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第006話 黒き青年 




「その首飾り、私の命よりも大切なものなので一刻も早く返していただきたいのですが」



エミリアは青年を真っ向から見つめて、そう告げた。

青年もエミリアを見つめて、口を開く。



「わ、わかった。ちゃんと返すからそれ以上近づいてくれるなよ」

「?近づかなければ、猫から取り返せませんわ。無理です」



そう言ってエミリアが一歩青年に近づくと、青年は慌てたように一歩後ろに下がる。



「即答するな!そしてそれ以上俺に近づくな!」

「だから無理です。近づいて欲しくないのなら、そこの猫こっちに差し出して頂けませんか」

「お前…それ脅迫のようにしか聞こえないぞ」

「違いますけど似たようなものですかね。私はソレが帰ってくれば大人しく退散しますから、説得でも何でもしていただけませんか」

「猫に説得!?無茶言うなよ。そんなの出来るわけ…」

「では、仕方ありませんね」

「ぬわあぁあぁぁ!わかった。わかったから、こっちに来るな!」



近づいてきたエミリアに慌てた青年は猫に早く返しに行くように言うが、猫は青年にじゃれるばかり。

一向にコッチに来る気配がない。

エミリアは、はぁ…とひとつ大きなため息をつくと、青年を見据える。



「駄目ですね。やっぱりその猫とっ捕まえるしか…」

「ちょ、待てって!他に方法が」

「ありませんね」

「だから即答するな!」

「あーもうっ、うるさい人ですね!じゃあ一体どうしろって言うんですか!」

「知るか!何かこう…催眠術でも使っておびき寄せるとか」

「出来るか!!」



エミリアは、お互い一歩も引かない(青年はエミリアが近づくとその分後ろに下がるが)白熱した雰囲気の中、とある作戦に出ることにした。



「…わかりました。では、そこから一歩も動かぬようお願い申し上げますわ」

「??…お前、一体何をするつもり―――ぬおぉっ!?」



エミリアは近くに落ちていた石を適当に拾い上げ、白猫めがけて鋭く投げつけた。

猫は驚いたように向かってきた石を避け、木の上まで駆け上る。

一方、猫の近くにいた青年も当然、石の被害を被り慌ててそれを避けた。



「ちっ…、本当にすばしっこい猫ね」

「俺を殺す気か!?」

「まぁ…、避けなくても当たりませんのに。私、コントロールには自信がありますの」

「だとしても!先に一言言うとかくらいできただろうが!」

「言ったじゃありませんか。『危ないから、一歩も動かぬよう…』」

「わかるかっ!というか、『危ないから』なんて単語さっきは言ってなかったぞ」

「あら、そうでしたか?……そんな事より猫はどこに逃げまして?」

「そんな事!?」



命の危機を『そんな事』扱いされた青年は、疲れたようにため息をつき、猫の逃げ込んだ木を指差した。



「そこの木に登った。でも、そんな格好じゃ木登りなんてできないだろ。…いや、元より女が木登りなんてするわけ」

「そこ、どいて頂けますか。邪魔です」



そう言ってエミリアがどんどん近づいてくるので、青年はエミリアが近づいてきた分だけその場を離れた。

エミリアは、猫のいる木の下まで来ると、スカートをばっとめくり上げ太ももにくくりつけた護身用の短剣を取り出す。

その大胆な光景をばっちり目の当たりにした青年は、顔を若干赤らめながら怒鳴りつけた。



「何してんだお前!淑女がこんな昼間っから生足さらして…アホか!」

「それは夜ならいいということですか?」

「そういう意味じゃない!だから時と場所を考えろって意味で…」

「まったく面倒くさい方ですね。要はあなたが見なきゃいい話でしょう。目でも閉じていてくださいな」



本当に面倒くさそうにエミリアはそう言うと、片手に持った短剣で、足首まで来る長いスカートを膝丈まで切り裂いた。

そのぶっ飛んだ光景に、青年はこれでもかってくらいに目をむく。



「なっ……!?」



切り裂かれたスカートは下に放置。

動きやすくなったので、エミリアはそのままの格好で目の前の木を驚くべきスピードで登っていく。

小さい頃から木登りはお手の物だ。

よく高い木に登ってはジダンに見つかり、お説教されていた。



「追い詰めたわよ!泥棒猫チャンめ、覚悟なさいっ」

「ナーナー…」

「そんな甘えた声出しても駄目よ。さぁ、お返しなさい!」

「ナー!!」

「え?…わ、ちょっ」



追い詰められた猫は逃げられないと踏んだのか、エミリアのほうへ飛び込んできた。

予想外の猫の行動に、心の準備をしていなかったエミリアは木の上でバランスを崩した。

あ、コレ落ちるわ。

どうしよう……この高さは、ちょっとまずいなぁ。

自分の事のはずなのに、まるで現実味がわかない。

ああ、落ちるんだな。

ただ、そう思った。



「―――馬鹿野郎っ!」



……え?

いつの間に木の上に登ってきたのか、エミリアは腰を青年の逞しい腕に支えられ、なんとか落ちずに済んだ。

後ろから抱きしめられるような形で、エミリアは青年の腕に支えられる。



「……あの、私、野郎じゃないんですけど……」



思ったより、間の抜けた事を言ってしまった。

それほどにエミリアが動揺していたということだ。

すると、青年はハア…と深いため息をつく。

エミリアの首筋が、温かく湿った。



「…お前、そういうこと言う前にお礼を言うもんじゃないのか?普通」

「そう、ですね。ありがとうございます」

「……ああ」

「ところで…、近づくなとおっしゃっていたのに、この距離はよろしいのですか?」


「あ。」



青年ははっとして、エミリアを突き放した。



「あ…」



当然支えを失ったエミリアは再びバランスを崩し、体勢が傾く。

結局落ちるのかしら、私。

そんな事を思っていると、また青年の腕が伸びてきて今度は前から抱きしめられる形で、支えられる。



「…何がしたいんですの」

「……うるさい。俺にもわからん」

「変な、人ですのね」

「お前に言われたくないんだが」



きっと今この2人の光景を目にした人は、抱き合ってイチャイチャしているようにしか見えないだろう。

だが、当人たちはそれどころではなかった。

そろそろ降りよう、とエミリアが身じろぎしたまさにその時。



「「あれぇ?兄さんが女の人と抱き合ってるー。珍しい~」」



突然、地上から第三者の声が割り込んできた。

まだ幼さの残る、少年の声が二つ、重なって聞こえた。



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