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8.人魚塚

 ナギサに勉強を教えてくれたマモルは、昼時になって、自分の家に帰って行った。


 ナギサは相変わらず、集中して練習問題を解き続けている。


 その真剣な表情を眺めながら思い出すのは、さっきのマモルの話や。


 六年前、マモルの父ちゃんがお参りしていた、あの墓は、なんやったんやろうか。

 間違いなく、マモルの母ちゃんの名前を呟いとったけど⋯⋯


 墓が二つあるとか?

 いやでも、墓って普通、ひと家族に一つとかちゃうんか。

 家の墓も一箇所に、ご先祖様全員が代々入っとるはずや。


 ということは、マモルの母ちゃんと同じ名前の別人の墓の可能性も⋯⋯



「おい! コウキ、聞こえとんのか? 返事せぇよ!」


 考え事に夢中になっている内に、いつの間にやら、テーブルを挟んだ反対側にアキラが座っていた。

 大声を出しながら、こちらに顔を近づけて来る。


「うわぁ! 出たぁ!」


「何が出たやねん! 呼び鈴鳴らしても反応ないし、こんなに近くで声かけても、コウキもナギサも俺のこと無視すんねんから」


 アキラは頬杖をつき、拗ねたように顔を背ける。

 昼間は玄関の鍵が開きっぱなしやからって、勝手に上がって来たらしい。


「アキラくん、ごめんなぁ。集中しとって」

 

 ナギサは問題を解く手を止めて立ち上がり、食器棚から追加のグラスを取り出して、麦茶を注いでアキラの前に置いた。


「悪かったわ。俺も考え事してて。ほんで、何の用? 今日の仕事は終わったんか?」


 俺の二歳上のアキラは、中学を卒業後に漁師の仕事を始めて、今年で二年目になった。 

 漁師の1日は朝が早い分、昼過ぎには仕事が終わるけど、そのままこの家に来るなんてのは珍しい話や。

 

「さぁな。なんとなく、コウキとナギサの顔を見に来ただけや」


 さっきまでの勢いは何処へやら。

 明らかに用事がある様子やのに、歯切れが悪い。

 グラスを手に持って揺らして、麦茶の中に浮かぶ氷を回転させて遊んどる。

 

「なんやそれ」


 コイツもナギサの可愛さに浮かれてる男の一人って事か?


「あ⋯⋯そうか! 私、用事があるんやった! ちょっと出かけてくる!」


 ナギサはハッとした様子で席を外した。

 用事って何のことや?

 残念ながらコイツには、休みの日に遊ぶような友だちもおらんはずやし、商店にでも行くんか?


「⋯⋯なんや。気が利くやないか」


 アキラはナギサの後ろ姿に向かって、小声でボソッと呟く。


 ⋯⋯⋯⋯なんやと。

 どうやらアキラの本命は、まさかの俺やったらしい。


「おいおい、ほんまかよ。勘弁してくれや。悪いけど、俺はお前をそんな目で見たことないからな」


 胡座をかいたまま、畳の上をジリジリと部屋の隅まで後退りする。


「は? とにかく、今この家には、俺とお前の二人きりで間違いないな? コウキ、お前を男と見込んで相談したいことがある」


 あまりの真剣な表情に、ドキドキヒヤヒヤしながら頷くと彼は話を続けた。


 

「今年の⋯⋯いや、ここ数年の大漁祭、お前はどう思った? 四年前、突然現れた記者のヤマザキ⋯⋯アイツはあれ以来、毎年大漁祭に参加して、祭の取材を続けとる。けど、こんな田舎町のたった一晩の祭の取材なんて、毎年せなあかんもんなんか? それと、初めてヤマザキと会ったあの夜、アイツは俺の姉ちゃんとナギサに興味を持っていたにも関わらず、その後一切俺らに接触してこうへん。何故かヤマザキがずっと一緒にいる人物⋯⋯それはマモルの父ちゃんや」


 アキラはグラスの底に垂れてきた水滴を、布製のコースターで拭いながら語る。

 

 結局、アキラの姉ちゃんのナナミちゃんは、未だに見つからないまま。


 アキラの言う通り、あれ以来、毎年ヤマザキさんは大漁祭に来てるけど、ずっとマモルの父ちゃんと一緒にいてる。

 

 マモルの父ちゃんは役場の職員なんやから、ヤマザキさんと一緒にいるのは、一見違和感はないけど、やっぱりあの父ちゃんには、どこか怪しい部分がある。


「マモルの父ちゃんは、仕事してるだけかも分からんけど。どうやろうなぁ」

 

「はっきり言うて俺は、マモルの父ちゃんが何らかの事情を知ってんのに、後ろ暗い事があるからって、ヤマザキを俺らに近づけんようにしてるとしか思えんくなってる。実はここ数年、マモルの父ちゃんについて、俺は独自に調べてたんや。けど、漁師と役場の人間じゃ活動時間が合わんからか、中々尻尾を掴めん。なぁコウキ、お前はちっさい頃から一番マモルに懐かれとるし、何か知らへんか? 知らんかったとしても、お前なら何か聞き出せるかもしらん。俺は、なんとしても姉ちゃんを取り返したいねん」 


 切羽詰まったように言葉を振り絞るアキラ。

 彼の心情を想像するだけで、こちらまで胸が張り裂けそうになる。


 けれども、何の証拠も無しに、友だちの父親を疑って、何かを聞き出そうとするなんて、罪悪感がないと言えば嘘になる。


「コウキ、頼む」


 頭を畳に擦り付けるようにして、土下座をするアキラ。

 子供の頃は強引だった暴君が、プライドをかなぐり捨てて俺に頭を下げる姿に、心が揺れる。


「⋯⋯⋯⋯分かった。俺も協力する。一つ、俺も確かめたい事があったから。ただし、マモルに探りを入れんのは最終手段にしたい。なんてったって、マモルは友だちや。父ちゃんが何かを隠していたとしても、アイツ本人が関わってないんやったら、別モンとして考えんとあかんから」


「分かった。それで良い。コウキ⋯⋯ありがとう。ありがとう⋯⋯」


 声を震わせながら、膝に縋り付いてくるアキラを落ち着かせ、例の場所へと向かった。



 神社の参道を横道に逸れ、石碑を目指して進む。


「六年前のナギサの入隊試験の日に、マモルの父ちゃんがその石碑に向かって、マモルの母ちゃんの名前を呟いとったと⋯⋯」


「そうや。けど、マモルの話では母ちゃんの墓は寺の墓地にあるそうや」


「ふーん。ほな、その石碑は何なんやろな」 


 やがて見えて来た、人の背丈ほどの石碑は、特別な加工を施されている様子もなく、そこら辺にあった超巨大な岩を地面に直接突き刺したみたいな形をしている。


「これは⋯⋯」


 ――人魚塚

 

 石碑には、そう刻まれていた。

 

 マモルの父ちゃんは、人魚の墓に向かって、マモルの母ちゃんの名前を呼んでいた。 

 その瞬間、頭に思い浮かんだのは、ナギサと見た光景。

 棺の中の白骨化死体。


「あのなぁ、アキラ。実は俺、六年前のあの日⋯⋯神社で人魚の死体を見たんや。あれは⋯⋯」


 背中が凍りつくのを感じながら、自分のものとは思えん位、か細く震える声で、アキラにあの日の事を打ち明けた。

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