6.記者の男
ナナミちゃんが消えた翌年の夏休み。
この日は、大漁祭が行われる日だった。
日没後、小学三年生になったナギサの手を引いて、祭の会場にやって来た。
「へぇ〜これが、大漁祭なんや〜」
初めてこの祭に参加するナギサは、かがり火や、ずらりと並ぶ屋台に目を輝かせている。
この一年でナギサは、すっかりこの村に馴染み、訛りも自然と身についた。
「コウキお兄ちゃん! アキラくん達がおったで! おーい!」
ナギサは俺の手を引いて、いつもの仲間の元へと走った。
そこにいたのは、アキラ、サトル、ツヨシ、ケン、そしてマモル。
「おう。揃ったな。ほな、何か食おうか」
アキラは、どこか硬い声で言った。
祭の雰囲気は、去年と何も変わらない、どんちゃん騒ぎのように感じられた。
けれども、ナナミちゃんの行方が分からなくなってから、もうすぐ10ヶ月が経とうとしている。
アキラとアキラの父ちゃん母ちゃんは、今も悲しみのどん底にいるし、ナナミちゃんの恋人だったウシオくんも、ずっと塞ぎ込んだままでいる。
ナナミちゃんのファンだった男たちも、どことなく元気がない。
俺たちは屋台で買ったものを食べながら、かがり火の周りで踊る村人たちを眺めた。
「そういや、この一年間、ほとんど海が荒れへんかったなぁ」
ボソッと呟いたのはマモルだ。
「確かに。ナギサが浜に流れ着く直前の嵐が、最後とちゃうか」
「ナギサのお陰やったりして!」
サトルとツヨシは、ナギサと肩を組みながら笑う。
「そんな。たまたまやって」
ナギサは照れたように笑っている。
「もしかしたら、聖女とか天女ってやつなんかもしらんなぁ」
ケンは、ナギサを肘で突きながら、おどけたように言う。
コイツらは、この場のノリで適当な事を言うとるんやろうけど、ナギサの存在自体が既に人知を超えとるんやから、あり得ん話ではないな。
「ねぇねぇ、君たち。その話、詳しく聞かせてくれない?」
いきなり声をかけてきたのは、初めて見る男だった。
茶色いフチの眼鏡をかけた、三十代前半くらいの男で、首からはカメラをぶら下げて、手にはボールペンと手帳を持っている。
そういや、『語り継ぎたい祭 百選』とかいう本を出版したいとか言って、記者が来てるんやったわ。
「おっちゃんは、何者やねん?」
アキラは怪訝そうな顔で記者を見る。
ここの村人は元々排他的やのに、怪しげな風貌で子供に話しかける大人なんて、不審者扱いされるのが当然の流れや。
「あ〜ごめんごめん。僕はヤマザキ タクト。全国を飛び回って、昔ながらの田舎の風習なんかを調べてるんだ。ちなみに三十二歳だから、おっちゃんではありませ〜ん」
ヤマザキさんは、チェックのシャツの胸ポケットから名刺入れを取り出して、俺たち七人に、それぞれ一枚ずつ名刺をくれた。
「つまり、他人の生き様を他所に見せびらかして、自分はそれで飯を食うとるっちゅうことか」
アキラは苛立ったように名刺を突き返した。
「なんや、アコギな商売ってやつか?」
「コウキ、ナギサ、こんなやつに話すことなんか何もないやろ」
「俺らは見せ物とちゃうからなぁ」
サトル、ツヨシ、ケンもヤマザキさんに突っかかる。
「そこまで拒絶されちゃうか⋯⋯参ったな⋯⋯」
ヤマザキさんは困ったように汗をかいている。
気の毒やけど、他所から引っ越して来る人間も、出ていく人間も許容しないこの村が、取材を受け入れていることが奇跡やと思ってもらわんと。
俺たちの間を冷えた空気が漂う中、いつもは大人しいマモルが口を開いた。
「あのさぁ、思ったんやけど⋯⋯ヤマザキさんにナナミちゃんの事とか、ナギサちゃんのことを記事にしてもらって、その本が全国に広まったらさぁ。情報を知っている人が、連絡をくれるかも。そしたら、ナナミちゃんは、この村に帰って来てくれるかも分からんし、ナギサちゃんの家族からも連絡が来るかも分からん」
マモルの言う通りなら、このおっちゃんも使い方次第では、俺たちの知りたい情報にたどり着く手段になり得ると。
冷静なマモルの言葉に、俺たちを包んでいた空気がひっくり返る。
「おっちゃん! それは、ほんまか!? 記者ってのは、行方不明の人を探すこともできるんか?」
アキラは期待の籠もった目で、ヤマザキさんを見上げる。
「ナギサ、もしかしたら家族に会えるかも分からんで!」
興奮した俺は、ナギサの両肩に手を置いて、前後に揺すった。
「家族⋯⋯」
イマイチ、ピンと来ていない様子のナギサ。
コイツは記憶が戻らんままやし、この一年、俺らと新しい家族をやって来ているから、そこまで帰りたいとは思ってないんやろうか。
「話が見えないけど、事情を全て聞かせてくれるなら、協力出来ることがあるかもしれないね」
ヤマザキさんはペンを構えた。
初めてこの怪しげな男に、羨望の眼差しが集まったその時。
「ヤマザキさん。今から、この祭の見どころの一つ、お焚き上げが始まりますので、どうぞこちらへ」
マモルの父ちゃんが、俺らの後ろから音もなく現れたかと思ったら、有無を言わさぬ雰囲気で、ヤマザキさんを連れて行ってしまった。
後ろ髪引かれた様子のヤマザキさんと目があったけど、祭が終わっても、ヤマザキさんが俺らの元に取材に来ることはなかった。
「なんやねん。あのおっさん、結局は自分の目的を果たしに行ってしもたぞ」
「しゃあない。ひとまず俺らも、願い事書きに行こう」
ヤマザキさんと後でゆっくり話せると信じていた俺たちは、半紙と筆を手に取り、机に向かった。
「俺の願いは⋯⋯姉ちゃんが帰って来てくれることや」
アキラは真剣な声で言った。
「うん。俺もそれにするわ」
「あと、ナギサの親が見つかりますようにやな」
「俺もその二つにするわ」
サトルとツヨシとケンは、そう言ってくれた。
本音ではナギサと離れたくはないけど、ナギサの父ちゃん母ちゃんが、アキラたちみたいな気持ちでおるんやと思うと心が痛む。
俺の今年の願いは、『ナナミちゃんが帰って来ますように。ナギサの家族が見つかりますように』にすることにした。
「ナギサ、お前はどうすんねん?」
隣で黙々と筆を走らせるナギサの手元をのぞき込む。
「私は⋯⋯みんなの願いが叶いますように!」
ナギサは満面の笑みで俺らに願いを見せた。
「ナギサ、お前はいい奴やな」
「それが一番シンプルで、ええ」
口々にみんながナギサを褒める。
ナギサはそんな俺たちを見て、照れたようにしている。
「あらあら、男の子六人に女の子が一人⋯⋯」
「あの子は将来が楽しみやねぇ」
祭の喧騒の中、そんな声が聞こえた気がした。