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記憶の喫茶店  作者:
10/38

ガクアジサイ-届かない想いと揺れる心-(中)

 告白をされた。

 先輩に意を決して、水着を!──と、言ったにも関わらず、相手にされなかった翌日。放課後の校舎裏。

 クラスの中で、いつも男子グループではしゃいで笑っている君は、何度も噛みながら気持ちを伝えてくれた。顔を真っ赤にして、私でも自覚していなかった私の良い所を並べながら。


「わ、私──」


 でも、頭の片隅には先輩の顔があって。断ろうと口を開くと、君は私の言葉を、焦ったように遮って。答えはすぐじゃなくていい──なんて言い残し、走り去っていく。



 一人取り残された私は、その場に立ちすくむ。嬉しさと戸惑いが波がのように繰り返される。誰かを好きになることはあっても、誰かに好かれるとは思っていなかったから。


「……私は先輩が好きなんだよ」


 初めて口にする、自分の気持ち。その気持ちは間違いないはずなのに。心がざわつく。先輩の顔が、頭から離れない。

 何とも言えない気持ちを抱えながら、写真部の部室へと向かう。

 告白をしてくれたこと自体は嬉しい。嬉しいけれど、その気持ちには応えられない。私には振り向いて欲しい人がいるから。


「まぁ……振り向いてくれそうも、ないけどさ……」


 こぼれてしまった言葉が、夕焼けに染まった廊下に溶けていく。

 通いなれた部室までの道のり。それが、今日はやけに遠く思えた。

 部室前についた私は、気持ちを無理やり切り替えて、いつも通り、開き切ったドアから顔を出す。

 当然のように、先輩はそこにいて。夕日に照らされた、先輩の横顔を見るだけで心が躍る。そんな単純な自分に、どうしてだか今日は悲しく感じる。


「先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様。今日は遅かったね」


 ノートPCに向けていた視線を上げ、私の方を向いて言葉を返してくれる先輩。そんな一つ一つの優しさが嬉しくて。

 少しでも先輩を感じたくて、リュックサックを置いて、先輩の隣に座る。


「ちょっと……用事があったので」


 でも、先輩は──私の用事になんて興味はないようで。他愛のない会話をほんの少しだけ交わすと、すぐにコンテスト──写真の話に戻ってしまう。

 写真が好きな先輩を好きになったはずなのに。私に興味のない先輩を嫌いになりそうで……でも、やっぱり嫌いになんてなれなくて。


(……ねぇ、先輩。私、可愛くないかな……)


 告白するにしても、せめて私を”女の子”として見てもらってからにしたい。そんな気持ちで”あがく”放課後の時間。

 でも、私のそんな行動は一向にゴールに近づいている気がしなくて。


「ねぇ、先輩。コンテスト用じゃなくても、夏用とかに水着姿撮りたくなったら、言ってくださいね。元運動部なんで、スタイルには自信あるんです!」


 自分でもわかる空元気。ちょっとでも私に興味を持ってほしくて。


「確かに……」


 私の言葉に同意する先輩の声。そんな一言でも、私を見てくれているという嬉しさで満たされて──。


「海辺……いや、川辺の方が……」


 そして、写真の構図の一つにしかなれない事実に悲しくなって、何も言えなくなった。先輩は、決して私が望む答えを与えてくれない。


「あ、さっきの用事の話だけど。毎日顔出してくれるのは嬉しいけど、無理して毎日来なくてもいいからね?忙しいなら、来ない日があっても大丈夫だよ」


 優しい言い方なのに、どこか心が冷えるような──そんな言葉。

 少しでも一緒にいたくて。少しでも意識してほしくて。でも、こちらを向いてくれなくて。

 その上、そんなことを、そんな軽い感じで言われたら、私の毎日はなんだったのって──悔しくて仕方なかった。


「来たいから来てるんです!」


 先輩を責めるかのような言葉。自分でも驚くほどの大声。そして、私以上に驚きの表情をしている先輩。

 恥ずかしくて、悲しくて。リュックを乱暴に背負って、逃げるように部室を出た。


 --------------------

「最近、写真部?行かないね」

「んー……色々あって」


 先輩に大声を上げてしまった日から二週間ほどが経った。

 机にうっぷしたまま、正面に座る友達の声に、曖昧に答える。

 喧嘩をした訳ではないが、気まずさのせいで部室から足が遠のいてしまっている。

 それと合わせて、告白された日からも二週間経っているわけで。返事はまだいらない──という言葉に甘えてしまって。でも、あの日を境に、君から明確なアピールをされるようになった。


 ──黒板、俺が消すよ。

 ──先生頼まれた荷物だよね?代わりに持ってくよ。


 先輩の、人としての優しさではなく、異性に対しての優しさを向けてくる君。私がずっと先輩に望んでいた“当たり前の優しさ”。これが先輩だったら──なんて、君には酷いことを思ってしまって。


 放課後を知らせるチャイムが鳴る。重い腰を上げ、昇降口に向かう。

 私はどうしたいのだろう。

 先輩が好きだ。好きだけど、先輩には異性として見てもらえなくて。それでも、嫌いになり切れない私がいて。

 でも、そんな私を好きだって言ってくれる君もいて。


「私……どっか行っちゃうかもしれないよ、先輩」


 自分の気持ちを整理するために吐いた言葉。でも、自分で吐いた言葉が実現してしまう事が怖いと思ってしまう。

 だから……部室にいる先輩の顔をこっそり見てから帰ろう──なんて、自分でも呆れるような考えを抱えて部室へと向かう。


 二週間ぶりに訪れる写真部の部室。

 きっと、今日も先輩がノートpcかカメラと睨めっこしているだろう。私が来なくなったことなんて、微塵も気にしないで。

 そんな自虐的な考えを胸に抱えたまま、いつも通り、開けっぱなしのドアから顔だけを覗かせる。


「あれ、いない」


 無人の部室。開きっぱなしのノートPCと、置きっぱなしのカメラ。おそらく先輩のであろうスクールバッグ。

 私は気付けば足を踏み入れていた。いつも、必ずと言っていいほど先輩がいた部室。


「これ、先輩のカメラだよね」


 机に置かれたカメラ。興味本位でそのカメラを手に取る。私に貸してくれていたカメラより、ずっと重い。

 どんな写真撮ってるんだろう──なんて、データを見ていく。

 最初の写真は、夏の空だった。大きな入道雲を写した写真。データを順に追っていく。


 ──向日葵の写真

 ──金木犀の写真

 ──彼岸花の写真


「これは……焚き火に焼き芋?」


 統一感のない写真たち。ほんとうに色々な写真を撮るんだな──と写真を眺めていく。

 なんだか知らない先輩を覗いているみたいで、少し楽しいと感じる。


 ──文化祭の写真

 ──クリスマスの写真

 ──正月の写真


 気付くと写真に表示されている日付が、私が入学した春になっていた。

 入学式の写真や、桜の写真が続いていく中、突然私の写真が現れる。カメラにピースを向けた私の姿。

 初めてこの部室に訪れた際に、私を撮ってください──とお願いした写真。


「先輩、消さないで残してるんだ」


 その写真を皮切りに、学校行事や風景写真の合間に私の写真が登場し始める。

 記憶にある写真もあるが、記憶にない写真もある。挙句には、私が部室で寝ている様子まで──。


「いつの間に……めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……」


 まぁ、私も先輩の隠し撮りはしてるけど──なんて思いながら、さらにデータを覗いていく。

 データの日付が“今”に近付くにつれて、撮られている写真の中に私が増えていく。


「こんなの……期待しちゃうよ、先輩──」


 外から、やけにはっきりと聞こえてくる運動部の掛け声。夕日に照らされた部室で、私の小さな呟きが誰に届くこともなく消えていく。

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― 新着の感想 ―
とっても高校生していて良いですね〜。 先輩は気の無い素振りをしていながらも、隠し撮りまでしているしw でも、「手頃な被写体だったから」と言いそうな先輩。 照れなのか、年の差への遠慮か、恋心に自覚なしか…
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