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第003話 運命の歯車



国王からの通達があった翌日。



「お父様、私やっぱり納得できないわ」

「だからお前が納得いかなくても関係ないと言っているだろう」

「後宮入りするのはもういいの。それはもう諦めたわ」

「じゃあ何だというのだ」



何だというのだ、ですってぇ??

そんなの決まってる。



「護衛役にジダンはいいとして、侍女が一人も付いていないってどういうことよ!?」



怒りに呼応するかのように、エミリアの紫色の瞳が煌めき、父の姿を捉える。

姉を溺愛するエミリアにとって、この怒りは当然のものといえた。



「仕方がないだろう。ウチで雇っている家人で女は2人しかいない。ウチは貴族だが貧乏だ。それに侍女がいないことならフローラはもう了承済みだ」

「ええ、お姉さまならそうするでしょうね。お父様を困らせたくないから」

「私だって可愛い娘に一人の侍女すら与えてやれないのは心苦しいが、本当に仕方がないんだ。それに侍女ならあちらで貸し出してくれるはずだ」

「それじゃ駄目なのよお父様」



エミリアは怒りを押さえ込むように、静かに言った。



「それじゃ駄目なの。後宮で過ごすのに、信用の置ける侍女がいないなんて、そんなの地獄と同じようなものだわ」



エミリアのいつになく真剣な様子に、父は少し戸惑った。

今にも泣き出しそうなエミリアに、父は慰めの言葉をかける。

しかし、エミリアはそれを拒絶し、涙を浮かべた瞳で父を見据えた。



「お父様、お姉さまの侍女について…私から名案があるの」



いつもなら、父はここで嫌な予感を察して逃げるのだが、今日はエミリアの様子が違いすぎて、そのチャンスを逃してしまった。



「私の提案、聞いてくれるわね?」



ああ、と頷いた父に、エミリアは心の中で笑みを浮かべた。

父の頷き。

それはつまり、エミリアの勝利を意味していた。


(さぁ、エミリアの独壇場のはじまりよ!)






◇◆◇◆◇◆◇





そして、約束の日がやってきた。



「お父様、では行ってきます」

「ああ、気をつけてな。フローラ、ジダン」

「お母様、どうかお元気で」

「本当に行ってしまうのね。…寂しいわ」



フローラとジダンは、玄関の扉の前で別れの挨拶を交わしていた。

父は顔には出さないが、きっとすごく悲しんでいる。

それが分かるから、フローラは余計に辛かった。



「ところでお母様、エミリアを見てない?」



フローラが聞くと、聞かれてもいない父がびくりと震えた。

どうしたのかと思ったが、あまり気にしないことに決めた。


(きっと最近はお年を召してきたから、お体が辛いんだわ。お元気で、はお父様に言ったほうが良かったかしら…)


フローラの見当違いの心配は、もちろん父には届かず、フローラの胸の中にしまわれた。



「エミリア?さぁ、朝食の時にはいたのに、どこへ行ったのかしら。もしかしたら、悲しすぎてあなたの顔を見れないのかもしれないわね。あなたが行ってしまうのを一番嫌がっていたのはあの子だもの」

「そう…、残念ね。最後に挨拶したかったのだけれど。もう時間がないし…」

「手紙を書かせるわ。今はきっと拗ねているだけだから」

「わかったわ。じゃあ、行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」



両親に見送られ、フローラとジダンは家を出た。

もうすぐ迎えが来る。

エミリアに会えなかったのは残念だけど、一生会えないわけではないから、仕方ないと諦めた。



「いいのですか?エミリアと会わなくて」

「…いいわ。あっちが会いたくないのなら、無理に会う必要もない」

「なんなら、迎えを少し待たせて…」

「本当にいいのよ。ありがとう、ジダン」



ジダンは釈然としない、という顔をしていたがフローラはあえてそれを無視した。


庭園を抜けると、その先に正門が見える。

するとそこには、すでに人が立っていた。

もう迎えが来ていたのかとも思ったが、よく見ると……見覚えのある少女の姿。

フローラとジダンはまさかと思い、慌てて駆け寄る。

二人に気づいたらしい少女は、くるっとこちらを振り返りきれいにお辞儀して見せた。



「本日からフローラ様の侍女を仰せつかりました、エリーと申します。これからよろしくお願い致しますわ」



エリーと名乗るその少女は、銀色の髪をしていた。そして瞳の色はアメジストのように美しい紫。

その少女の発言に、二人は絶句した。



「……エ、エミリア!?一体ここでなにしているの!?」

「何とは愚問でございますわ、フローラ様。それと私は侍女のエリー。侍女はご主人様のお傍にいるのが鉄則」

「なんの冗談ですか?笑えませんよ、エミリア」

「まぁ、騎士様までそんな事おっしゃって。私はただの侍女でございますのに」


「「エミリア!!」」



二人から同時に名前を強く呼ばれ、少女はひょいと肩をすくめた。



「もう、二人ともノリが悪すぎだわ。せっかく成りきってたのにちょっとは乗ってきて頂戴よ」



悪びれる様子もなく、エリー…――エミリアは、そんな軽口を叩いて見せた。



「まったく、こんなことして許されると思っているの?お父様に伝わる前に早く戻りなさい」

「残念。お父様にはもう許可を取ってあるわ」

「ど、どうやって?」



あの頑固な父が、こんな馬鹿げたことをそうそう許すはずがない。

そう思って聞いたフローラだったが、エミリアから話を聞いて、聞かなきゃよかったとこめかみを押さえた。



「どうって…、後宮の恐ろしさ(割り増し)と、後宮の女達に対するジダンの役立たずさ(真実)をお話して差し上げただけよ?そして、その環境においての私の頼もしさをお父様に植えつけてやったの」



そうだ。

この子は幼い頃から、とても弁の立つ子だった。

そしてそれは年月を経るごとに鋭さを増し、今では家中の誰もエミリアに口で勝てるものはいない。



「何よ?嘘は言ってないわよ?話をちょっと色付けしただけだもの」



エミリアのそんなどでもいい弁解に、とうとう二人は吹き出した。

この状況が馬鹿らしく思えてきたのだ。



「諦めましょう、フローラ様。どうせ何言ったってエミリアは付いてくるでしょうし」

「ふふ、そうね。エミリアがいれば頼もしいのは事実だもの」



正直いって不安でしかなかった後宮生活だったが、今はわくわくの方が勝っていた。

それはきっとエミリアのおかげだし、そして何より、エミリアがいるんだから毎日がつまらないわけがない。

フローラは王国からの迎えの馬車が来るまで、腹を抱えて笑っていたという。



そうして運命の歯車は少しずつ転がり始めた…――。




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