裏切っておいて、ただで済むとお思いですか?
勢いのままに書きました。
「おい、ミク。お前はもう、この国から出て行け」
「それは、どういう意味でございますか? 旦那様」
魔王討伐後の平和な世界。
その功績を称えられた勇者は、精霊族の姫を妻として迎えることになった。水色の透き通るような長い髪に、白く染み一つない肌。金色の円らな瞳に永遠の若さを持つ、絶世の美女である。
名をミクという少女は、これまで横柄な勇者を必死に支えてきた。
しかし、国を出て行けとはどういうことか。
「俺はお前を捨てて、これからはアイシャを妻として迎える。お前のように通り一辺倒で面白みもない女ではなく、彼女のように快活な女が俺は好みだからな」
「それはつまり、浮気……ということですか?」
「浮気なんて人聞きが悪いぞ、ミク。これはただ、お前が不要というだけだ」
「……………」
その言葉を聞いて、世間に疎いミクもさすがにすべてを悟った。
つまりこの元勇者は、ミクのことを裏切って浮気をしていたにもかかわらず、自分を正当化しながら彼女を追い出そうというのだ。そのことにミクは当然、絶望する。
しかしもとより感情の起伏の少ない精霊族の姫は、ただ静かに涙を流すのみ。
その涙に、この勇者が気付くわけがなかった。
「さあ、荷物をまとめたら夜明け前に国を出て行くんだ。分かったな?」
告げられたのは、そんな無情な言葉。
ミクはただ言われるままに、感情を押し殺して数年過ごした国を出るのだった。
◆
王国を出てしばらく進む。
するとまるでミクの心を表すかのように、大粒の雨が降ってきた。雨に打たれながら、ミクは今後について考える。あの王国には精霊族の加護があったが、ミクが離れたことでおそらく滅亡の道をたどるだろう。勇者には何の感情も湧かないが、そこに住む罪なき人々の身が心配だった。
だがそれ以前に、ミクもまた行く当てのない身。
「……どう、しましょうか」
曇天の空を見上げながら、少女はまた一筋の涙を流した。
彼女は人間が大好きだ。このような仕打ちを受けてもなお、人々のためになりたいと、心の底から願っている。頼りない自分だけど、誰かのためになりたいと。
ミクはそう願いながら、そろそろ雨避けをと、森の中に身を隠した。
すると、そこには一台の馬車がある。
「これは……?」
そして脚を痛めたらしい馬が二頭。
ミクが驚きながら近づくと、その馬車から一人の男性が現れた。
赤く長い髪に、紫色の瞳は美しい。身にまとう衣服はオートクチュールだろうか。少なくともいずこかの貴い血筋であることは、ミクの目で見ても明らかだった。
その男性はしばらく少女を観察すると、こう口にする。
「もしかしてキミは、精霊の子、かい?」
「…………はい、そうですが」
訊ねられたことに、少し迷ってからミクは答えた。
何故なら彼の胸にあるエンブレムには、見覚えがあったから。あれはたしか、勇者のいた国と敵対する国の紋章であり、そこでは精霊族は忌み嫌われているという。
直接的な敵対心はないが、少なくとも歓迎はされないはずだった。
だが、いまは少し状況が違うらしい。
「済まないね。キミのような美しい女性を前にしても、いまは何のおもてなしもできない。せめて愛馬の怪我が治り、母国へ帰還できれば話は違うのだが……」
「……馬の怪我、ですか?」
少なくとも青年は、危害を加える気はなかった。
それどころか歓迎の気持ちを示そうとするが、残念そうに首を左右に振っている。その話を聞いて、様子を確かめたミクは、おもむろに馬の怪我を確認し始めた。
そのことに男性は驚くが、しかしあえて口は挟まない。そして、
「あぁ、痛かったでしょう。でも、これで大丈夫」
「これは……!」
ミクがそう口にすると、薄暗い中に淡く優しい光が満ちた。
彼女は、とにかく人間のことが好きだのだ。だから困っている者があれば、たとえ敵国の人物でも手を差し伸べたくなる。自身の力が役に立つのであれば、それでいい。
そんな少女の献身的な想いに、男性の愛馬たちの傷は瞬く間に癒えていった。
「これで、大丈夫……です」
「お、おい! キミは大丈夫なのか!?」
だが思いの外、ミクは消耗していたのだろう。
考えてみれば王国を出て以降、何も口にしていなければ、睡眠もとっていない。そのような状態で力を行使すればどうなるか、詳しくない者でも考えれば分かる状況だった。
崩れ落ちるミクの身を支え、青年は思わずその美しい顔立ちに息を呑む。
そしてしばしの沈黙の後、彼は馬車にミクを乗せ、馬を走らせるのだった。
◆
――ミクが王国を出て、間もなくのこと。
彼女との契約による加護が切れたことによって、王国には異変が起こり始めていた。降り始めた雨は次第に強さを増し、街の河川は氾濫。
人々は対応に追われ、勇者は国王に呼び出されていた。
「なに……? 精霊族の姫を追い出した、と」
「あ、あぁ……そうだけど?」
勇者の間抜けな発言に、国王は厳しい表情のまま頭を抱えた。
精霊族の加護は、この王国を繁栄に導く。ミクと勇者の婚姻はその証であり、この馬鹿もそのことは理解していたはずなのだが、いったい何を考えているのか。
いいや、考えていないのだろう。
考えていないからこそ、このように軽率な行動を取れるのだ。
「念の為だ。勇者よ、お前の事情を聴いておこう」
「だって、俺はアイシャに真実の愛を――」
そう思っていたが、彼の口から語られたのは言い訳ばかり。
遠回しな表現をしていたが、要約すると『アイシャと浮気をし、彼女に惚れ込んだ。そうなってくるとミクは邪魔なので、勝手に追い出した』ということであった。
そのことを把握した国王は、いよいよ我慢の限界に至る。
何故なら、そもそもミクとの婚姻を望んだのは――。
「――ええい、男の風上にも置けない奴め! そもそも精霊族の姫との婚姻を望み、生涯をかけて愛すると誓ったのは貴様ではないか!!」
そう、勇者だったのだ。
そのことを反故にしておいて、いけしゃあしゃあと美辞麗句で誤魔化そうとする。そこに誠実さなど欠片もない。そう判断した国王は、即座に処罰を下すのだった。
「貴様は本日付けで、国家反逆罪により国外追放とする!!」
「え、えええええええええええええええええ!?」
誰もが呆れる勇者の悲鳴は、王城全体に響き渡っていた。
◆
「こ、ここは……?」
ミクが目を覚ますと、そこには知らない天井があった。
ふかふかのベッドに身を横たえていたので、おもむろに起き上がると周囲には豪華な調度品の並んでいる。広い一室の只中で、少女は眠りに落ちる前の記憶を手繰っていた。
すると、それよりも先にドアがノックされる。
少女が短く返事をすると、中に入ってきたのはあの青年だった。
「やあ、目が覚めたかい?」
「はい。あの……ここは、どこですか?」
彼はベッドの横にある椅子に腰かけると、優しくミクの手を握る。
それに少しだけ安心感を抱いた彼女は、状況を知るためにそう訊ねた。すると青年は静かに首を左右に振って、こう言う。
「その前に、自己紹介しないかい?」
そういえば、互いに名乗っていなかったことを思い出した。
ミクはそれはいけないと思い、しっかり向き直って名を口にする。
「私はミク――精霊族の長、ガイアの娘、です」
「……驚いた。まさか、精霊族の姫君だった、とはね」
しかし青年は、また小さく首を左右に振ってこう続けた。
「いいや、関係ないか。僕は身分や生まれ、関係なくキミに惹かれたんだから」
「私に、惹かれた……?」
「あぁ、そうだよ。さて、改めて名乗ろうか」
そして、そのように一度言葉を切ってから。
彼は恭しく礼をしながら、こう名乗るのだった。
「僕の名前は、ミハエル・リュクス・ルクレツィア。このルクレツィア皇国の第一皇子。そして――」
優しく、ミクの手を撫でながら言うのだ。
「キミに恋し、心の底から愛したいと願う者だよ」――と。
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