第014話 今度は美少女
「・・・・・・どうしようかしらね。予算はあまりないし、でも姉さまにショボイ格好なんて死んでもさせたくないし」
ジェイドと別れ、もと来た道をとぼとぼと歩きながらエミリアは悩んでいた。
ジェイドの持ってきた話というのは、まさにエミリアの頭を痛くさせるのに十分な効力を持つものだった。
というのも、今から2ヶ月後に王族主催のちょっとした晩餐会が行われるというのだ。
晩餐会に呼ばれるのは、国王と王妃、それから第1ばんめから5番目までの王太子殿下もろもろ。
そして、現在後宮に呼ばれている后候補数十名。
ジェイドは「ちょっとした」なんて言っていたが、后候補が集まるというだけで「ちょっとした」ことで済むはずがない。
それに、王子達に取り入るために衣装は煌びやかになることは明確なわけだし、女たちの嫉妬の渦にフローラが巻き込まれる可能性だってないとは言えない。
・・・まあ。女たちの嫉妬に関しては後で何か考えるとして、当面の問題はドレスについてだろう。
「ドレスも持ってないわけじゃないんだけど、型が古いものだし・・・もう流行遅れよね」
とりあえず、フローラに恥をかかせることだけは死んでも避けたい。
ドレスは流行のものを取り入れ、でも派手過ぎずあくまで主役はフローラであることを忘れないように清潔感のあるものがいい。
ってなると、やっぱり予算の関係で考えることがあれやこれやと溢れてくる。
もともと家は地方の貧乏貴族。
ドレスを新調するとなると、・・・うーん、なんとか一着なら買えるだろうか?
こちらに来てから、特に予算を削ってはいないので、父から託されたなけなしのお金はほとんど減っていない。
世間的(貴族からみた世間的である)に決して多いとは言えない金額ではあるが、エミリアにとっては稀に見る大金であった。
「お父様、お姉さまが嫁ぐ時のために貯めていたのね・・・。はあ、でもまさかこんなところで全部使うことになるとは・・・王族め」
とことん憎い。
エミリアは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
こんな事にならなければ、きっと今頃はフローラとジダンの結婚式代となっていただろうに。
『君は、フローラ・ウォーカーの侍女で合っているよね?え、何で知っているのかって?噂で聞いたんだ、銀色の髪の侍女がいるってね。フローラ・ウォーカー付きの侍女だって事も聞いていたし、本当に銀髪だったからすぐにわかったよ。それに、フローラ・ウォーカーは今回入ってきた后候補の中じゃ特に美人で慎ましく、穏やかな気性の持ち主って話で噂になっていたからね。私もちょっと気になっていたんだ。・・・ん?何かすごく睨まれているように思うんだけど、気のせいかな?」
思い出しただけでも無性に腹が立ってくる。
もうそこまで噂が出回っているとは、さすがに思わなかった。
解りきっていたことだけど、やっぱりフローラは目をつけられやすい。
美人だし優しいし、まあ当然よね。
だとしても、あのジェイドにまで目をつけられたらエミリアの手に負えない。
ああ、本当に憎たらしい野郎ね。
「あら、ひどいお顔をしているのね。なにかイヤなことでもあったの?」
あどけない、愛らしい少女の声がエミリアの耳朶を打つ。
ずっと考え事をしていたせいか、周りに気を配ることを忘れていた。
ここは普段使われていない場所だから、と油断していたのもあるかもしれないが。
だから驚いた。
今、この場に自分以外の人間がいた事に。
「こんにちは、銀色のおねえさん。ご機嫌麗しゅう」
としの頃は多分10歳か11歳くらい。
淡いピンクのドレスに身を包んで、丁寧な礼を取る、美少女。
またですか。
エミリアは気が滅入るような、いや、むしろあまりの徹底さに感嘆の声をもらした。いっそここまで来ると、なんかおかしな薬でも使っているんじゃないかと思う。
だって、普通はありえない。
王族の王子や姫が全員、出会った人たち全員もれなく美形とか。
さすがに王族の方から挨拶をされて無視というのは(しかも子供)常識的にどうかと思うので、努めて愛想よく挨拶を返す。
「・・・ご機嫌、麗しゅう」
こっちは全然麗しくありませんけどね!
若干声が硬くなってしまった事については、ご愛嬌ということで。
◇◆◇◆◇
少女の名はマーガレットというらしい。
軽いウェーブのかかった金色の髪を結わずに下ろし、大きな青色の瞳をこちらに向けている。
うわ、すごい。睫毛の色まで金色。
って違う違う。
今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「クーをさがして城内を回っていたのだけれど、みつからなくて。銀色のおねえさんは、みてない?」
そう言って、愛らしく小首傾げるマーガレット。
ちくしょう、可愛いな。
もし自分の美少女加減をわかっていての動作だとすると、将来が恐ろしい。
天然の行動であることを願いたい。
それにしても、『クー』?どこかで聞いたような響きだ。
「クー・・・ですか?」
「そう、毛の真っ白な猫なの。見てない?」
ああ、あのクソ忌々しい泥棒猫か。
フローラからもらった首飾りを盗まれたということもあって、あの猫に対していい印象は絶望的にない。
見たとしても記憶から抹消している可能性の方が高いな。
そうだとしても見た記憶はとりあえず無いので、正直に答える。
「申し訳ありません、マーガレット様。見た記憶はございません」
「そう・・・」
と、残念そうに一言呟く。
悪いことは何一つしていないはずなのに、胸が痛むのは何故だ。
「銀色のおねえさん、お仕事中にじゃましてごめんね」
「いいえ、お役に立てず申し訳ありませんでした」
「いいの。またさがしてみるから。ジェイドおにいさまの所に行・・・・・・あ。」
言いかけて、口を閉ざすマーガレット。
なにか言ってはいけない事を言ってしまった・・・みたいな感じだ。
なんだろう、と一瞬考えたが、答えは案外すぐに出た。
「なにをしているんだ?マーガレット」
甘く耳を掠める魅惑の低音ボイスが、そっとその場に落ちる。
本来ならば聞き惚れるような美声なのだが、生憎と、エミリアには雑音のようにしか聞こえない。
「ジェイドおにいさま!」
マーガレットが可愛らしい声で、その名を叫ぶ。
声の主は、さっき別れたはずの第一王子だった。