3.人魚伝説
ナギサが家に来てから一週間が経った頃。
午前中、いつもの仲間たちの遊び場である公園に、ナギサを連れて行くことにした。
この公園は霊山の中腹にあって、この先の参道を登れば、神社に繋がっている。
大人も子供も、そう近寄らない場所なのが気に入ってる。
俺たちが公園にたどり着くと、既にアキラ、サトル、ツヨシ、ケン、そしてマモルがいた。
「ほぉ〜お前がコウキの妹か。嵐の後、浜に流れ着いて、記憶もないとかいう不思議っ子」
アキラは、あごに手を当てながら、ナギサのことを観察した。
この狭い村では、些細な噂話も全員に伝わるくらい、情報網が発達している。
おとぎ話の主人公みたいなナギサの話は、あっという間に知れ渡ったことやろう。
「そうや。元々どこの誰やったかは知らんが、家の手伝いもするし、兄ちゃんのことも敬える優秀なやつや。仲良くしてやってくれ」
少し不安そうなナギサの肩に手を置く。
「コウキお兄ちゃんの妹のナギサです⋯⋯よろしくお願いします」
ナギサは丁寧に頭を下げた。
「おお〜喋ったぞ〜」
「ここらの訛りとちゃうな」
「お嬢様育ちなんやろか?」
遠巻きに見ていたサトル、ツヨシ、ケンも、珍しいものを見つけたとばかりに、ナギサを取り囲む。
マモルは、そんな俺たちの様子を静かに見守っている。
「よし、ナギサ。お前を俺らの仲間と認めよう。ただし、これから受けてもらう試験に、合格出来たらの話や。お前らも全員、日没と同時に、ここに集まるんや」
アキラは、また何か面倒な事を思いついたのか、真剣な表情でそう言った。
夜。
再び俺たちは、公園に集合した。
マモルだけは、今日が物心つく前に亡くなった母ちゃんの命日だからと、家で父ちゃんと過ごすという事だった。
公園内は、たった一つの街灯の明かりがある以外は真っ暗や。
「よし。全員揃ったな。それでは、ナギサの入隊試験について説明する」
アキラはふんぞり返りながら、語り始めた。
入隊試験ってなんやねん。
俺らは、そんなもん受けた記憶がないぞ。
ナギサは俺の腕にしがみついて、不安そうにアキラの話を聞いている。
「ルールは簡単や。この先の神社には、人魚の死体が納められている。ナギサには、その人魚の死体を自分の目で確かめた上で、どんな見た目やったかを俺らに報告してもらう」
アキラの入隊試験とは、肝試しの事らしい。
確かに、この先の神社には、人魚の死体が祀られてると聞いた事がある。
人魚という生き物は、上半身は美しい人間の娘の姿をしていて、下半身は魚のような鱗とヒレがあるとされている。
人魚は美しい歌声で男を誑かし、海に連れ込む危険な生き物で、人魚に魅せられた男は、妻や子供たちの元には永遠に帰って来られずに、人魚の夫として生きていくとか。
その事を恐れた漁師の妻たちは、協力して人魚を捕獲し、その肉を食べた。
嘘か本当か、人魚の肉は女が美貌を保つのに有効らしい。
「そんな危険なもん、見たら呪われるんとちゃうか? もっと別のもんにしてや。そもそも、アキラは人魚の死体を見たことあんのか?」
ナギサの身を案じた俺は、アキラに反抗した。
「なんや、お前。ビビってんのか? 大丈夫やって。本殿の入り口までは、全員で一緒に行ったるから。扉開けて、ちょっと中を覗いてくるだけやん」
「俺がビビってるわけないやろうが! ナギサは女の子やねんぞ? かわいそうやんか!」
「こんなんでビビるようなやつは、これからも俺らの遊びにはついて来れへん。やから、仲間に入れる訳にはいかんな。そんなに怖がりなんやったら、女同士、おウチで折り紙でもして遊んどいたらええ」
「なんやねん、それ!」
アキラの言い分に腹が立つ。
俺の妹やねんから、普通に仲良くしてくれたら良いだけやのに。
なんでお前と友だちになるために、こんな仕打ちを受けなあかんねん。
更に言い返そうとしたその時、ナギサが口を開いた。
「コウキお兄ちゃん、大丈夫。私はできるから」
ナギサは消え入りそうなくらい、小さな声で言う。
俺はナギサを一旦みんなから少し離れたところに連れて行った。
「無理せんでええ。これからも、こんなんが毎日続くんやから。アキラの言う通り、女子の友だちを作る方がええかも分からん」
みんなに聞こえないように小声で伝える。
「大丈夫。ちょっと見てくるだけで良いなら、怖くないから」
ナギサは少し震えながらも、俺の目を真っ直ぐ見ながら、頷いた。
◆
日没後の真っ暗な山の中。
ナギサが肝試しをやると言うので、俺たちは神社の本殿の前まで移動してきた。
鳥居をくぐった瞬間、自分たちが神聖な場所で、罰当たりな事をしている罪悪感と、得体の知れない恐怖が襲って来た。
神社の境内は、背の高い木に囲まれていて、空はほとんど見えず、閉鎖的な空間に感じられた。
木が風に揺れる音と、甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきて、気味が悪い。
所々に設置されている灯籠が、薄っすら光って見える。
「ほな、ナギサ。頑張って来いよ」
アキラは懐中電灯をナギサに手渡した。
「はい⋯⋯分かりました⋯⋯」
ナギサは懐中電灯を受け取り、本殿の扉の方へと歩いて行った。
「おい、ナギサ。お前、ほんまに一人で大丈夫か? やっぱり俺も一緒に行くわ」
どんな化け物が現れてもおかしくない雰囲気に、こっちは、ちびりそうやと言うのに、八歳のナギサが一人で行けるはずがない。
いくら記憶喪失やから言うたって、肝が据わりすぎやろ。
「お前は過保護すぎるねん。コイツが一人でやるって言ってるんやから。信じて見守ることも、兄の務めや」
アキラはピシャリと言ってのけた。
お前には美人で優しい姉ちゃんしか、おらんくせに。
「それでは、行ってきます⋯⋯」
俺の心配をよそに、ナギサは懐中電灯を持って、周囲を警戒しながら、ゆっくりと本殿の方へと歩いて行った。