喫茶店-第二輪-
「おかわり、どうですか?」
マスターの声にハッ──とする。
現実味のないこの場所。フィクションのような花の設定。そんな受け入れられないことが一気に押し寄せてきた。記憶のない現状に、ただでさえ混乱しているというのに。
「ゆっくりでいいですから」
どこまでも私を心配してくれる優しい声。そんな声に支えられ、心を落ち着かせていく。
新しく差し出されたカフェオレを両手で包み、ホッ──と一息つく。
私とマスター以外誰もいない店内。店内を意識して見渡せば、"赤い彼岸花"の他にも、花瓶に生けられた花が店内の至る所に置いてあることに気が付く。
「他の花も……誰かの記憶なんですか?」
興味に近い疑問をマスターに問う。
「えぇ、そうですよ」
何でもないことかのように答えるマスター。
カウンターの端に置かれている”赤い彼岸花”。反対側の端に置かれている彼岸花とは違う”赤い花”。
見たことあるような花。しかし、名前が喉まで来ているが出てこない。そんなむずがゆい状態が嫌で、マスターへ視線を向ける。
「その花はですね……牡丹一華って言います」
からかわれているような言い方に、思わず顔をしかめる。
「その名前って、一般的なものですか?」
「一般的かどうかは人それぞ……冗談ですので、そんな顔しないでください」
マスターの、こちらの反応を楽しんでいるかのような言い回し。それが少し嫌で、自分でも気づかぬうちに表情に出ていたようだ。それが何だか恥ずかしくて、カップで温まった手のひらを両頬に当ててしまう。
「この花は”アネモネ”といいます。おそらく、この名前が一般的でしょう。先ほどの”ボタンイチゲ”は和名です。私個人としては”アドニス”っていう呼び名も好きですね」
先程の”彼岸花”の時もそうだが、マスターは花のことになると饒舌になる気がする。饒舌ところか、変に詳しい気がする。”アドニス”なんて名前、聞いたことがない。それが、少しだけおかしくて──安心する。
──でも。
ふと、アネモネの花に視線を落とした瞬間。胸の奥に、冷たい何かが、そっと指先を這わせたような感覚が走った。
「この花も、どなたかの記憶なんですよね?」
「ご興味ありますか?」
この感情は”興味”なのだろうか。自分でもハッキリと言えない感情。
記憶がないからなのか、ちょっとした感情の揺れにもどこか不安を感じてしまう。
「”君を愛す”と”恋の苦しみ”」
マスターの小さな呟き。静かな店内では、その呟きがとても大きく感じた。
「これがアネモネの──”赤いアネモネ”の花言葉です」
その言葉に合わせるように、私は目の前の花に手を伸ばす。誰かの記憶へ。残していたかった想いへ──。
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