残酷な信頼
どうしても無防備になる時間
自分(ほとんど主任)が作ったドーナツのおいしさは格別で、私は夢中で食べた。
一心不乱に食べていた私に主任が話しかけてくる。
「みらいは本当においしそうに食べるね」
だって、本当においしいんですもん!!
そう答えるかわりに私はドーナツをくわえながら主任に微笑みを向けた。
おいしいもの食べてるときって幸せですよね!
カロリーとか体重のこととかは後で考えましょう。
ていうか一生考えたくないです。
ん?
そういえば、主任は一個も食べてない。食べてる私をじっと見ているだけ。
もしかして、食べまくってる私を見て逆に食べる気がなくなったとかでしょうか。
ほとんど主任が作ったのに・・・。
口の中のドーナツを飲み込み、私は自分の食べかけのドーナツを主任の口元に近づけた。
「主任もどーぞ!」
おいしいもの(食べられるもの)を作ることができて、それを食べられるこの喜びを主任と分かち合いたい。純粋にそう思って、何も考えず自分のドーナツを差し出してしまったのだけど・・・。
私、忘れてました。主任が上司様だということを!ずっと主任って呼んでたのに・・・。
自分よりえらい人に食べかけのドーナツを差し出すなんて・・・!
あわわ・・・
「ごめんなさい!すぐ新しいドーナツもってきます!!」
そう言いながら慌てて自分の手をひっこめようとした私の手を―――主任が掴んだ。
そして、そのまま自分の口元に近づけ、私が持っている食べかけのドーナツをかじった。
「うん。おいしい」
唇についた砂糖を舌で舐めながら、主任は言った。
食べかたも無駄に色っぽいですね。
主任がさっきの私の行動を気にされてないようでよかった。でも、なんでドーナツじゃなくて私の手を持つんですかね。
「立ったまま食べるのもなんだし、あっちで座って食べよう」
と、主任がソファを指差した。確かに立ったまま食べるのはいけませんよね!
私はちょこんとソファに座った。主任も私の横に腰掛ける―――のはいいんですが、ちょっと近くないですか?
「離れるとドーナツに手が届かないからね」
主任が微笑みながら言う。
それもそうか。私は納得し、またドーナツを食べ始めた。
そんな私の横で主任はおもむろに濡れたタオルを取り出した。
ん?なにに使うんでしょうか?
ドーナツをかじりながら、首をかしげた私に
「髪に粉がついちゃってるから、ちょっと拭くね」
と言って、私の髪を指の間に挟み丁寧に拭き始めた。
そんなこと全く気にしてなかった私は女子としてどうなんでしょうかね・・・。
いえ、今はドーナツが一番です!!
というか、主任本当にできた人ですね。
「もぎゅふぅぎゃぎゅぐもきゅ!(ありがとうございます!)」
口の中に物が残ってるのに、しゃべる私に
「なに言ってるのかさっぱりわかんないよ、みらい」
と笑った。
この時の私はドーナツを食べることに夢中で、主任が時々私の髪にそっと口付けていたことに全く気づかなかった。
「はい、きれいになったよ」
「ありがとうございます!さぁ、主任も食べて下さい!」
「うん。じゃ遠慮なく」
と言って主任はまた私の手をとり、自分の口元にもっていこうとする。
なんでまた?
「主任、まだドーナツいっぱいありますよ。そっちを食べてください」
わざわざ、人の食べかけをとらんでも。
「みらいが本当においしそうに食べるから、みらいがもってるドーナツがすごくおいしそうに見えるんだよね。だから、すこしだけ頂戴?」
いや、味はみんな一緒だと思うんですが。
そう思ったけども、ニッコリと笑う主任を見てまぁいいかと腕の力をぬき、主任に手をまかせた。
直に触れる主任の手の感触に、少しだけドキドキした。
「ドーナツもおいしいけど、みらいの手もおいしそうだね」
主任が変なこと言い出しました。
おなかすいてるんでしょうか。
「ドーナツの方が絶対、おいしいですよ」
間違いない。
「どうかな。それはみらいを味見してからじゃないとわからないよ。ねぇみらい、僕がみらいを食べたいって言ったらどうする?」
主任が私の手を握ったまま、体を近づけ低い声で言った。
そんな主任を見ながら私は力強く答えた。
「そんなこと、主任は言うわけないじゃないですかっ!どっかの変態じゃあるまいし!」
母親にさえ見捨てられたこの私に料理を教えてくれたことで、私の主任に対する好感度は急上昇し、もはや主任は尊敬する対象になっていた。
主任はすごい人なんです!絶対、そんなこと言いません!!
きっぱりと言い放った私を見ながら、主任はなぜかがっくりと肩をおとし、ため息をついた。
あれ、私なんか変なこと言いましたか??
読んで頂きありがとうございます!今回は主任の負けですかね。自業自得。