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第015話 敗北


麗しの第一王子は、愛らしい妹姫を軽々と抱き上げ、柔らかな笑みを浮かべる。

それはもう、絵に描いたような美しい光景で。


ふと、いっそ白々しいほどの自然さでこちらに気づいたような視線を送るジェイド。



「あれ、君まだこんな所にいたの。仕事しなよ」



天使のように美しい笑みをたたえながら、刺のある言葉を投げつける第一王子。

そこで、唐突に理解した。

そういえば、この先にジェイドの隠れ家があるとか言っていた。

これは恐らく秘密事項なので、一般侍女にバレるのはまずいのだろう。

だからさっきマーガレットは困ったように口をつぐんでしまったのだ。



「そちらこそ、何故ここに?隠れ家に戻ったのではなかったのですか?」



言外に、ジェイドの隠れ家の存在を知っているのだとマーガレットに伝え、あとはジェイドに対するただの皮肉だった。

また覗き見ですか?お暇ですね。

・・・的な意味で。

エミリアの言葉を皮肉に取るか、そのままの意味として取るかはジェイド次第だけど。

マーガレットの顔に若干の驚き見て、エミリアは少しだけ微笑んでみせる。

心配はいらない、という意味で。

すると、マーガレットは少しだけ笑顔を返してくれた。



「あははは、もしかして私に喧嘩売ってる?買おうか?」



あ、やっぱり皮肉の方に取ったか。

さすが歪んでる人は違う。

エミリアは、マーガレットに向けた笑顔をそのままジェイドに移し、



「まさか、そんな恐れ多いことできるはずがありませんわ。言いがかりはやめて下さいませ」



口を突いて出るのは、やはり皮肉っぽい言葉。



「よく言うよね。思いっきり挑発するような言葉を並べているのに」

「ですから、言いがかり、ですわ。ジェイド殿下。たかが侍女風情が王国貴族に喧嘩だなんて・・・そんな恐ろしい」

「恐ろしいなんてどの口が言うんだろう。ああ、この口?」



ジェイドの細長い指が伸びてきて、エミリアの桃色の唇をつい、となぞる。


元々、ジェイドとエミリアの距離はそんなに離れていなかった。

というのも、ジェイドがエミリアのすぐ傍にいるマーガレットの所まで近寄ってきて、それを抱き上げたから、なのだが。

片方の腕ではマーガレットを支え、もう片方の指先はエミリアの方へと向いている。


(見かけによらず、意外と力持ちなのね)


いや、そんな事はこの際どうでもいい。

今はこの指先が自分の唇に触れていることに、疑問を感じるべきだ。

エミリアは、貼り付けた微笑をあっけなくはがし、不快の表情を浮かべる。



「・・・っプ、あははははは!すっごい嫌そうな顔してくれるね。いっそ清々しいよ」



何故か笑われた。

しかし顔に似合わず、随分と豪快に笑うんだな、この人。

普段もこうなのかと思ってマーガレットを見ると、マーガレットもギョッとしたような顔をしていた。

・・・結構珍しいことなのかもしれない。



「そんなに嫌なら避けたらいいのに。私がどうするかくらい君にならわかったろう?」

「・・・一度避けようとして、誰かさんに殺人予告された記憶がまだ新しいので」

「あれ、そうだったっけ?」

「・・・・・・・・・」



ああ、どうしよう。

私この人のこと、すごく嫌いだ。


当然、覚えているだろうに。ジェイドは綺麗な顔に心底楽しそうな微笑を浮かべて、小首を傾げるのだった。

そんなジェイドに、さらに顔をしかめるエミリアを見て、ジェイドはまた楽しそうに笑った。

もう、本当に何なのこの人。



「なら、さ。もし、私が君にキスしようとしても、君は避けないの?」



そう言いながら、顔を近づけてくる第一王子。

ジェイドの綺麗に整いすぎた顔が、からかう様な微笑に歪んでいるのを見て、エミリアは眉根をきゅっと寄せた。

いつの間にか妹を地面に降ろし、ちゃっかりと目を隠してやっているジェイドに気がつき、さらに苛立ちが募る。

人を馬鹿にするのも大概にして欲しい。



「目は、閉じてくれないの?」

「閉じる必要が、ありますか?」

「つれないね。まぁ、いいけど」

「こっちは全然よくないのですけれど?」

「そう?それは、すまないね」



何が、すまないね、だ。

そんなこと、1ミリも思っていないくせに。嫌な男。

そうこうしている間にも無遠慮に近づいてくる、第一王子。


あと5センチ。

あと3センチ。

あと・・・、1センチ。


唇が触れるか触れないか、それくらいの距離感で、相手は止まった。

そこでクスリと笑う、彼の気配。

金色の目元が、少しだけ細めて和んだのがわかった。



「・・・残念。続きは、また今度ね」



言葉と同時に吐き出されるかすかな吐息に、エミリアは思わず肩を震わせる。

熱い。

本当にされたわけではないのに、まるで彼の唇が掠めていったかのような感覚に、背筋がぞわりと泡立った。


ジェイドは意外なほどにあっさりと身を引いた。

そしてマーガレットの視界も解放する。解放されたマーガレットは、ジェイドとエミリアを交互に見ながら困惑顔。

何が何だか分かっていないのは、こちらも一緒だ。



「・・・お遊びにしては、冗談が過ぎるのでは?」

「単なる好奇心だよ。役得だろう?」

「そうですね。殴り倒したいくらいには」

「あははは、やけに攻撃的なお返事だね。・・・・・・っと、お迎えだ」



ジェイドがつい、と顔を向けると丁度こちらに人が向かってきていた。

白い制服に身を包んだ、黒髪の、青年。

互いの存在を認識すると、また、同じタイミングで顔をしかめ合う。



「・・・なんでお前がここにいるんだ?女」

「ご挨拶ですわね。ご機嫌よう、クラウド殿下。ご心配なさらずとも私はここを退散させていただきますわ、今すぐに!」



かなり一方的な挨拶になってしまったが、仕方ない。

エミリアはややおざなりな礼をとって、その場を後にした。

せめてもの見栄で、駆けるような真似はしなかったものの、若干早足になってしまったのは否めない。


ジェイドが未だにクツリクツリ、と笑っているような気がして、エミリアは無性に腹が立った。

そして、悔しかった。

彼にいいように遊ばれたことが。からかわれたことが。

自分の不甲斐なさが。


エミリアが初めて、この人には勝てないと、悟った瞬間だった。





◇◆◇◆◇





エミリアが嵐のごとく去ったあと、クラウドはポカンとした表情でエミリアが消えた方を見ていた。

なん、なんだ・・・?あの女は。

まず、ジェイドと彼女がいた事にも驚きだったが、それよりもこの状況だ。


困惑顔の妹に、クスクスと可笑しそうに笑う兄。そしてまるで逃げるように去っていった、あの女。

一体どうなっている?



「え・・・と、兄上?」



クラウドの声に、ジェイドはなにがそんなに可笑しいのか、笑いを抑えられないでいた。

こんな兄を見るのはいつぶりだろうか?



「ジェイドおにいさま、おかしくなっちゃたの?」



心配そうに見上げてくる妹に、クラウドは大丈夫だ、という風に頭を撫でてやる。

さすがの「女嫌い」も、親族相手には発症しないようで、クラウドは安心してこの愛らしい妹に触れることができる。

マーガレットもクラウドに撫でてもらえるのが嬉しいようで、ニコニコと笑顔を浮かべていた。



「・・・ああー、ごめんごめん。団長会議だよね?今いくよ」

「ジェイドおにいさまが、あんなに笑っているところ、わたし初めて見たわ」

「ああ、うん。私も久しぶりだったよ。驚かせてごめんね、マーガレット」



ジェイドがいつもの笑顔でいうと、マーガレットはふるふると首を振ってにこぉっと楽しそうに笑った。



「ジェイドおにいさまは、銀色のおねえさんと仲がよろしいのね!」



マーガレットの一言に、一瞬、その場の空気が凍った。

クラウドの背に冷や汗が伝う。



「・・・マーガレットにはそう見えたのかい?」

「うん、ジェイドおにいさま、ほかの人達とはなすときより楽しそうに見えたよ」

「そうか。マーガレットは?あの侍女のことどう思ったんだい?」

「うーんとね、きれいだし、優しくしてくれたし、・・・もっとお話してみたいなって思ったよ」

「そうか」



その綺麗な顔に笑みを貼り付けたまま、ジェイドはマーガレットの頭を撫でてやる。

その光景が、むしろクラウドには恐怖だった。



「まあ、私もおもしろいとは思ったかな?」



おもむろに自分の指先を見つめ、そっと口元に寄せる。

それが口づけのように見えて、クラウドは少し、動揺した。

浮世離れした美貌の持ち主は、いちいち何をしても様になる。

その行為が何を意味しているのかなど、クラウドにはわからなかったが、ただそう思った。


ジェイドのその指先が、先ほどエミリアの唇に触れたソレだと知るのは、恐らくジェイドただ一人。


唇を離すと、ジェイドはまたクツリ、と妖艶な笑みをこぼした。



あれ、おかしい。

ジェイドがちょっと変態っぽい。こんなはずじゃなかったのに。

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