
なので、彼が今このような表情をしているということは、本当に気にしてなどいないのかもしれない。
いや、何か企んでいるときは驚く程に感情を隠すことが上手い彼のことだから、もしかすると・・・・・・?
なんて、今考えても仕方がないか。後で直接聞けばいい。
「…――皆も良いな?白騎士団団長は我が2番目の息子、クラウドに任命する」
現国王ガルト・レイバニ・エキセンバーグの一声によってその日の集会は終了した。
その後でジェイドに本当はどう思っているのかを聞いてみると、
「えぇ?私が団長に選ばれれなかったから怒ってるんじゃないかって?あはは、お前は私がそんなにも心が狭いと思っていたのか?」
笑われた。
「安心しろ。父上と話し合った結果、お前ということに決まったんだ。それに私は別に独立近衛部隊の『赤騎士団』を結成した。私は国王直属、なんて大それた地位はいらん。欲しいとも思わないしね。私は自分の意志で自由に生きたいんだよ。それなのに白騎士団団長になんてなったら、私は自由に旅行にすら行けなくなってしまうだろう?」
ああ、そうそう。言い忘れていたが、第一王子のジェイドはかなりの変わり者だ。
頭は非常に切れるし、統治力も兼ね備えているが、彼の性格には色々と問題があった。
まず、考えることが凡人とは遥かに違う。おまけに超のつく自由人。彼はこよなく自由を愛し、誰よりも自由を求める、自由至上主義者だ。
まあ、王子という身の上である以上、自由を手にすることは不可能に近いものがある。しかもジェイドは第一王子、王座に一番近い所にいるということは、王子たちの中でも一番『自由』から遠いところにいるということだ。
きっとジェイドもそれがわかっていて、唯一自由でいられる今を謳歌しているのだろう。
「それに、私よりもお前の方が白騎士団の団長には相応しかろう。自信を持って団長を務めてくれ」
そうしてクラウドは白騎士団団長に就任したのだった。
今から2年前のことなので、クラウドが17歳になったばかりの時の出来事である。
――話を戻そう。
「新人か?リュート」
「はい、久々に期待の新人ですよ!殿下。この間模擬として試合をさせたんですが、他の新人とは大違いで。一応五人隊長のエリックと対戦させたのですが、なんとコレが実にあっさりと勝ってしまいまして」
「ほう、それはすごいな」
「でしょう?しかも今まで田舎の貴族の専属騎士をしていたって言うんですから、驚きですよね」
む…。田舎の貴族?
今日はこの単語を聞くとあの非常識女のことがどうしても脳裏に浮かんでしまう。
にしても田舎の出で、最近白騎士団に入団、……まさかな。
「…もしかして君は、その、最近後宮に入った誰かの護衛か何かで来たわけか?」
「あ、はい。そうです。護衛として参ったところを白騎士団の方に引き抜いていただいた次第でございます」
うーむ。いや、確か新しく後宮入りした令嬢は5人ほどいたはずだ。
何もあの女の主人の騎士とは限らないだろう。
……まあ、聞くだけなら別に構わないか。
「ジダン、つかぬ事を聞くが、エリーという侍女を知っているか?」
「エリー……ですか?」
ぽかんとしたジダンの顔を見て、クラウドは心底ほっとした。
やっぱり俺の思い過ごしか、ああ…良かった。
そう思ったのもつかの間、ジダンの心無い一言によってクラウドの『ほっ』はぶち壊された。
「エリーなら私と共に来た侍女ですが、ご存知なのですか?……もしかして、殿下に何かやらかしましたか?!申し訳ございません、説教して必ず謝らせますので、何卒処罰だけはご勘弁を………――殿下?」
クラウドは本日一番のため息を盛大についた。
どういう因果か、あの『エリー』という侍女とは再び見えることになりそうだ。
クラウドのため息をどう取ったのか、ジダンは「全く…」と低い声で呟いた。
とりあえず、ジダンが帰った後に長いお説教が待っていることはまず間違いないだろう。
今回はクラウド視点で書かせていただきました。
なのでエミリアは侍女名の『エリー』となっております。色んな人の視点によって呼び名がコロコロ変わりますのでお気をつけくださいませ。