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第016話 つかの間の

やっとこさ更新です。お待たせいたしました:(;゛゜'ω゜'):

※一つ前の話に11/2に追加した内容がございます。読んでない方はそちらから読んだほうがよいかも…です。


ジェイドとの最悪の出会いから翌日。

まだ空気が冷たく澄んでいる早朝に、エミリアは一人、そっと部屋を抜け出してとある庭園にやってきていた。

赤い花、黄色い花、桃色の花。いろいろな種類の花々が咲き乱れていて、この息苦しい後宮においては割と気に入っている場所でもあった。

花の名前なんて、わからないけど。

それでも、見ていて目が楽しいからそんなのは気にしない。


庭園を奥へ奥へと進んでいくと、噴水のある広場がある。

後宮には噴水がいくつか存在するが、エミリアが今向かっているのは、その中でも一番小さい噴水広場だ。

けれど、エミリアはその小さな噴水広場が一番のお気に入りだった。

噴水の軽やかな水音が聞こえてくると、エミリアはある木陰に目をとめ、



「あら、先約がいらしたのね」



と噴水広場の木陰で、木に腰掛けている人影に、エミリアは躊躇(ちゅうちょ)することすらなく声をかける。

エミリアの声に、その影は面白いほどにびくりと肩を揺らした。

別に悪さをしているわけでもないだろうに、大げさな。

そんなことを思ったが、ひとまず皮肉は置いておくとし、淑女らしく挨拶を述べることにした。



「おはようございます。いい朝ですわね、クラウド殿下」



木陰に腰を下ろして読書をしていたらしいクラウドは、エミリアの朝に相応しい涼やかな挨拶に、何故かひどく嫌そうな顔をした。



「…またお前か、女」



不快だ、という言葉を見事なまでに表した表情で、ぼそりと呟く。

クラウドの黒い髪が太陽に照らされて、艶やかに輝いていた。首をもたげるようにこちらを向いたクラウドの前髪が、さらりと目にかかって黒髪の間から青い瞳が覗く。

きれいだな、なんて思ってつい見入ってしまったら、クラウドに怪訝な顔をされてしまった。

もともと整った顔立ちをしているのと、珍しい黒髪だということもあり、なんとなく目を引く雰囲気を持っている第二王子である。



「嫌ですわ。朝一番にこんな美人を見られたというのに、そんなお顔をなされるなんて。目は確かでございますか?」

「お前の頭が確かか。俺はお前ほど頭のイカれた女は初めて見るんだが」



クラウドの直球な嫌みに、エミリアは花がほころぶような艶やかな笑みを浮かべる。それはもう、とても嬉しそうに。



「まあ、お褒めに預かり光栄ですわ」

「そうか、わかった。医者を呼んでやる」



クラウドには伝わらなかったらしい。

相手の嫌みが直球で、何を考えているのかがすぐにわかって、自分が優位に立てるというこの優越感。

なんて心地いいのだろう。

私はこんなにも嬉しくて仕方がないというのに!

昨日相対したジェイド相手には、とても見いだせない感情だった。


もちろんエミリアのそんな感情に気がつくはずもないクラウドは、嫌みを言ったはずなのに喜ばれるという、気味の悪い光景を目の当たりにしていた。

本気でエミリアの神経を疑ったという。



「残念ながら、私には必要ありませんわ。私はいたって正常ですもの。むしろ、あなた様の『ご病気』を治された方が懸命だと思いますの」

「おい、それは俺の『女嫌い』のことを言っているのか?だとしたらそれこそ余計な世話だ」

「あらあら。では、試してみましょうか?」



その言葉に「は?」という顔をするクラウドに、エミリアはほとんど足音のしない歩き方でクラウドに近づいていく。

それは、侍女の楚々とした基本の歩き方。に、エミリアが独自で編み出した追跡に有利な歩き方を足した、完全なオリジナルである。

その完成度は、足音や気配に敏感なクラウドでさえ、耳をすませてようやく少し音を拾える程度だ。つまり、かなり高度。


だから、反応が遅れてしまったのだ。


今まで確かな足取りでこちらに向かってきていたエミリアが、突然。

そう、あまりにも突然にクラウドの目の前でバランスを崩し、あまりにも突然に倒れかかってくる。

それは、誰の目から見ても『わざと』だとわかる程に、まさに『突然』だった。



「きゃあ」



大根役者も裸足で逃げ出す棒読み加減に、クラウドは一瞬呆気にとられたような顔をした。

それが、ある意味ではエミリアの狙い。

そうすればクラウドが逃げることはないと思った。

一瞬でも気がそれると、人は思うように俊敏な動きを取れなくなる。今のクラウドがいい例だ。

すかさず、クラウドの肩めがけて衝撃が少ない程度に倒れ込む。

すると何を思ったのか、クラウドは上半身をこちらに向けて、エミリアを受け止める形をとった。



「えっ」



さすがのエミリアも驚いた。

予想外だったのだ。

けれど、今更進路変更はできないので、そのままクラウドの胸に倒れこむ。

クラウドのきれいに鍛えた逞しい胸に受け止められ、エミリアは膝をついて正面からクラウドの肩にしがみついた。

驚きながらも、ちゃっかりエミリアの背中に手を回しているクラウドも、自分で何をしているのかわかっていない様子だった。



「……びっくりですわ」

「…そ、れは、…俺の、セリフだろう」

「でしたら、動いたりなんてなさらないで。危ないじゃないですか」

「自分から…倒れてきておいて、よく言う」

「試す、と言ったはずですわ。…ああ、もう、まだ胸がドキドキいってます」



そう言うと、エミリアは膝立ちをやめ、寄り添うようにクラウドの肩に頭を乗せてもたれかかる。

離れてくれるものだとばかり思っていたクラウドは、かえって密着してきたエミリアにギョッとしたような反応を見せる。



「っちょ、おま…、何して」

「言ったではありませんか。試しているのですわ」

「何をだ!…っく、もういいだろう、離れろ」

「嫌です。」

「だから、何で即答なんだ!」

「もう、近くで叫ばないでくださいませ。うるさいですわ」

「う、うるさい…?お前、本当に………、はあ。もういい」



すでに口ではエミリアに敵わないと悟っているのだろう。

いやに重いため息を一つだけ吐いて、クラウドはどうにでもなれといった風に全身の力を抜いた。


これには、逆にエミリアの方が驚いた。

エミリアは例の双子王子から、クラウドは『極度の女嫌い』と話を聞いていたので、もっと抵抗されると思っていた。

そして、もう一度抵抗されたのなら離れてやろうと思っていたので、実に拍子抜けである。さらに言うと、そのせいで離れるタイミングを失ってしまった。

ただ、からかいたいがために起こした行動だったのに。…困った。



「え。…いいのですか?女の人が苦手なのでしょう?特に私のような美人が」

「…お前、それ自分で言ってて恥ずかしくないのか。自分が美人だとか」

「ええ全く。だって、間違ったことは言っていませんもの」

「……ああそうかよ」



エミリアが美しい娘だということは認めているのか、クラウドは呆れたようにそう言ったきり黙り込んでしまった。

あら、ちょっとかわいい。

なんて思ったのはほんの一瞬で、エミリアは自分の質問にまだ回答をもらっていないことに気がついた。



「クラウド殿下、そんなことより。私の質問に答えてくださいませ」

「女嫌いについてか?そのことについてならベルとニアから聞いてただろ」

「そうですけれど、詳しいことは知りませんもの。言えないのでしたら、無理には聞きませんわ」

「別に隠してるわけでもないからいいけどな。まあ…俺は女に近づかれたり、触られたりすると蕁麻疹(じんましん)が出る。ひどい時は頭痛や腹痛、吐き気なんかも催すな」

「…え。」



それは初耳だった。

エミリアはここ一番の反射で、クラウドの胸から抜け出し一気に距離を取る。

クラウドから歩数にして5歩程度離れると、エミリアは何か言いかけて、口をつぐんで俯く。

あまりにも突然かつ、俊敏なエミリアの動きに面食らったクラウドは、目を見開いてエミリアを見つめる。

エミリアは血の引く思いで、静かに口を開いた。



「…ごめん、なさい。その、私…そういう『(たぐい)』の女嫌いとは知らなくて。今まで気安く触ったりして……いえ。これは言い訳ですね。はい、ちゃんと謝ります。知らなかったとは言え、本当に申し訳ありませんでした」



傍から見たら何事かと思う程に、ものすごい勢いで頭を下げて謝る。

さすがのエミリアでも、クラウドがその類の女嫌いだと知っていたなら、あんな軽率な行動なんて取らなかった。


というか、そんな人体にまで影響の出る『女嫌い』自体まず初耳だし。

なにはともあれ、そんな影響の出る人相手に、自分は今まで近づく抱きつく寄りかかるを何の躊躇もなくやっていたということだ。

なんて恐ろしいことだろうか。

一歩間違えれば、彼はエミリアとの接触により、ショック死していたかもしれない。それくらいの距離感で、エミリアはクラウドに接していたのだ。


…王族殺しをしてしまう所だった。


エミリアが必死の形相で謝るのに対し、クラウドは未だに呆然とした表情。

そして、次の瞬間にはなんと。



「…っぷ、くくくくっ」



耐えかねたように吹き出したのだ。




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