第011話 狩猟本能
王都に来てから早くも2週間の時が流れ、こちらの暮らしにも慣れ始めたある日の昼下がり。
吸い込まれそうなほどに澄み切った青空を見上げながら、エミリアは『さて、どうしたものか』と、頭を巡らせていた。
というのも・・・
「ちょっとあなた、一体どういうつもりなのよ!?」
「ジダン様のみならず、ニア様やベル様までたぶらかしているって聞いたわよ?」
「なんて図々しいのかしら!とんだアバズレ女ね」
エミリアは只今、絶賛いびられ中である。
(こんな人気のない所に連れてくるもんだから、まさかとは思ったけど・・・やっぱりかァ)
話があると言われ、連れていかれたのは今は使われていない王族の住居へと続く廊下だった。
住んでいる人がいないので、当然その廊下を使う人もいない。
つまりは、女たちにとって絶好の狩場というわけだ。
(・・・ていうか、あの双子王子に関しては私ほぼ無関係なんですけど。あっちから勝手に寄ってくるだけだもの)
いつぞやの初対面以来、あの双子王子はよくエミリアに会いに来た。
会いに来た、と言っても部屋に来るわけではなく、ちょっとばかし部屋の外に出ている時を狙って彼らは会いに来る。
きっとその時の現場でも目撃した人物からのタレコミだろう。
ジダンに関しては前にちょっとソレっぽいことをやらかしたが、双子のことは完全なる不可抗力である。
それで『たぶらかしている』なんて言われるのは、ちょっと納得いかない。
・・・とは言っても、説明したところでこの女たちにはちゃんと伝わらないだろうから、説得以外の解決方法を考えるとしよう。
「ちょっとあなた!聞いているの!?」
おっと、考える方に気を回しすぎて女たちの方をおろそかにしてしまった。
危ない危ない、気をつけなければ。
相手は6人、いずれも王宮の侍女であることから、どこぞの有名貴族のご令嬢か何かだろう。
(うーん・・・、言い負かすのは簡単だけど、それをやっちゃうと後々面倒よね)
エミリアが彼女たちに口で勝ったとして(まあ当然の結果だが)、もし彼女たちが父親に泣きついてエミリアのあることないこと吹き込んだりなんかされたら、エミリアどころかフローラやジダン、挙げ句の果てには父までもが被害を被ることになりそうだ。
ウォーカー家の地位が危ない。
しかも、そんな事が8割がたあり得るだろうとエミリアは確信に近いものを感じている。
ということは、間違いなくそうなのだ。エミリアの女の勘はなかなかに当たる。
「それは、さすがに困るわね・・・」
「え?何か言いまして?」
どうやら、思ったことが口をついて出てしまったらしい。
けれど、言った内容までは聞こえていなかったらしく、女たちは訝しげな顔つきでこちらを見ている。
(・・・仕方ない。すんごい不本意だけれど、やるしかないわね)
エミリアは、ため息の代わりに小さく息を吸って、口を開いた。
「・・・ご、ごめんなさい。私、そんなつもりは・・・全然なくて・・・っ」
震えるような声で伝わるのは、彼女が今泣きそうになっているということ。
不安そうな表情に、潤んだ瞳。
エミリアの性格を知っている人(ジダンやフローラ)が、今のエミリアを見たら間違いなく『何を企んでいるのか』と、怪しむこと間違いなしだ。
だがしかし、残念ながら今この場にエミリアの本性を知る者はいない。
きっと彼女たちには、可憐な少女が不安に震えているようにしか見えないのだろう。
(やれやれ、ここに来てまだ日が浅くて助かった。素の私を知っていたら、きっと引っかかってなんてくれないものね)
怖がるふりをしながらも、心の中では相変わらずのエミリアである。
「フン、本当に反省しているのかしら?この女は」
「はい・・・、ごめんさい(反省?する必要を感じないわ)」
「まったく、とんだアバズレ女が来たものよね」
「うぅ・・・(どっちが!あんたの方が相当なアバズレっぽいってのよ)」
「ちょっと若いからって調子に乗って・・・」
「クスン・・・(若さだけの問題じゃないと思うけれど。笑)」
「だいたいあなたねぇ・・・」
女たちのネチネチした文句を聞きながら、エミリアは自分の口が余計なことを言わないように必死に我慢した。
こういうタイプの女は、だいたい気の弱そうな女をいびって優越感に浸りたいだけだと相場は決まっている。だから、エミリアはただ弱い子の振りをしていればいいのだ。
きっと、そのうち満足して切り上げていくだろうから。
そう思っていたのだが、予期せぬところで救いの手が差し伸べられた。
「はい、ストップ。もうそれくらいにしてあげなよ」
柔らかな低音ボイスがエミリアの鼓膜を打つ。
大きな声を出したわけでもないのに、するりと聞き入れてしまうような、そんな不思議な魅力を持つ美声だった。
誰?と声の聞こえた方に目を向けると、そこには一人の青年が優雅に立ってこちらを伺っていた。
白に近い金色の長い髪を結もせず背中に流し、ズボンにYシャツというラフな格好に肩からはマントを羽織っているだけ。
完全なる「着崩し」だが、何故か「だらしない」という印象は受けなかった。むしろ、その着崩した服装が彼の「魅力」になっているように見えるのだから驚きである。
(・・・ち、余計な事を)
心の内でそんなことをチラッとぼやくと、彼の金色の瞳と目があった。
思わず、柄にもなくドキリとしてしまった。
ジダンでイケメンには免疫がついているとはいえ、彼は別格の美貌だった。
どことなく中性的な雰囲気を醸し出しながらも、確実に男性であるとわかる。
色気があるのだ、要は。女にはない男の色気が。
「面白い事をしているね、私も混ぜてくれる?」
青年はクスリと妖艶に微笑むと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
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