第013話 天敵?
輝かしい青空がこの時ばかりは恨めしい。
今が新月の夜ならば良かったのに、と後悔するにはもう遅すぎた。
「な、な、何を・・・っ!?」
「あはは、ただの挨拶だよ。それにしても、すごい慌てっぷりだね」
頬に置かれていた手も振りほどいて、素早く距離を取る。
もしも今が新月の夜ならば、こんな醜態をさらす事なんてきっとなかったのに。
柄にもなく顔を真っ赤にして慌てふためくエミリアなんて、きっとフローラやジダンですらなかなか見たことがないだろう。
「挨拶なんてされる覚えはありません!というか、初対面の挨拶でキスなんて聞いたことありませんから!」
「ああ、口の方が良かった?ごめんね、気が効かなくて」
「冗談でも笑えません」
「ひどいな。たいていの女の子なら喜んでくれるんだけど」
すっかり、ジェイドのペースに飲まれてしまったエミリアは、はっと我に返ると軽く咳払いをする。
彼の狙いが何であるのか分からない限り、気を許すわけにはいかない。
まぁ、端からこの城の住人に気を許すつもりなんてないけど。
「そんなに警戒しないでよ。別に取って食おうなんて思ってないから」
「・・・いつから見ていたんですか?」
「ん?ああ、さっきの侍女たちに絡まれていたアレ?」
「ええ」
「うーん・・・最初の方からかなぁ。女の子の甲高い声ってホラ、結構響くでしょ?あんまりうるさいもんだから、つい見に来ちゃったよ」
つい見に来た?
ここの奥にあるのは今は使われていない住居だけのはず。
人のいる居住区にはここから結構な距離があるから、声が聞こえるなんて事はまずない。
「・・・どこに、いらっしゃったんです?」
「お、勘がいいね。賢い子は好きだよ」
「茶化さないでください」
「つれないね。まぁ、いいよ。特別に教えてあげる」
またクスリと笑うと、ジェイドは口を開く。
「この先に使われてない家があるのは知ってるね?」
「はい。」
「実は今、そこを使わせてもらってるんだ。仕事がないときとか、暇なときにね」
「・・・この国の王子であるあなた様に暇なときになどあるのですか?」
「うん?何だか刺のある言い方だなぁ。嫌われてしまったかな」
「ご安心を。私は元々王族は好きではないのです。あなただけではありませんから」
「はは、すごいね。その王族の、しかも結構上の方にいる私にそんな事言うんだ?」
邪気のない笑みを浮かべながら、ジェイドはぽつりと言った。
「王族は嫌いか?」
ドキリとする程真剣な声音に、一瞬、どう答えたものかと言葉につまる。
さっきまでの殺気はなくなったものの、油断ならない相手なのはもう分かりきっている。
下手に答えて彼の怒りの琴線にでも触れたら大変だ。
恐らく、エミリアの手に負える相手じゃない。
さすがはエキセンバーグの次期後継者に一番近い人物なだけある。
散々考えた末に、結局探りを入れながら、一番無難な答えを口にした。
「・・・イエス、と答えたら?」
するとジェイドはつまらなそうな顔をして言う。
「つまらないな。私はそんな無難な答えなんて求めてないよ。君の正直な答えを聞きたいのに」
「・・・そんなことを言われましても」
「私はね、馬鹿な女が嫌いなんだ」
「・・・・・・・・・は?」
突然そんなことを言われて、エミリアは目を丸くする。
いきなり何の話だ、という顔をするとジェイドがにこりと笑みを浮かべる。
無駄に笑みと色気を振りまくジェイドに、エミリアは困惑顔。
どう接したらいいのかわからない、相手にするのが面倒なタイプの人間だ。
「賢い子は話していて楽しいから好きだよ。でも、馬鹿なのに賢い振りをする子は嫌いかな。あまりに滑稽すぎて、なんだか見ていて可哀想になる」
「はぁ・・・」
「まあ、こういう身分だからね。誰にでも平等に優しくしなくちゃならない。たとえどんなに不快な子の相手でもね」
何が言いたいのかわからないし、相手の意図も掴めない。
自分が会話の主導権を握れない相手なんて人生で初めてかもしれない。
すっごくやりにくい。
ああ、早く姉さまのいるあの部屋に戻りたい。
「なかなか私と対等な位置で会話できる子もいないし、『新後宮制度』なんて言ってるけど結局は地位目当ての馬鹿女たちが集まってるだけだ」
「・・・・・・ええと、あなた様はつまり『女』がお嫌いなのですね?」
「あはは、半分正解」
「半分?」
「うん。正確には、『頭の悪い女』が嫌いなんだ」
上に立つものとしてどうなのだろうか、という辛辣な発言にエミリアはただただ
困惑する。
それを聞かされて、エミリアはどうすればいいというのか。
「頭の悪い女と言われても、抽象的すぎてわかりにくいのですが・・・?」
「あはは、そうだね。例えば、“自分の力量も測れずに馬鹿正直に危ないところに突っ込んでいっちゃう子”とかね」
「・・・・・・!」
「あとは、“全部自分でなんとかしようとするけど、力がなくて結局口だけの可哀想な子”・・・とか?」
「・・・・・・・・・」
なんとなく、彼の言わんとすることがわかった気がした。
なんで今まで気づかなかったのか。
よくよく考えればわかったことだろうに。
女たちからエミリアを救ったように見せかけたあの出来事だって、彼ならエミリアがどうすることも出来た場面だと気がついたはずだ。
それをあえて助け、しかもエミリアが女たちに恨まれるようなタイミングで呼び止めた。
答えはひとつしかないだろう。
「やってくれますね。なるほど、あなたは『私のような女』がお嫌いなのですね」
エミリアが皮肉っぽい口調で言うと、ジェイドはコロコロと人懐こい笑みを浮かべた。
天使のように邪気のない顔で、言葉は悪魔の発するもののように重たくて鋭く突き刺さる。
「あったりー♪さすが、賢い子は話が早いね」
「それは、褒めているのですか?貶しているのですか?」
「君の好きな方に取ってくれていいよ」
「・・・では、そうします」
「あれ、もっと食い下がってくると思ったのに。つまらないな」
「私にあなたを楽しませる義理はないかと」
「ああ、それもそうか」
ジェイドは実に楽しそうに笑いながら答えた。
なんでいきなり彼に嫌われているのかは知らないけど、こちらとしてもそれは好都合。
もとより王族である彼に対し愛想を振りまくつもりなどない。
それに、あっちがこちらを『嫌い』と言っている以上、こちらも好意を示す必要がないわけだ。
そうとわかればエミリアが遠慮する必要などひとつもない。
「殿下のお噂はかねがね伺っておりましたが、聞いていたよりも随分ひねくれた性格をしておいでなのですね」
とびきりの笑顔で話を振ると、ジェイドは一瞬「おっ」という顔をして面白そうにエミリアの会話に乗ってきた。
「よく言われるよ。おかしいよね、私は至って普通の性格をしているつもりなんだけど」
「あは、あなた様を普通の基準にしてしまったら世界中の人たちが普通になってしまうではないですか。ご冗談もほどほどにしてくださいませ」
「君も人のこと言えないくらい偏屈な性格していると思うよ。君を相手いにしていると、さっきの女の子達がものすごく可愛らしく感じるから不思議だよね」
「それなら、あの方達とお戯れになったらよろしいじゃないですか。私もそのほうが大変ありがたいのですけれど」
「そう言われると逆らいたくなるよねー」
「性格が歪んでいる証拠ですわね」
あはは、うふふ、と繰り広げられる二人の会話に流れるのは『和やかな雰囲気』などではもちろんなく、ピリピリと焦げ付きそうな『険悪ムード』だ。
よくもまあ、こんな刺々しい会話を笑顔のまま続けられるものだ、と大抵のものは感心することだろう。
正直、自分でも感心しているくらいだ。
(私って、やっぱり演技の才能あるんじゃないかしら)
なんてチラッと思ったが、そんな事を悠長に考えていられるほど甘い相手でもない。
自分から話を振っといて何だが、ジェイドと長く一緒にいると神経がすり減りそうだ。さっさと切り上げて帰ろう。
「とりあえず、私にお話があるわけではないのでしょう?まだ仕事が残っているので失礼しても?」
「あはは、本当に君は生意気だね。話ならちゃんとあるから聞いていきなよ」
「・・・・・・・・・」
「うわぁ、すごい嫌そうな顔。隠す気を微塵も感じないよ」
「ありませんからね、微塵も」
「あはは、本当に可愛くないねぇ。さっきみたいに怯えてくれてた方がタイプだったのにな」
「それを聞いて安心しましたわ。あなたの前では絶対に弱いところは見せないようにします」
遠慮する必要がなくなった今、エミリアの減らず口は留まるところを知らない。