表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話「雨の夜の告白」

 唇が離れた時、僕たちは二人とも肩で息をしていた。


 アレクセイの瞳は熱っぽく潤み、乱れた銀髪が額にかかっている。


 いつもの冷徹な宰相の面影はなく、ただ一人の男としての欲望がそこにあった。


 僕は自分の唇に指を触れ、呆然としていた。


 何をしてしまったんだろう。


 後悔と、それ以上の高揚感が胸を満たしていた。


 アレクセイは僕の頬を両手で包み込み、額を押し付けた。


「……すまない。制御が……利かなかった」


 彼の声は震えていた。


 謝罪の言葉。


 あの傲慢な宰相が、自分から謝るなんて。


 僕は小さく首を横に振った。


「いいえ……私も、拒みませんでしたから」


 それは事実だ。


 もし本気で嫌なら、突き飛ばすなり、大声を上げるなりできたはずだ。


 でも、僕はそうしなかった。


 むしろ、彼の熱を求めてしまった。


 アレクセイは苦しげに顔を歪めた。


「私は……怖いのだ」


 唐突な告白。


 僕は息を呑んだ。


「怖い、とは……」


「お前を壊してしまうことが」


 彼は僕の手を取り、自分の胸に当てた。


 そこにある心臓は、激しく脈打っていた。


「私の力は強すぎる。感情も、欲望も、すべてが過剰だ。もし本能のままにお前を抱けば、お前の身体も心も、粉々にしてしまうかもしれない」


 彼は僕の手を強く握りしめた。


「だから、今まで誰にも触れさせなかった。誰も近づけなかった。だが……お前だけは違う」


 彼の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。


「お前のそばにいると、その過剰な力が凪いでいく。嵐が止み、静寂が訪れる。こんな感覚は初めてだ」


 運命の番。


 そんな言葉が頭をよぎる。


 オメガバースの世界において、魂レベルで惹かれ合う唯一無二の存在。


 まさか、僕たちが?


 身分も、立場も、何もかもが違うのに。


 でも、この感覚――互いの欠けた部分を埋め合わせるような安堵感は、それを裏付けているように思えた。


「ルチアーノ」


 彼は僕の名前を、まるで祈りの言葉のように呼んだ。


「私にはお前が必要だ。薬としてではなく……私の半身として」


 その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、僕の胸に深く刺さった。


 涙が溢れてきた。


 ずっと隠してきた。ずっと嘘をついてきた。


 自分は誰にも必要とされない、忌み嫌われる存在だと信じてきた。


 でも、この人は、そんな僕のすべてを受け入れ、必要としてくれている。


「……アレクセイ様」


 僕は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。


「私も……あなたがおそばにいないと、息ができなくなりそうです」


 それは、僕なりの愛の告白だった。


 アレクセイは目を見開き、そしてゆっくりと、本当に嬉しそうに微笑んだ。


 氷の宰相が溶けた瞬間だった。


 彼は再び僕を引き寄せ、今度は優しく、慈しむようにキスをした。


 外の雨音はいつの間にか遠ざかり、部屋の中には二人だけの温かい時間が流れていた。


 しかし、運命はそう簡単に二人を祝福してはくれない。


 僕の身体に異変が起きたのは、その直後だった。


 急激な熱さが下腹部から込み上げ、視界がぐらりと揺れた。


「っ……!?」


 苦悶の声を漏らし、僕は彼の胸に倒れ込んだ。


「ルチアーノ! どうした!」


 アレクセイの叫び声が遠く聞こえる。


 身体が熱い。


 今まで抑え込んでいた発情の波が、一気に押し寄せてきたのだ。


 抑制薬が効かない。


 彼のフェロモンに晒され続けたことで、薬への耐性ができてしまったのか、あるいは運命の番としての引力が勝ったのか。


 強烈な甘い匂いが、僕の身体から溢れ出す。


 それは部屋中に充満し、アレクセイの理性を再び揺さぶる。


「これは……ヒートか」


 彼がつぶやいた。


 その声には、焦りと、隠しきれない情欲が混じっていた。


 僕は意識が薄れる中で、彼の手を強く握り返した。


 もう、逃げられない。


 そして、逃げたくなかった。


 僕たちは、この嵐の中で、互いの存在を刻み込むしかないのだと悟った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ