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聖女奪還

作者: ふわ
掲載日:2026/06/07

設定ゆるゆるです。

 少女がまた突然消えた。

比喩ではない。

本当に、この世界から姿を消したのだ。

 何年かに1度、突然人が消失するという事態に対応するため、日本では自衛隊による特殊来策チームが組まれていた。

 場所はランダム、対象は10代後半の少女。場所を特定することも人を特定することもむつかしい。

ただ、消失直前に被害者の足元へ巨大な魔法陣のような紋様が現れる。

 また、場所はランダムではあるが消失事件のほぼ9割が古代に都があった場所で起こっている。飛鳥京、平安京、平城京、福原京などである。

 偶然にしては出来過ぎている。過去に都を作るにあたり当時の権力者がなんらかの呪法を行い、その影響で陣が発動している可能性が高い、そう判断した政府は極秘裏に特殊部隊を編成した。ただし現代では陰陽師はもういないので呪術的には対処のしようがない。

 そのため日本政府は、それらの地域にある高校に数人づつの特殊チームを送り込んだ。携帯武器のみでの戦闘に秀でた者達で構成され、強力な最新兵器を携行可能なぎりぎりまで持たせた。

もちろん、おそらく召喚陣と思われるものに飛び込んだ後、向こう側に何があるのかわからず、帰れる保証もないため、志願者のみで構成されている。


 彼らが配置されて数か月後、湊川学園の教室の床に魔法陣が浮かび上がった。

陣から光があふれ、そこに立っていた龍野彩羽が光に包まれる。

 警備室の監視モニターでその映像を確認した特殊対策チームはすぐに動いた。

 「ついに来た。302教室だ!」リーダーの兵庫が言った。すぐさま他の2人とともに教室に駆け付けたが、到着した時にはすでに女子生徒は消えた後だった。

「急げ! 陣の持続時間は約10分だ」

チームはまだ光っている召喚陣へ飛び込んだ。



 放課後の教室で龍野彩羽は友人との何気ない会話に笑っていた。

どこにでもいる普通の高校生。

成績は普通、運動も普通。将来の夢もまだ決まっていない。

そんな少女だった。

 だから自分が特別な事件に巻き込まれるなど考えたこともない。

 教室の窓から差し込む日差し、友人たちの笑い声。

そんな平和な日常が突然壊れた。

「な、何あれ!?」

誰かが声を上げた。

彩羽が足元を見る。

床に光が浮かんでいた。

淡い青白い光。

複雑に絡み合う幾何学模様。

それは瞬く間に広がり、巨大な円を描く。

誰もがニュースで聞いたことはあった。

消失事件、被害者の足元に現れる光、それが目の前で起こっていた。

「う、嘘……」

彩羽の顔から血の気が引く。

友人たちが叫んだ。

「彩羽!」 「逃げて!」

だが足が動かない。

恐怖で体が凍りついていた。

光が一気に強まる。

視界が真っ白に染まった。

そして、世界が消えた。


 冷たい。

最初に感じたのはそれだった。

教室の床の感触が消えている。

代わりに硬い石の感触が足裏に伝わっていた。

彩羽はゆっくり目を開く。

知らない場所だった。

高い天井。

巨大な柱。

壁を飾る豪華なタペストリー。

無数の蝋燭が揺れる広間。

まるで中世ヨーロッパの王宮のようだった。

周囲には武装した騎士たち。

そして黒いローブを纏った魔術師らしき人々。

貴族のような人達。

全員が彩羽を見ていた。


 ぞっとした。

「ここ、どこ・・・?」

震える声で呟く。

すると高台の椅子に座っていた男が立ち上がった。

豪奢な衣装をまとい、冠をかぶっている。

王様のようだ と彩羽 は思った。

男は満面の笑みを浮かべて叫んだ。

「成功だ!」

広間に歓声が上がる。

「異界より聖女が降臨なされた!」神官のような男が言う。

 拍手。歓喜。興奮。

 彩羽だけが置き去りだった。

「聖女……?」

 理解できない。

 理解したくもない。


 王のような男が階段を降りて、ゆっくり近づいてきた。

「そうだ。お前は我が国を救う聖女だ」

「違います!」

 彩羽は反射的に叫んだ。

「私はただの高校生です! 帰してください!」

 しかし王は首を振る。

 まるで子供のわがままを聞き流すように。

「心配はいらぬ」

 その言葉が怖かった。

 まるでこちらの意思など最初から考慮していない。

「お前は我々が呼んだ。我々の言うとおりにしていればよいのだ。」

「嫌です!」

「この国にはお前が必要なのだ」

 必要。

 その言葉に彩羽は寒気を覚えた。

 必要なのは自分ではない。

 聖女という道具だ。

 そう直感した。

「家族がいるんです!」

「新しい家族ができる」

「学校だって!」

「必要ない」

 即答だった。

 あまりにも簡単に。

 彩羽の人生を否定するように。

 涙がにじむ。

 怖い。

 帰りたい。

 お母さんに会いたい。

 友達に会いたい。

 なのに誰も聞いてくれない。

 王は続ける。

「お前の力があれば我が国は救われる」

「そんなの知りません!」

「聖女には民を救う義務がある」

 義務。

 その言葉に怒りが混じった。

 勝手に連れてきて。

 勝手に期待して。

 勝手に義務を押し付ける。

 そんなの理不尽だ。

 彩羽は後ずさる。

 だが騎士たちが退路を塞いだ。

 逃げ場はない。

「……帰してください」

 震える声で訴える。

 すると王はため息をついた。

「仕方あるまい」

 その瞬間、嫌な予感がした。

 王は魔術師たちへ向き直る。

「聖女の儀を行え」

 魔術師たちが頭を下げた。

「はっ」

 彩羽は息を呑む。

「な、何をするんですか……?」

 王は穏やかな笑みを浮かべた。

 その笑みが余計に恐ろしかった。

「安心しろ」

 安心などできない。

「少し記憶を調整するだけだ」

 彩羽の背筋が凍った。

「記憶……?」

「そうだ」

 王は当然のように言った。

「異世界への未練をなくし、この国への忠誠を植え付ける」

 植え付ける。

 その言葉を聞いた瞬間。

 彩羽は理解した。

 これは洗脳だ。

 帰りたいと願う自分を消そうとしている。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

「嫌……」

 涙がこぼれた。

「やめて……」

 だが魔術師たちは近づいてくる。

 誰も助けてくれない。

 絶望が胸を締め付けた。

 そのときだった。

 床の魔法陣が再び光り始めた。

 広間がざわつく。

「何だ?」

「召喚陣が……?」

 魔術師たちが顔色を変える。

 光は急速に強まっていく。

 空気が震える。

 彩羽は思わず祈った。

 助けて。

 誰でもいい。

 助けて。

 床の魔法陣が眩い光を放った。

 広間にいた魔術師たちが動揺する。

「なんだ!」

「なぜ再起動する!?」

 王が苛立った声を上げる。

「何をしている! 早く止めろ!」

 しかし誰も答えられない。

 魔法陣の光はさらに強くなり、やがて人影を浮かび上がらせた。

 三人。

 緑色の迷彩服を着た男女だった。

 彩羽は息を呑んだ。

 見覚えがある。

 学校で何度か見かけた人たちだ。

 失踪事件対策のため派遣された自衛隊関係者だと説明されていた。

 先頭の男が周囲を見回す。

 そして低く呟いた。

「……本当に異世界か、想定はしていたが」

 その声には驚きが混じっていた。

 だが動揺している暇はない。

 男はすぐに彩羽を見つけた。

 怯えた表情。

 涙の跡。

 周囲を取り囲む騎士たち。

 女性隊員が言った「あなたの名は?」

「龍野彩羽です」かろうじて答えた。

 男が安心させるように言った。

「もう大丈夫だ、必ず連れて帰る」

 それだけの言葉だった。

 だが彩羽は泣きそうになった。

 助かった。

 本当に助かった。

 王が怒鳴る。

「何者だ貴様ら!」

 男は視線だけを向けた。

「日本国政府自衛隊所属の、消失対策チームだ」

 広間がざわつく。

 誰かが叫ぶ。

「その娘は我が国の聖女だ!」

「違います!」

 彩羽が叫んだ。

「私の国は日本です!」

「黙れ!」

 その瞬間。

 隊長らしい男が王の視線から庇うように彩羽の前へ立った。

「俺の名は兵庫だ。君が来てから我々が来るまでの間の状況を教えてくれ」

 彩羽は聖女と言われたこと、記憶を操作されそうになったことを怯えながらも伝えた。

 王が怒鳴る。

「捕らえろ!」

 騎士たちが前へ出る。

 だが兵庫は一歩も引かなかった。

「誘拐犯が勝手なことを言うな」

 王は激昂した。

「その娘は我が国を救う聖女だ!」

 兵庫は冷たい目で王を見た。

「本人の同意なく連れ去り、帰還を拒否し、記憶改変まで行おうとした」

 淡々と告げる。

「それは日本では誘拐監禁と呼ぶ。」

 魔術師たちの顔色が変わった。

 王は叫ぶ。

「国を救うためだ!」

 兵庫は即答した。

「人を攫っていい理由にはならない」

 その言葉に彩羽は少しだけ胸が熱くなった。

 自分がおかしいわけじゃなかった。

 帰りたいと思うことは当然だった。

 王が叫ぶ、「その娘は聖女として我々が召喚した物だ。そやつらを殺せ!」

 騎士たちが剣を構え、ローブの男たちが呪文を紡ぎ始めた。空気が震え、魔力の光が渦を巻く。

 その光景は、彩羽の理解を完全に超えていた。

「絶対に守る。俺たちを信じろ」

 兵庫の言葉と態度は突然異世界へと召喚された混乱の中で、彩羽に希望を与えるものだった。。

「ファイヤーボールっ!」

 魔術師たちの詠唱が終わり、火の球が兵庫達に向かってくる。

 兵庫は即座に叫んだ。

「散開っ!」

 三人は一斉に左右へ跳び、火球は壁に当たって装飾を焼いた。

「きゃっ!」兵庫に抱えられて跳んだ彩羽が震える。

 その瞬間、騎士の一人が剣を振り下ろしてきた。

 対策チームの若い男が即座に前に出て、盾で受け止める。

 ガンッ!

 金属音が響き、火花が散る。

 女性隊員が携帯ミサイルを構える。

 人に当てず、だが威力を見せつけるために、天井へ向けて発射する。

 ドガーン。

 天井が吹き飛ぶ。そのまま手榴弾を取り出し、壁に向けて連続して投げつける。

 次々と壁が破壊されていく。

「な、何が起こっている!上位魔法か!?」

 魔術師長が答える。

「こんな魔法はありえない、詠唱もなしで連続発動など。」

 広間の人々がとまどっている間に、兵庫も若い隊員も持参した武器で攻撃を開始する。人には直接当てないように、だが抵抗する気がなくなるように広間を徹底的に破壊してゆく。

 攻撃しながら女性隊員が聞いてくる。

「兵庫さん、どうやって帰るんですか?」

「……まだわからん。だが“来た道”があるなら“戻る道”もあるはずだ!」

 その時だった。

 床の魔法陣が、召喚のときとは違う揺らぎを見せた。淡い光が脈打ち、まるで呼吸するように波打っている。

 兵庫は一瞬だけ視線を走らせ、低く呟いた。

「10分過ぎても、まだ動いているのか?」


 ローブ姿の男が叫ぶ。

「まずい! 召喚の余波が残っている! 閉じろ、早く閉じろ!」

 その言葉に兵庫の目が鋭く光った。

「余波? つまり、まだ通路が完全には閉じていないってことか」

「兵庫さん」

「あの陣がまだ使えるなら、そこに飛び込めば帰れる可能性がある」

「でも・・・」

「走れ!」

 彩羽の手を取り、兵庫は魔法陣へ向かって駆け出した。

「止めろ!!」

 魔術師達が再び詠唱を開始する。

 騎士達も兵庫たちの武器に怯えながらも何人かが攻撃してくる。

 若い隊員が盾を構え、騎士の剣を受け止めながら叫ぶ。

「兵庫さん、早くっ!」

 兵庫は彩羽を抱き寄せ、光弾を避けながら魔法陣へ飛び込んだ。

 2人の隊員も牽制のために床に向け銃を連射してから飛び込んだ。

 その瞬間、魔法陣が強く脈打ち、光が爆ぜた。聖女の力に反応したのかもしれない。

「うわっ……!」

 眩い光で視界が真っ白になった。


 彩羽が次に目を開けたとき。

 そこは見慣れた湊川学園の教室だった。

 机。

 白板。

 白い電灯の光。

 彩羽は呆然と見回した。

「……帰ってこれた?」

 ほんの数時間前まで当たり前だった景色。

 なのに今は奇跡のように感じる。

 兵庫が無線で本部へ連絡をしている。

「帰還成功、拉致集団の魔術師も1名捕獲して連れ帰りました。」

 彩羽は涙をこぼした。

 怖かった。

 本当に怖かった。

 二度と帰れないと思った。

「ありがとうございました……」

 兵庫は少しだけ困ったように笑った。

「当然の事をしたまでです。」

 他の2人も優しい顔でうなずいている。

 その言葉に彩羽は微笑んだ。

 早く会いたい。

 お母さんに。

 お父さんに。

 友達に。

 まだ1日も経っていないけど、もう会えないと思ったみんなに。


 それから半年後。

 召喚陣。

 空間歪曲。

 異世界転移。

 本来ならありえない現象。

 しかし現実に起きたこと。

 そして、救出作戦で連れ帰った魔術師がいる。

 魔術師からの情報であちらへ行く方法を研究してきた。二度と同じことをさせないために。

「転移先の固定成功。通路つなげられます。」

 技術者の報告に会議室がわきかえる。

 ついに手に入れたのだ。一方的に拉致されるだけでなく、自らの意思で行き、そして帰る方法を。


 一方。

 聖女召喚を行った王国では混乱が続いていた。

 聖女は失われた。

 召喚に費やした莫大な予算は無駄となった。

 貴族たちは責任を追及し始める。

 民衆も不満を募らせていた。

 そんなある日。

 王宮上空に巨大な光の輪が現れた。

 そして、光の中から次々と現れる空を飛ぶ巨大な機械に人々は恐怖した。

 そこから降りてきた集団の先頭に立つ兵庫が告げた。

「日本国政府を代表し通告する」

 王も貴族たちも顔を強張らせる。

「貴国は日本国民である龍野彩羽さんを本人の同意なく拉致し、洗脳をしようとした」

 広間が静まり返った。

「許されざる行為だ。よって拉致事件の関係者全員の処罰を要求する。

 拒否するなら、我々が武力行使をしてでも捕らえ、処罰する。」

 王は激怒した。

「ふざけるな、奴らを殺せ!」

 だが誰も動かなかった。

 貴族たちは冷ややかな目で王を見ている。

 王国を混乱させた元凶。

 今やそう見られていた。

「私は国のために!」

 王は叫ぶ。

「だからといって、他者を犠牲にして良い理由にはならない」

 兵庫が言った。

 空を飛ぶ巨大な機械、そして聖女奪還の時に見せた力、王以外の王宮の誰もが戦いにもならないと理解していた。


 翌月。

 国王は退位した。

 そして魔術師長を含む召喚計画の責任者たちも失脚した。

 さらに新政権は法を制定する。

 異世界人の強制召喚禁止。

 精神操作魔法の使用禁止。

 違反者は国家反逆罪に準ずる重罪。

 その法律はこの事件を知った他の国にも採用され、この世界から聖女召喚はなくなった。

 だが、調査の結果、この世界で行われた聖女召喚は数十年に一度程度という事がわかった。

 これまでに起こった消失事件の件数に比べて、はるかに少ない。

 別の世界からの召喚が予想されるため、特殊チームは各高校に配属されたままである。



 その頃。

 彩羽は友人たちと笑いながら下校していた。

 平和な日常。

 家族の待つ家。

 自由な未来。

 あの日失いかけたもの。

 だからこそ今は愛おしい。

 空を見上げる。

 青く澄んだ日本の空だった。

 もう異世界へ行くことはないだろう。

 そう思うと自然に笑みがこぼれた。

 知らない世界の誰かが決めた使命なんて知らない。

 自分の人生は自分のものだ。











帰れるかどうかわからない魔法陣に飛び込むなんて無謀・・・はい、私もそう思います。

短編にしたかったので、じっくり帰る方法を探してると話し長くなるからご都合主義でこうなりました。

王様が学校知ってるんかい!? とかいうのも以前の召喚者の話とか書くと長くなるので省きました、( 一一)イロイロスミマセン 

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