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9.幼馴染

※時代設定が昭和のため、男女の結婚可能年齢が異なります。

 さらに三年後の夏。

 俺たち自身と周囲を取り巻く環境は、大きく変化することになった。


 十八歳になった俺は中学を卒業後、漁師になり、十六歳になったナギサは、今年から村の工場で働き始め、干物や練り物なんかを作っていた。


 ある日の休日。

 散歩から帰ると、家の前に人だかりが出来ていた。

 

 男ばかりが七人。

 その中には、同じく漁師になったサトルとツヨシとケンの姿もあった。

 

「みんなして、どうしたんや?」 


 その異様な空気に戸惑いながらも、後ろから声をかけると、ヤツらはサッとこちらを振り返り、俺を取り囲んだ。

 十四本の手が俺に向かって伸びてくる。


「ナギサは⋯⋯ナギサは家の中におるんか⋯⋯?」


 目を血走らせながら、俺の肩を揺さぶるサトル。

 その余りの勢いに圧倒される。


「はぁ? 知らんがな。俺は今、帰って来たばっかりなんやから⋯⋯」


「ほな、確認して来てくれ! おったら会わせてくれ!」


「出て来てくれんでもええ。一目で良いから。あの窓からちょこっと顔出してくれるだけで良いから!」


 必死に頼みこんでくるツヨシとケンは、縋るような目で俺を見てくる。

 かつての友人だったこの三人は、いつからかナギサへの恋心を募らせていたらしく、最近になって拗らせ始めた様子。


 完全に目がイッてしまっとるから、兄としては怖くて、とてもじゃないが、ナギサを近づける気にはなれん。


「お前ら落ち着けって。ほな、おらんかったら大人しく帰れよ。待ち伏せなんて気色悪いことはすんな」


 男たちにそう言い残し、玄関を開けると、背後から突き刺さるような熱い視線を感じる。

 なんやねん、アイツらは。

 恋は人を狂わすと聞いたことはあるが、本物の異常者になってしもたんか?



 玄関にはナギサの靴があった。

 階段を登り、部屋をノックするも返事はない。


「入るで」


 静かに扉を開け、更に押し入れを開けると、ナギサは窮屈そうに膝を抱えながら震えていた。


 一度、押し入れの襖を閉めたあと、窓を開けて玄関先を見下ろす。


「おらんみたいやわ。ほれ、帰った帰った」


 シッシと手ぶりをして、ヤツらを追い払う。

 男たちは不満そうにこちらを見上げながらも、大人しく立ち去って行った。


 その騒ぎを冷めた目で、遠巻きに見ているのは、婆さん連中⋯⋯


 こちらに視線が向けられる前に、窓を閉めて再び押し入れを開ける。


「とりあえずアイツらは帰ってったぞ。ナギサ、お前は兄の俺から見ても美人やし、モテるのは間違いない。けれども、限度ってもんがあるやろ。アイツらは、お前の事が好きすぎて、完全に頭がイカれてんぞ」


 ナギサは長いまつ毛を悲しげに伏せながら、俺の話を聞いている。


 白い手足がスラリと伸びていて、膝を抱える姿でさえも、誰かが作った美術品のように見える。


「私はなんもしてへんのに。みんな勝手なことばっかり言って⋯⋯」


 力なく呟くナギサの表情は暗い。


 ナギサがこの村に来てからというもの、海が全く荒れなくなり、ここ数年はずっと漁獲量が安定している。


 海が荒れれば、沖に出た漁師の命や、海辺にあるこの村が危険なのはもちろんのこと、収入に直結するから死活問題やった。


 そんな事情から、主に漁師連中が、ナギサのことを伝説の聖女やなんやと持ち上げ、さらにこの美貌のせいで輪をかけたように騒ぎが大きくなっている。


 一歩、家の外に出れば、若者から年寄りまで、未婚・既婚を問わず、男たちが次々と声をかけてくる毎日にうんざりしてるのか、ナギサはいつからか人前では笑わなくなった。


 ナギサの力になりたいと思う反面、俺にはナギサを隠す事位しか出来なかった。



 それから約一週間後のある日。

 

 朝から体調が悪かった俺は、漁から戻ったあと、網の後始末やらを免除してもらい、早めに帰宅した。

 

 軽く身体の汚れを洗い流したあと、自分の部屋の布団に潜り込む。

 寒気がするってことは、これから熱が上がるんやろうか。


 いつもより余分に布団をかぶって震えていると、いつの間にか眠っていたらしい。


 目が覚めると、日が傾き始めていた。

 身体は怠くて、のぼせたみたいに熱が籠もっている。


 喉の渇きを潤すために枕元の水に手を伸ばしたいけれども、怠さと眠気で断念しようか迷っていたその時。


「コウキくんは大丈夫なん? 昼間はしんどそうやったけど」


「うん。今も辛そうやけど、よく寝てるみたい」


 ナギサとマモルの声が聞こえて来た。

 

「そうか。ナギサちゃんは大丈夫なんか? サトルくんたちにも、強引な事はされてへんか?」


「うん。しつこく声をかけられるくらいで、酷いことはされてない。けど、アオイちゃんとカオリちゃんは相変わらずや。失敗を押しつけられたり、作業服を汚されたり⋯⋯」


 ナギサの辛そうな声に、眠気も怠さも一瞬で吹っ飛ぶ。

 

 四つん這いになりながら、襖の隙間から中の様子を伺うと、マモルがナギサの肩を抱いていた。


「そんな辛い目に遭うくらいやったら、こんな村出たって良いんやで? 裕福な暮らしは出来へんかもしらんけど、二人でやったら生きていけるんやから」


「けど、出ていくなんて⋯⋯マモルくんのお父さんは一人になってしまうし、家のお父さんお母さんとコウキお兄ちゃんにも、全然、恩返し出来てないし⋯⋯」


「恩返しはこの村におらんでもできるやん。お金の話なんやったら仕送りするとか。とにかくあと一年。あと一年待ってくれたら、俺たち結婚出来るから。そしたら誰もナギサちゃんに手出し出来んくなるから」


「マモルくん⋯⋯私、大丈夫。待てる。マモルくんと結婚出来るなら、いくらでも耐えられるから」


「うん。ありがとう。ナギサちゃん」


 マモルはナギサを抱きしめて、唇を重ねた。

 それはやがて激しさを増して、ナギサの身体をゆっくりと畳の上に横たえる。


「マモルくん⋯⋯大好き⋯⋯」


「俺も大好きや。ナギサちゃん」


 マモルの手がナギサのブラウスのボタンに触れた所で、俺は自分の部屋に戻った。

 ナギサの甘い声が漏れてくるのを聞かないように、布団をかぶり、耳を塞ぐ。


 ただでさえ、熱で脈が速い状態なのが、余りの衝撃に心臓が騒ぎ出して爆発しそうや。


 俺は全然知らんかった。

 ナギサが村を出たいと思うほど、苦しんでいたことも、二人が密かに愛し合っていたことも⋯⋯

 


 俺の風邪が治って、家から出られるようになった頃には、ナギサとマモルが付き合っていることが、村中に知れ渡っていた。


 恐らくマモルが、ナギサに悪い虫が寄り付かんように、手を打ったんやろう。

 けれども、それは火に油を注ぐ結果になった。

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