7.俺たちの人魚
――あれから四年後。
俺が中学三年生、ナギサが中学一年生の夏休みの事。
この日は、毎月の海岸のごみ拾いの日だった。
村の全家庭から最低でも二名は参加するルールになっていて、俺たちの家からは俺とナギサが参加することになった。
「コウキお兄ちゃん! 見て見て! もうゴミ袋がいっぱいになりそうやで!」
ナギサは、はしゃぎながら、拾ったゴミを見せびらかしてくる。
海岸に流れ着くゴミと言えば、お菓子の袋やら、塗装が剥がれて汚れが付いたおもちゃのフィギュアなどなど。
誰がかうっかり落とした物なのか、海をゴミ箱代わりにしてるのか、今回も尋常じゃない量が流れ着いていた。
「お前も腕を上げたな。まぁ、俺には到底及ばんけど」
誇らしい気分で、パンパンになったゴミ袋を見せつける。
それを見たナギサは、一瞬むっとした後、手足の関節のストレッチをした。
「ふん! まだまだやれるから! あっちの方に行ってくる!」
ナギサは気合い十分に走り出した。
「おっしゃ! 受けて立つ」
俺も気合いを入れ直して、軍手をはめた手で、黙々とゴミを袋に詰めた。
「ナギサちゃんは可愛いのに、頑張り屋さんやなぁ」
「美人さんが毎度毎度泥だらけになって、ニコニコしながら働いてるなんて、健気やわ」
「まるで人魚姫みたいに綺麗や」
感心したように話すのは、二十歳そこそこの漁師たち。
十三歳になったナギサは、誰もが振り返る美少女に成長した。
それを鼻にかけず、働き者で人当たりもいいナギサは、村中の男たちから、可愛がられていると言っても過言ではない。
「なんやの。私らやって、泥まみれになりながらやってんのに。美人やと同じことやってても褒められるからええよなぁ」
「何がマーメイドや。ここらに散らばってるゴミみたいに流れ着いてきたくせに」
アオイとカオリは、もてはやされているナギサに嫉妬しているのか、恐ろしい形相で男たちを睨む。
「はぁ? ゴミみたいやと?」
あまりの物言いに言い返そうと近づくと、後ろから誰かに腕を掴まれた。
「止めとけコウキ」
小声で注意して来たのは、ナナミちゃんの恋人だったウシオくん。
「お前らも可愛いのに、頑張ってるもんなぁ」
ウシオくんは、ナギサをもてはやしていた男たちに代わり、アオイたちを褒める。
すると、二枚目に褒められたからか、アオイたちはこちらを睨みながらも、何も言わずに立ち去って行った。
「ウシオ〜! ありがとう!」
「あ〜怖っ! うっかりしとったわ!」
男たちは安心したように笑う。
「おう」
ウシオくんは、短く返事をした後、俺の耳元に口を近づけてきた。
「コウキ、お前もナギサちゃんのこと気にかけてやった方がええ。女の嫉妬は恐ろしいぞ。お前は覚えてないかもわからんけど、ナナミの時もエグかったんや」
ウシオくんは、アオイたちの後ろ姿を睨みつける。
「そら、こんな陰険な女どもがおる村、誰だって出ていくわ」
ウシオくんのつぶやきは、いつまでも耳に残った。
◆
夏休み中のある日のこと。
今日は、中学二年生になったマモルがナギサに勉強を教えに来ていた。
リビングの四人がけのテーブルで、二人並んで問題集を覗き込んでいる。
「この角とこの角は同じ角度やから、180からこっちの角度の値を引いたあと2で割れば、ここの角度が分かるやろ? それから⋯⋯」
「はぁ〜そういう事やったんや⋯⋯」
真剣な表情で図形の問題を解く、マモルとナギサ。
元々は気弱で頼りなかったマモルも、父ちゃん譲りの頭の良さが開花して、すっかり頼もしい男になった。
漁師にならずに、本島の高校に通うという話も出るくらい。
「マモルありがとう。俺じゃあ、よう教えへんから」
冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出し、三人分のグラスに注いで、テーブルの上に置く。
「マモルくんの教え方、すっごく分かりやすいで! 先生になれるんちゃう?」
ナギサは憧れの眼差しでマモルを見つめる。
「ありがとう。けど、俺は勉強が好きなだけやから」
マモルは照れたように頭を掻いた。
その後、ナギサが練習問題を解いている間に、マモルが手持ち無沙汰にしていたので、話題を振ることにした。
「そう言えば、今日はマモルの母ちゃんの命日やろ? 墓参りとかするんか?」
「昼からお坊さんが来はるから、お経を上げてもらった後、墓参りも行く」
「そうか。ほんで、母ちゃんのお墓は⋯⋯」
神社の近くか。と言いかけて留まる。
あかんあかん。
あの日見たもんは全部秘密やのに、いらんこと言うて、マモルの父ちゃんの話になったら面倒やからな。
「ん? あぁ、寺の墓地やで。コウキくんの家と同じ。やから軽く草抜きや掃除をしたとしても、夕方には帰ってるやろうな」
寺の墓地と言えば、海沿いにあって、空もよく見える、この村の人間全員が死んだら行きつく場所や。
六年前に見たマモルの母ちゃんの墓は、神社の参道から行ける場所やから、全然違う。
あれは、墓とは違うんか?
「マモルの母ちゃんは、どんな人やったんやろうな」
「俺は何も覚えてないけど、優しくて、綺麗な人やったらしいで」
遠い目をしながら、少し頬を緩ませ語るマモル。
この男は仲間内ではピカイチで優しいし、言われてみれば、目鼻立ちがはっきりしてて、男前なんかも分からん。
「そうか。ほんなら、マモルは母ちゃんにも、よう似とるんやなぁ」
「うん⋯⋯そうやったらええなぁ」
マモルは、はにかんだように笑った。