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記憶の喫茶店  作者:
17/38

金木犀-真実の愛と初恋に揺られて-(上)

「はぁ……こんな所で何やってるんですか」

「だってー……」


 雨降る繁華街。雨に濡れても、夏の雨は意外と冷たくなくて。

 駅前のマクドナルド店のカウンター席に座る、ポテトを咥えた女性。店に入るのが間に合わなかったのか、肩まで伸びた髪がしっとりと濡れている。

 ポテトを咥えたまま、どこか上の空で外を眺めていた。泣いてるでも笑ってるでもない、その横顔が妙に寂しげに見える。

 俺の手には、濡れた傘と乾いたビニール傘。ポテトを咥えているその女性に、乾いている方を押し付ける。


「帰りますよ」

「……いやだ」


 小学生のような答えに、大きなため息を吐く。21にもなって、この人は何を言ってるんだ──そう思いながら、言葉を飲み込んで隣に座る。

 土曜日の夕方。店内は学生客が多く、制服姿のグループばかりが目に入る。

 そんな中で、一人ポテトを咥えながら、ゆっくり時間を潰しているこの人の姿は、やたらと目立っていた。周囲の視線が突き刺さっている気がして、なぜか俺の方が居たたまれなくなる。


「今回は……また振られたんですか?」

「”また”って言うなよぉ……」


 隣に座る彼女は、テーブルに頬杖をついてポテトをつついている。落ち込んでるのは分かるけど、さすがにこれで何度目だ──と、ため息が出そうになる。

 それでも街中を歩けば、男の視線を集めそうな容姿をしている。

 そんな見た目でも、恋人との関係はどうしても長続きしないらしい。高校生の俺に、その理由は分からない。でも、こう何度も繰り返してるのを見ると、恋って容姿だけじゃどうにもならないんだなぁ──と、反面教師みたいに思ってしまう。


「どんな理由かは知りませんが……振られる度に『助けて』とか、メッセージを送ってこないで下さいよ」

「そう言っても、君はいつも来てくれるじゃんかー」

「貴女を家まで送ると、おばさんから謝礼を頂けるので」

「うちの母親はなにやってるんだ……」


 謝礼ったって、手作りお菓子の“余りもの”を持たされるだけ。そもそも家にお邪魔すれば、別にこの人がいなくてもお菓子くらい貰える。

 そんな謝礼を建前にした、この輸送作業も今回で5回目。

 姉の友人。近所のお姉さん。そんな、何とも言えない関係の存在。


「ほら、その残り少ないポテトを食べて、早く帰りますよ。雨、これから強くなるみたいですし」

「はーい」


 さっきまでの沈んだ空気はどこ行ったんだか。楽しそうにポテトを頬張る姿を見ていると、なんだかんだで微笑ましくなる。

 ポテトを頬張る彼女は、年下の俺にそんなふうに見られているなんて、たぶん思ってもいない。俺の視線に気づいたのか、手に持っていたポテトをこちらに突き出してきた。


「ポテト、いる?」

「いいから食べてください」

「ぶー」


 ポテトを押し返して、さっさと食べるように促す。年下の前で恥ずかしげもなく拗ねる姿に、思わず笑ってしまう。

 空になったのを見届けて、黙ってトレーを横からかっさらいゴミ箱へ持っていく。


「あ、私がやるのに」

「いいですから。……ほら、帰りますよ」

「はーい」


 店先で傘を広げ、雨が少し強くなってきた外へと踏み出す。夏の気温と雨の湿気で、肌にまとわりつくこの嫌な空気。

 そんな空気にうんざりしながら、視線を横へと向ける。


「……傘、渡しましたよね」

「まーまー。相合傘の一つや二つ、ケチケチしないでさ」


 そう言って、渡した傘をささずに俺の傘に入ってくる。

 所詮はビニール傘。それほど大きくもない傘で、二人が濡れないようにするには、身体を近づけるしかない。半袖同士で、お互いの素肌どうしがぶつかる。その度に、鼓動が早くなっていく。


 大通り沿いを逸れ、住宅街を歩く。

 雨脚が徐々に強くなり、靴の中にじわじわと不快感が広がってくる。

 それに耐えながら歩いていると、隣からの視線に気づいた。ちらちらと様子を伺うような、覗き込むような視線。


「どうかしましたか?」

「あのさ、濡れちゃいそうだし、腕組んでいい?」

「しないでくださいね」


 反射的に口から出た。

 ちぇ──と、隣から聞こえた声に、大きくため息を吐く。この人は、本当に距離感がバグっている。年下の俺をからかってるとしか思えない。

 だから俺は、この人が嫌いなのだ──こちらの気も知らないで。


「そういう距離感、やめた方がいいですよ」

「どうしてさ?」


 相変わらず、こちらの感情を汲み取ってはくれない。毎度、男に振られる度に、いろいろな場所に呼ばれる。呼ばれる理由を分かっているくせに、今日は少し違うかも──と、俺は鏡の前で格闘してしまう。

 そんなことを思いながら迎えに来たのも──今回で5回目だ。

 気づいてもらえるように、アピールをしているのか?と聞かれたら、そんなことはない。ないが──かいがいしく迎えに来ているのだから、少しぐらい異性として見てくれてもいいのではないか、と思ってしまう。


「男は、すぐ勘違いしちゃうからですよ」


 自分で言っといて、何を言っているんだ──と思ってしまう。

 それを証明するように、こちらを覗き込む視線がキョトンとしている。

 その視線から逃げるように顔を逸らし、柄にもない言い訳を口にする。


「た、ただの一般論です。なので、やめましょうね、って話です」


 そんな言い訳を聞いているのかいないのか。顎に指をあて、何かを考える仕草をして、ふと思いついたのか意地の悪い笑みを向けてくる。


「勘違い、してもいいけどね」


 その言葉と同時に、一度は拒絶したはずの腕を絡ませてくる。その腕は、年上のくせに、俺なんかより全然細くて。男の腕とは違う柔らかさもあって。

 夏の雨とはいえ、全く寒くないとは言えない気温。

 俺の腕にはうっすらと鳥肌が立っているにも関わらず、腕に纏わりつく隣の人の腕は、どこか熱を持っている。

 そんな薄着で、どうして寒くないんだ──と視線を向ければ、このジメっとした雨の中、小さく柄にもない鼻歌を口ずさみながら、どこか楽しそうにしていた。


「……楽しそうですね」


 こちらはいつも振り回されて。いや、勝手に振り回されている──が正しいが。

 一人で悩んでいる苦悩を考えると”こちらの気も知らないで”なんていう、他責の念が沸き上がってしまう。


「君は楽しくない?」


 俺の、どこか拗ねた言葉に、この人は笑って返す。

 楽しいか──今、俺が抱く感情はどちらかと言えば”嬉しい”だろうか。口では何と言おうが、二人で入る傘も、腕に伝わる熱も、どれもが嬉しいと感じてしまう。

 自覚はしている。全部、惚れた弱みだって。


「……どうして、いつも長続きしないんですか」

「あはは……なんでだろうねぇ」


 話題を逸らすつもりで、この関係の原因でもある話題を振る。

 それを聞き、どこか気まずそうな反応をする。そんな反応に、もしかして心当たりが?と勘ぐってしまう。

 俺のそんな思考に気付いたのか、聞いてもいないのに、慌てて言い訳を並べ始める。


「い、いやね?私も頑張って、好きになるように努力はしてるつもりなんだけど……」

「好きになる努力……?」


 この人は、誰とも距離が近く。大学内では、きっと男女隔てなく仲良くしていて。恋愛もその延長線上にあるものだと思っていた。

 だから、長続きしない恋愛も、片手間に付き合っているからこそ長続きしないと思っていた。しかし、そうじゃないらしい。


「せっかく告白してくれたわけだし……応えたからには、この人を好きになろう!って思ってはいるんだけどね……顔を近づけられると、つい、拒絶しちゃってさ。そしたら、振られちゃうんだよね。当たり前っちゃ当たり前かもしれないけどさ……」


 解釈違いだ。いや、それはさすがに失礼か。しかし、そんなピュアな話をこの人の口から聞くとは思ってもいなかった。

 距離感がバグっているにも関わらず、予想外な理由を述べられて困惑してしまう。


「なら、逆に、告白してみたらどうですか。見た目だけ(・・)はいいんですから、男なら告白されれば一発OKだと思いますけど」

「今、”だけ”って言った!?ねぇ、見た目”だけ”って言ったよね!?」


 こちらを振り回し、高校生男子の心を弄ぶ人なんて、見た目”だけ”で十分だ。そんな小さな反抗をすると、それに腹を立てたのか、俺の腕に絡ませていた腕をさらに強く絡ませてくる。

 どうだ──と、言わんばかりの視線を向けてくる。


「いや、普通にやめてください。セクハラで姉に報告しますよ」

「はい、やめます。ごめんなさい」

「……そんなに姉のノートが大事ですか」

「君は、お姉さんの頭の良さを知らないから!私が取ったノートより、全然見やすいノートなんだから!」


 そんな、情けないことを言いながら、ノートを盾にされ、しぶしぶ腕を離して距離を取る。そもそも、その姉と同じ大学なのだから、頭の良さは姉と同じはずなのに──と思うが、違うのだろうか。

 距離を取ったことにより、傘からはみ出しかけているため、傘を傾ける。傘を傾ければ当然、自分がはみ出す──まあ、いつものことだ。


 夕方の住宅街。雨も合わさり、人の気配を全く感じない帰り道。

 途切れた会話。その沈黙は苦ではないが、なんとなく会話をしていたくて、ずっと思っていたことを口にする。


「今、気になる人とか……いたりするんですか?」


 この人の情報なんて、ほとんどが姉伝手でしか聞いたことはない。その中で、この人のそんな話は聞いたことがなかった。いや、彼氏ができた、という話は聞いても長続きはしない。

 だから──もしかしたら、この人には、好きな人がいないのかもしれない。そう思った瞬間、心のどこかで“それなら可能性があるかも”なんて、情けない期待が湧いてきてしまう。


「き、気になる人!?……いやー、あはは……気になる人かぁ」


 隣で、視線を泳がせながら笑っている姿。

 その顔を見た瞬間、ああ──それが”答え”だと、分かってしまった


「気になる人いるのに、色々な男と付き合うのとか、よくないと思いますよ」

「分かってるんだけどさぁ……私が躊躇ってる行動を、実行してるだけで尊敬しちゃうし。……なんかね、その人と……付き合っていいのかな、って」

「ふーん……そうなんですね」


 そんな理由で付き合ってるのなら、俺が告白しても、付き合ってくれるんだろうか……でも、それって、嬉しいのか?

 ”好き”って気持ちをぶつけて、じゃあ試しに──なんて応えられて。そんなの、俺が欲しかったものじゃない

 異性として見られるには、どうすればいいのだろうか。いや、こっちは未成年の高校生。この人は21歳。最初から対象じゃないのかもしれない。始まる前から終わっている。

 それでも、少しだけ。”もしも”なんて、考えたくなる自分が、情けなかった。


「あ、でもね……その……いつも、顔を近づけられると、つい拒んじゃうから……実は、キスもまだ、したことないんだよね」


 珍しく、声が小さくなる。それが、想い人を思っての照れなのか──いじらしいその態度が、可愛いと思ってしまう自分がいる。

 でも、その気持ちは。やっぱり、俺じゃない“誰か”に向けられていて。


「ね、ねぇ。君は、どう思う?付き合った人数は多いけど……嫌じゃないかな?」


 普段は、俺に対して雑に笑って、雑に構ってくるくせに。今だけは、まるで“恋する女の子”みたいな声音で問いかけてくる。いや、恋してるのか。

 だけど、その気持ちは。俺に向けられたものじゃない。なんだか、どうでもよくなってきた。

 この問いかけも、その目の揺らぎも──全部、他の男に向けてくれ。

 灰色になっていく風景。その中で、この“乙女”を視界に入れるのが嫌になって、俺はそっと顔を俯かせた


「……それ、本人に言えばいいんじゃないですか。ていうか──いつもの『助けて』もその人に送ればよくないですか。気があるなら、きっと来てくれますよ」

「えっ、来てくれたら脈アリってことかな!?」


 その声が、やけに明るく響いた。傘を持つ指先に、力がこもる。

 ──うるさいな。

 今すぐこの場から離れたい。


 袖を引っ張られる感覚に釣られて、顔を向ける。


「あのさ!明日、予定ある?今日、傘持って来てくれたお礼も兼ねてさ。どこかに行かない?お金なら私が──」


 吐き気がした。

 光明が見えたと言わんばかりの笑顔──まるで、いい作戦でも思いついたみたいに。そんな笑顔を、見せないでくれ。


「──もう、疲れたんで、呼ばないでもらっていいですか」

「……え?」


 手に持つ傘を押し付け、一度も開かれることがなかった、もう一本の傘を奪い取る。そのまま、雨の中を駆ける。

 一瞬で服と身体が、雨によって濡れていく。背後で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はそれすら聞きたくなくて、全力で走り去る──。

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― 新着の感想 ―
う〜ん、この彼女はどっちだろうなぁ……。 ・本当に悪気なく頼っている。 ・照れ隠しと不安からの探り。 オッズは8:2ぐらい? (´・ω・`) マックからの相合傘の流れはキュンキュンきますね。 (…
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