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12.逃走

 みんなと別れた俺は、すぐに自宅へと向かった。

 不安で早る気持ちを抑えて、出来るだけ音を立てずに歩く。

 

 こんな時間に表を走ってる奴がおったら、間違いなく目立つからな。


 家の前に帰り着くと、部屋の電気は全て消えていた。

 

 音を立てないように、静かに静かに玄関の引き戸を開け、慎重に慎重に閉める。


 頼むから、ガラガラ言わんとってくれよ?


「コウキ、こんな時間にどこ行ってたん?」


「うわぁあ!!」


 待ち構えられていたのか、いつの間にか背後の廊下に母ちゃんが立ってたみたいや。

 ゆっくりと、こちらに近づいてくる気配がする。


「何しとったん?」


 母ちゃんの声はすぐ耳元で聞こえた。

 普段と違って飛び切り優しい声なんが、恐怖心を煽る。


 心臓がばくばくして、息苦しくて、顔は熱いのに、背筋が凍って全身がガタガタと震える。


「とっ、年頃の息子に、そんな事を聞くとは野暮やなぁ。これに決まってるやん」


 玄関の引き戸の方を向いたまま、右手の小指を立てて見せた。

 嫌な汗が、額からあごへと垂れてくる。


「そう。あんたもやるやないの。アオイちゃん、それともカオリちゃん?」


「そんなもん、小っ恥ずかしくて言えるかいな。まぁ、そのうち紹介するから。今日のところは勘弁してや」


 母ちゃんの顔を見ずに、靴を脱いで、階段を上ろうと足をかける。


「コウキ、これだけは忘れんといて。母ちゃん、あんたにだけは、居なくなって欲しくないねん。あんたが生まれた時から今日この日まで、いつかこの子の心臓が急に止まるんやないかって、ずっと不安と戦ってきてん。父ちゃんは、すぐに色んな女の人ん所にフラフラいってまうし、あんただけが支えやってん」


 母ちゃんは突然語り出したかと思ったら、すすり泣きをし始めた。

 

「そうか。それは心配かけて悪かったな。俺はこの通り元気やし、夜遊びもほどほどにするから。それに、女が出来たって、別にこの村から出ていくわけやないねんから。それよりも、嫁いびりとかは、やめてや」


 努めて明るく返すも、母親の胸の内を聞いて心が揺れる。

 

 俺の母ちゃんは、息子想いのどこにでもおる普通の母ちゃんやんか。

 俺にとってたった一人の、大切な母ちゃんやんか。

 

 ナナミちゃんの骨を見せられて、マモルの父ちゃんの話を聞かされて動揺してしもたけど、母ちゃんがそんな悪いことするわけ無いやんか。


 そもそも、母ちゃんが事件に関わってた証拠なんて、俺、見せてもらってないし⋯⋯


「なぁ、母ちゃん。俺は何か悪い夢を見てたんかなぁ。実はなぁ⋯⋯」


 俺の母ちゃんは、なんにも悪くない。

 そう言い聞かせながら、振り返る。


「ん? どうしたん?」


 母ちゃんの目は優しげな弧を描いていた。

 けれども、薄っすらと見えるその瞳は爛々としていて、とても正気な人間のものには見えない。


「いや、なんでもない。さすがに疲れたからもう寝るわ。おやすみ」


「そう。まぁ、安心しぃ。コウキの事を大事にしてくれる女の子のことは、母ちゃんも大切にするから。けど、他の男の人にまで、しっぽを振るような女はあかんよ?」


 母ちゃんの柔らかい声が、不快なまでに耳に残った。



 母ちゃんは、それ以上俺に構って来なかった。

 けど、見つかってしもうた。

 このままじゃ逃げられへん。

 

 ナギサの部屋の襖を静かに開けると、ナギサは布団の中で、すやすやと眠っていた。

 

 可哀想にな。

 コイツは、なんも悪くないのに。


 ナギサの寝顔は絵本に出てくるお姫様みたいに美しかった。

 陶器のように滑らかで白い肌に、長いまつ毛、少し厚みのある唇⋯⋯


 そらこんな綺麗なもん、触れたいと思わん方がおかしいやろ。

 俺やって本当は⋯⋯

 

 気づいたらナギサの頬を撫でていた。


 あかんあかん。

 こんなことしとる場合やないのに、何考えとんねん。


 気を取り直して、窓を開けると、山の方が明るくなっていた。

 はっきりと火が燃えているのが見える。


 思い切り息を吸った後、大声で叫んだ。


「火事やーー!! 山火事やーー!!」


 夜の静寂の中、俺の声は遠くまで響いたんやろう。

 一斉に村中の家の明かりがついた。


「ほんまや! 燃えとるぞ!」

「消防団は集まれ!」


 わらわらと人が出て来て、右往左往し始める。


「え! 火事!?」


 飛び起きたナギサの口を急いで手で塞ぐ。


「俺や、兄ちゃんや。とりあえず大丈夫やから、落ち着いて聞け。お前は今、何者かに命を狙われとる。やから、この混乱に乗じて、すぐに村を出る。マモルも一緒や。死にたくなかったら、黙ってついてこい」


 ナギサは驚いたように目を見開いたものの、すぐに状況を理解出来たのか、何度も繰り返し頷いた。

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