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第010話 ジダンの苦悩

突然ですが私、ジダン・ハーレイは今ものすごく焦っています。

一刻も早く私のお嬢様であるフローラ様とエミリアの元へ帰りたいのですが、動けません。

私、得体の知れないモノに囲まれて身動きがとれません!!



「キャー、ジダン様とおっしゃるのですか?素敵ですぅ~」

「新しく白騎士団に入られたのでしょう?その制服とてもよくお似合いですわ!」

「まるで物語の中に出てくる王子様のように凛々しくていらっしゃるのね」

「背もお高いし、私、何だか胸がドキドキしてしまいますわ…」



城内のとある渡り廊下で6人の女たちに囲まれ、ジダンはかなり焦っていた。

(何なんだこの女達は……――?!)

ジダンの知る女性というのは、奥方様やフローラ様のように可憐でおしとやかな女性か、エミリアのように少し変わっているが元気ではつらつとした女性のどちらかだけだ。

ウォーカー家にも侍女は何人か存在したが、あまり長時間接したことがないのでよくわからないが、多分物静かで大人しい感じの人たちだったと思う。


それが、今ジダンを取り囲んでいる女達はそのどれでもなく、かなり積極的だった。

こちらにちらちらと目配せ(上目遣い)をしてくる者、さりげなくボディータッチをしてくる者、さらには大胆にも自慢の体をジダンに押し付けてくる者までいた。

この女たちのすごいところは、さりげなさを装ってジダンを決して逃がさないところだ。



「あの、私はそろそろ…」

「ジダン様はおいくつなのですかぁ?」

「………」



このように、ジダンが逃げるような言葉を発すると、女達はきらりと瞳を光らせ逃げられないように違う言葉をかぶせてくる。嗅覚の鋭い女たちだ。



「今年で二十歳になりましたが…」

「まぁ、お若いのですね!!」

「素敵だわ~」



キャッキャ、と黄色い声ではしゃぐ女達に、ジダンはますますわからなくなる。

今の会話の中に、何か面白い所などあっただろうか…、と。

ジダンにとって宮廷に勤める侍女たちは未知の生物だった。

しかも女たちからはキツイ香水の匂いがぷんぷんとしていて、ジダンはいろんな意味でくらくらし始める。エミリアやフローラはあまり香水を好まなかったので、基本的につけない事が多かったが、それでも不思議といい香りがした。


そして、ジダンにはこの城に来てから1つわかったことがある。

自分は『女』と『香水』が苦手だということだ。



「ジダン様は恋人などはいらっしゃるのでしょうか?」

「え、恋人…ですか?」



『恋人』という単語に、ふと、ある人の笑顔が浮かんだ。そして、違う違うとそれを打ち消す。

一体何を考えているのやら。

恋人だなんて、考えるだけでもおこがましい。

だからジダンは、静かに口を開き、いない事を公言しようとした。



「私は…――」

「ジダン様!!!」



突然、どこからか飛び出してきた少女に抱きつかれた。

ジダンが驚いて声を上げずに済んだのは、その抱きついてきた少女の声に聞き覚えがあったからだ。

誰もが目を奪われる鮮やかで美しい銀色の髪を持つ少女、そんなのジダンは一人しか知らない。



「エミリ―――っが?!」



下腹部に強烈な痛みが走る。もちろん犯人は銀髪の少女だ。

しかも、周囲をぐるっと囲んでいる侍女たちに悟られない位置での左フック。位置、早さ、力加減までもが完璧な『左フック』に、ジダンは確信を強くした。

そして、その少女はジダンに素早く耳打ちをしてくる。もちろんジダンにのみ聞こえる音量で。



『エリーだっつってんでしょうが!このおたんこなす!!』



銀髪の少女はやはり思ったとおり、侍女のエリーとして後宮に入り込んだ破天荒なお嬢様のエミリアだった。……しかし、『おたんこなす』?

また随分と可愛らしい悪口を覚えてきたものだ。



『エミリア、何故ココに?フローラ様は…』

『詳しい話は後よ!とりあえずジダン、私に合わせなさいね』



へ…?

ジダンがぽかんとしてる間に、エミリアはジダンから離れてとんでもない発言を次々と投下していく。



「もう、私を放ってどこに行っていたのですか。ずっと戻ってこないから、心配していたのですよ!それに、…すごく寂しくて」



……えーと、何でしょう。この目の前にいる乙女チックな生き物は。

完全にジダンの知っているエミリアじゃない。だってエミリアはまず、こんな甘えたような声で喋ったりしない。それに、こんな上目遣いも彼女なら絶対にしない!!

ジダンが、いつもとはあまりにもかけ離れたエミリアの様子に驚き、反応できないでいると、エミリアは一瞬だけ冷徹な表情を覗かせた。

はっとなってエミリアを見ると、すぐにあの『甘える女』の顔に戻る。

ジダンの背中に冷や汗が流れた。



「どうされたのですか、ジダン様?お顔の色が優れないようですが…?」

「あ、いや…、何でもありませんよ『エリー』。気にしないでください」

「そうですか?なら、いいのです」



本当にほっとしたような表情を見せるエミリアに、ジダンは恐怖を覚えた。

舞台女優も真っ青な完璧な演技力だ。

本当にこの娘は、ただの貴族令嬢なのか?とたまに、本気で疑いたくなる。


そして、すっかり蚊帳の外に追い出されていた侍女たちは、はっとなって二人の間に首を突っ込む。



「ちょ、ちょっとあなた!突然現れて一体何なの?」

「そうよ。あなた、ジダン様の…その、何なのよ…?」



若干ビビリ気味なのは、エミリアの存在感と磨きぬかれた宝石のような美しさを目の当たりにしたせいだろう。

さすが王宮の侍女だけあってなかなかの美人揃いだが、正直、エミリアほどの存在感を持つ美女はこの中にはいなかった。



「ジダン様と私の……関係ですか?」



誘うようにエミリアが聞く。

女達はごくりと喉を大きく動かして唾を飲み込む。

そんな侍女たちの様子に、エミリアはそっと笑みを深める。その微笑みは、さながら女神のようだとジダンはひそかに思った。

いつものエミリアなら、こういう場面ではにやりとまるで悪代官のような笑みを浮かべるのだが、今回はやはり何か裏があるような含みはあるものの、あくまでにこりと魅惑的な微笑を浮かべた。



「どんな関係に、見えますか…?」



ジダンの腕に自分の腕を絡ませ、ジダンの胸にそっと頭を預けながら、エミリアはそんな質問を投げかける。

どんな関係もなにも、自分とエミリアはただの主従関係だ。

とは言っても、周りの女たちにはそうは見えないだろう。

侍女たちからしたら恋人関係もしくは、婚約を目前にした関係の二人にしか見えない。

目に見えて女たちがわなわなとし始めた。


(ここで俺が何か言ったら…、きっと今度は足でも踏まれるんだろうなぁ……)


エミリアに合わせ、一生懸命雰囲気作りをしながらそんな事を思った。

そんなジダンの努力も功を奏してか、客観的に見る彼らの印象はまさに『美男美女のお似合いカップル』。

侍女たちの出る幕などまるでないように思えた。



「さぁ、ジダン様。早く帰りましょう?」

「あ、あぁ。そうですね、行きましょうか」



今度は女たちもジダンの言葉を遮ったりはしなかった。

恐るべしエミリア効果!!

仲睦まじく腕を組みながら侍女たちの輪を抜け出すと、そのまま視線の届かない所まで歩いていく。




お互い見えない所まで来ると、エミリアはパッとジダンの腕を放す。

さっきまでの女神的なエミリアはどこへやら。すっかりいつものはつらつとした少女に戻っていた。



「あーやだやだ、あの女たちの香水の匂いが服に染み付いてるわ。帰ったらすぐにお洗濯しなくちゃ」

「……エミリア」

「何回言ったら覚えるの?外では『エリー』よ、ジダン様?」

「…では、エリー。俺が思うにさっきのアレ、完全に誤解されたと思うのですがいいんですか?」

「いいのよ、アレで。私となんてジダンは嫌かもしれないけど、これで噂が広まってジダンに近づく女は大分減ると思うから、これくらい我慢してよね」



問題はそこではないのだが…。

いや、しかし彼女はそんな事を考えて、あえてあんな行動をしたのかと思うと、ジダンは何となく気が気じゃない。

だいたい、騎士である俺が主人であるエミリアに守ってもらってどうする?

本来なら、自分が守る立場でなければならないのに。



「あなたが俺のことを考えてくれるのは嬉しいですけど、あんな事するのはもうやめてください。下手をしたら、逆恨みを受けるのは俺でなくて、あなたになってしまうんですよ?」

「あら、私が受ける分には一向に構わないわよ?姉さ……フローラ様やあなたに、アイツらの目が行くくらいなら私が全て請け負うわ」

「エミリア!!」

「声が大きい!もう少し押さえなさい。もし誰かがいたら怪しまれるわ」



諭すように言うエミリアに、ジダンは複雑な表情を浮かべる。

……あのエミリアにお説教される日がくるなんて。



「…何よ、その顔は?ああ、言わなくても結構よ。どうせ、私に説教じみた事言われて複雑な気分になってるだけでしょう?」

「…………何でわかるんですか」

「顔に出てんのよ!!だいたい、さっきのカップル作戦だってかなりギリギリ気づかれなかった程度よ?ジダンが余計なこと口走らなかったから、なんとか騙せたけれど…」

「ちなみに、もし口走っていたら俺は何をされていたんですか?」

「踵でジダンの足を踏み潰していたわね」

「………」



余計なこと言わなくて良かった。

足を踏み潰されていたら、さすがに耐え切れなかっただろうから。



「エミ…エリー、俺のことはいいですから、もっと自分の心配をしてください。自分の事は自分で何とかしますから」

「……さっき何も出来ずに固まっていただけの人が、それを言うの?」

「うっ…」

「もし、王妃候補の女共におね…フローラ様が囲まれて困っていたら、あなたはどうするの?」

「た、助けます!」

「どうやって?あなたが女共の中に助けに入っていったとしても、きっと話題の種にされた挙句もみくちゃにされてお終いよ。それとも何、口で複数の女共を負かせるとでも言うの?」

「………」

「無理よね。だってジダンは優しすぎるもの。それに、剣の腕はピカイチだけど、あなたとっても口下手だものね?しかも貴族の女に免疫がなさ過ぎるわ。そんなんじゃ、後宮の女達に勝てっこない」

「…………」

「女に慣れろとは言わないわ。いえ、むしろ慣れちゃ駄目よ。女慣れしたジダンなんて死んでも見たくないもの。億が一、ジダンが『たらし』になんて成り下がったらお役御免にするからね。言っとくけど本気よ?だから、あなたはそのままでいい、頑張って上位騎士目指してればいいのよ。ややこしい、腹の探りあいばっかりの女達の相手は私に任せて。いいわね?」



次から次へと流れるような言葉の数々に、ジダンは目を丸くした。

何だか、そうかもしれない。と、ついつい思ってしまう辺り、エミリアの手腕がうかがえる。

エミリアはもしかしたら、詐欺師向きなんじゃないかと縁起でもないことを考えてしまった。


…きっと、ジダンが「詐欺師に向いてるんじゃない?」なんて事を口走った瞬間に、彼女は何の迷いもなく「それ、アリね」なんて言って完全に道を踏み外してしまうのだろう。

しかも、もし仮に詐欺師になったとして、彼女が失敗している姿が全くと言っていいほど見えないのが、さらに恐ろしい所である。


考え無しに口は開くもんじゃないな…。


ジダンはまた1つ、世の中の歩き方を学んだのだった。

そんなことより、エミリアの話術に上手く丸め込まれたような気がするのは、果たして自分だけだろうか?



「…確かに俺は口下手ですが、ずっとエミ…エリーにばかり助けられるというのも何だか気が引けます」

「何言ってるのかしら、この人は。いい?人には専売特許ってもんがあって、得意なもん生かして助け合えば人生上手くいくのよ!あなたは剣、私は話術。せっかく得意なものがわかっているんだから生かさなきゃ損でしょう?」



どこの商人でしょう、この娘は?

ジダンが渋い顔をすると、すかさずエミリアが口を挟む。

もはや職人の域だ。



「生憎と、私に口で勝てる人間なんて極わずかしか存在しなくてよ?それでもあなたは私の心配をするの?」



確かに。

そう思わせるだけの説得力が彼女にはあった。



「…はあ、もういいです。好きにしてください。ただ、俺はあなたの騎士でもありますから、剣でくらいは守らせて下さい。これだけは俺も譲れません」

「あら、頼もしいわね。まあ、私もあなたの剣が必要にならないように細心の注意を払うわよ」

「そうしてくれると、俺としては大変ありがたいですね」

「…言うようになったわね、ジダン」

「お互い様です」



ジダンとエミリアはお互いの顔を凝視して、くすりと笑いあった。

なんだかんだで一番心配なのは、フローラ様よりエミリアの方なんじゃないか。

ジダンは、ふとそんな事を思った。










部屋に帰ると、ジダンはある事を思い出した。

昼間の『クラウド殿下』の事だ。



「…エミリア、お話があります。少々こちらへ」





エミリアがいる限り、ジダンの苦悩が絶えることはない。




とりあえず10話まで書き上げることが出来ました。ここまで読んで下さった読者様方ありがとうございます。

この作品を読んで楽しんでいただけていたら幸いです。

エキセントリック・パーティーは、これからもっと盛り上げていきたいと思いますので、引き続き応援よろしくお願いします!!

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