第004話 新後宮制度
南の大国エキセンバーグといえば、誰もが『花と貿易の国』と口をそろえて語ることだろう。
その傾向は、王都に近づけば近づく程に色濃さを増す。
王都には幾千にも満たぬほどの美しい花々が咲き誇り、城下の港町では他国との交流も盛んで、常に賑わいを見せている。
ここ数年は大きな戦争も起こらず、エキセンバーグはこれ以上にないくらいの平穏な日々を送っていた。
そんな平和な王国エキセンバーグで今最も問題視されているのは、時期国王継承者と、王子たちの婚約者探し。
前者は、王子たちが婚約者を見つけてからでも遅くはない。
ということで、今一番の問題は『婚約者探し』。
「そこで取り入れられたのが、新後宮制度。この国の王子たちには、上から下まで誰一人として婚約者がいないそうよ。だから手っ取り早く嫁を引っ掛けようってのが、この後宮制度の肝ね」
仕入れてきた情報をてきぱきと披露してみせるエミリアに、フローラはポカンとした表情でエミリアを凝視する。
「…あなた、いつの間にそんな話を仕入れていたの?エミリア」
「あら、そんなの初日の昨日に決まってるじゃない。情報は迅速かつ確実に、ってね」
「どこの間者の台詞よ」
「後宮において情報は何より重要なのよ?集めといて損はないわ。それで、もらえる物だけ頂いて家に帰れたらそれがベストね」
「意地汚いわね」
「用意周到と言って頂戴」
そう言ってエミリアはにやりと悪い笑みを浮かべた。
部屋の中にはフローラとエミリアしかいないので、完全に姉妹の会話である。
もちろん、主導権を握るのはエミリアだ。
「新後宮制度は、王子の囲いなく1つのものとして考えていいわ。つまり、王子全員の側室ってことね。気に入られたら即お持ち帰り……ってわけで王子らしき人物見かけたらすぐに逃げること」
「お、お持ち帰り…?」
「エミリア。まったく…そういう言葉をどこで覚えてくるんですか?」
ぽん、と肩を叩かれ振り返ると、そこには騎士団の制服をまとったジダンが立っていた。
白を貴重とし、赤のラインがとても目を引く制服だ。
その制服は、彼のために作られたかのようによく似合っていた。
「まあ、ジダン!すごい、よく似合ってるわ。白騎士団の一員になれるだなんて、ホント素晴らしいわ」
「褒めたって何も出やしませんよ、エミリア」
「別に期待なんかしてないわよ。その制服姿を見られただけで十分満足してるもの」
王都には、国王直属の白騎士団、独立近衛部隊の赤騎士団の2つの騎士団が存在する。
その2つの内どちらかの騎士団に入ることは、騎士にとっての名誉となり、貴族らは喉から手が出るほどこの地位を欲しがる。
しかし、これは実力が主で、家柄などは二の次。
なので、団員のほとんどが下級貴族で成り立っているのだ。
「確かに、入団できたのは名誉なことですが、まだまだ下っ端ですから」
「これから頑張っていけばいいじゃない。目指せ上将軍よ!」
「…いや、それはちょっと厳しいかな」
「何言ってるのよ。私たちの騎士様なんだからソレくらいになって貰わなきゃ」
エミリアの言葉に、ジダンはクスリと笑って「努力します」と答えた。
暗に、白騎士団に入れただけで喜ぶな、と言っているわけだ。
本題はそこじゃない。
地位も名誉も財産も、貰える物は全部貰って家に帰る。
それが最終的なゴール地点なのだ。
「いい?この後宮制度には面白い規則があるわ。三年間王子と夜を共にしなかった娘は家に帰される!」
「「三年間?」」
「そう、三年よ。ちょっと長いけれどソレを乗り越えれば、めでたく目的達成よ」
「三年間もフローラ様に気づかない男はいないと思うのですが…」
「当たり前よ!お姉さまの魅力に気がつかない男がいたらそんなの男じゃないわ。ただのクズよ、クズ!そんな男、引っ叩いて生けすに放り込んでやる」
「エミリア、それじゃあ矛盾してますよ。三年後に帰るなんて無理じゃ…」
「馬鹿ね。何のために私がいると思っていらして?お姉さまを害虫から守るためよ」
仮にも一国の王子を『害虫』呼ばわりするのなんて、きっと後にも先にもエミリアくらいなものだろう。
本当なら、チャンスを無駄にするものか、と王子をモノにしようと考えるのが普通である。
しかしエミリアの場合、王子たちに相手にされないようにと努力しようとしている。
極めて珍しい考え方と言えるだろう。
「三年間も後宮にいて、王子に相手にされないなんて屈辱的な仕打ちよね?でも私たちの目的はソレなのよ。…だからといってお姉さまにはそんな惨めな思いしてほしくないわ」
「あら、あなたはそんな事考えなくてもいいのよ?別に惨めになんてならないもの」
「そうですよ。フローラ様を馬鹿にするようなヤツがいたら俺が斬り殺しておきます。だからエミリアは安心して…」
「ちょっと待って!今斬り殺すって言った?駄目よ?そんなことしたら騎士団の権威を剥奪されちゃうじゃない!そんなもったいない事しないで頂戴」
「大丈夫です。うまい事隠ぺいしますから」
「あらそう?ならいいわ」
「……二人とも。会話の流れがおかしいわ。あなたたちは犯罪者にでもなるつもり?」
「「いいえ?」」
二人にケロっとそう言われ、フローラは額を軽く押さえた。
エミリアも変人の部類に入るが、ジダンも相当な変人である。
特に、エミリアとフローラの事となると危ないことでも平気でやろうとする。
――自分がどうなっても、二人のことは絶対に守る。
そんな感じの決意が、彼の中には刻まれてしまっているらしかった。
「あのねぇ、二人とも。私の事でそんなに色々考えてくれるのは嬉しいけど、限度ってモノがあるでしょ?犯罪者になるような事は絶対にしない事。約束してくれるわね?」
「………善処します」
「………覚えておくわ」
「約束、してくれるわね?」
フローラの物言わせぬ迫力に、二人はそろって「はい!」と返事を返した。
「良かったわ。二人ともわかってくれたみたいで」
そう言ってにっこりと極上の笑みを浮かべるフローラに、エミリアはただただ震え、ジダンはすっかり顔色を失くしていた。
ウォーカー家の中で一番の強者は、もしかしたらフローラなのかもしれない。
そんな事をふと思った瞬間だった。