11.真相
ウシオくんとヤマザキさんの案内で連れてこられたのは、神社の本殿だった。
中に侵入すると、暗闇の中、床に胡座をかいて座るマモルの父ちゃんがいた。
それを見るなりアキラは、マモルの父ちゃんに詰め寄る。
「なぁ、やっぱり姉ちゃんのことは、マモルの父ちゃんが知っとったってことなんか? 俺らが姉ちゃんを探しとったことも分かっとったやろ! ほんで、姉ちゃんは今、どこにおんねん!」
アキラはマモルの父ちゃんの肩を激しく揺さぶった。
その姿を見て俯くヤマザキさんと、声を漏らしながら涙を流すウシオくん。
「アキラくんは人魚伝説を知ってるね? ナナミちゃんは人魚にされたんや。この村の女たちに捕まってしもたんや。残酷やけど、アキラくんとナナミちゃんのご両親は、この事を黙認している。あの二人はあっち側の人間や」
マモルの父ちゃんは疲れ切った様子で、人魚の絵が描かれた棺を指さした。
「⋯⋯⋯⋯は?⋯⋯⋯⋯はぁ?」
アキラは混乱しながら、一直線に棺に向かい、フタを開ける。
するとそこには人の形の骨があった。
「これが誰の骨や言うねん。やって、これは、姉ちゃんがまだこの村におった時に、コウキが見つけて⋯⋯」
アキラは俺のことを縋るような目で見つめる。
「アキラ、ごめん。これは俺がガキの頃に見た死体とは違う。もっと普通の大きさやった。こんなまだ子どもみたいに小さくなかった。こんな⋯⋯」
余りの衝撃と残酷さに、アキラの顔を直視出来なかった。
「うわぁあああ!! 嘘や!! そんなん信じられるか!! うわぁあ!!」
棺に縋りつきながら、悲痛な叫び声を上げるアキラ。
ウシオくんはその姿を見て、嗚咽を漏らす。
ナナミちゃんは村の女共に捕まって、人魚にされた。
それはつまり、人が人を殺して喰うた。
しかも、子どもの頃から見知った村の連中が⋯⋯
「おえぇぇ」
脳が理解を拒否していたのか、一足遅れて吐き気がした。
あんなに優しくて良い子やった中学生の女の子を、大人たちが殺しだけでも信じられへんのに、喰うたやと?
その上、親がそれを黙認したって⋯⋯
「この村に古くから伝わる人魚伝説⋯⋯ここでいう人魚というのは、一際美しい村人の女性を指していた。美しい娘一人に複数の男が夢中になると、種族繁栄の観点から望ましくない。大昔にあったとされる、口減らしの対象に優先的に選ばれていたみたいだ。そして、美人の血肉には薬のような効果もあったと」
ヤマザキさんは俯きながら語った。
この人が毎年のように村に来ていたのは、この風習を調べるためやったんやろうか。
「元々はユタカさんの依頼でね。僕のツテを使ってDNA鑑定もした。そのご遺体はナナミさんのもので間違いない。この検査が中々簡単に出来るものじゃなかったから、時間がかかってしまったんだ。ごめんね」
ヤマザキさんは、DNA鑑定の結果用紙を見せてくれた。
アキラはその紙をふんだくって、目を通した後、床に這いつくばって、声を上げて泣いた。
信じたくはないけど、都会の最先端の技術を用いて出た結果なら、間違いないんやろう。
「それで、どうしてマモルの父ちゃんが、ナナミちゃんのこと調べてたんや? マモルの母ちゃんと何か関係あんのか?」
「そう。僕の妻のミサキ⋯⋯マモルの母親も昔、人魚にされたからや」
マモルの父ちゃんは、天を仰ぎながら語り始めた。
「マモルが生まれて一年経つより前のこと、ミサキの腹が膨れてきて、子どもができたんが分かった。思い当たる事がなかった僕は、ミサキが不倫してるんやと思った。この村で不倫は⋯⋯特に女の不倫は重罪。規律を破る女は、村の女どもが折檻するのが習わしや。頭に血が上った僕は、ミサキの改心を信じて、怒りのままに女たちにミサキを任せた。けれども、その後、彼女は居なくなった」
その話は聞いたことがある。
不貞を働く女がいれば、この村の何処かにあるという牢屋に閉じ込め、教育と称して、鞭打ちなんかをして痛めつけると。
一方、男はお咎めなしやと言うから、幼いながらも違和感を覚えた記憶がある。
「ミサキは男の元に逃げようとして、崖から転落して亡くなったと聞かされた。マモルもまだ乳飲み子やったし、最期まで他の男を思っていた女の葬儀にも火葬場にも、よう顔を出せんかった。お腹の子――不義の子は、亡くなった後、魂を清めるために海に返したと言われた。けれども一部、真実とは違ったんや。ミサキは不倫なんかしてなかった。本当は卑劣な男に襲われた被害者やったんや。その最期は、男の元に逃げようとして事故死したんやない。村の女どもが、男を惹きつけるミサキを始末したんや。僕がもっとちゃんと話を聞いてやってたら⋯⋯」
「そんな⋯⋯」
それがマモルの母ちゃんの死の真相⋯⋯
マモルの母ちゃんは被害者やったのに、夫に突き放され、女どもに痛めつけられて、挙げ句には⋯⋯
「コウキくんが十歳の頃に見たというのが、ミサキの骨やろう。アイツらは肉を喰うた後、骨をここに祀り、次の犠牲者が出る時に、その骨で薬を作って飲むんやと。そこの人魚塚には、欠片ほどの骨だけが埋葬されてるらしい。美女を喰らえば自分も美しくなれる⋯⋯そんな事、あるわけないのにな」
マモルの父ちゃんは、いつかの時みたいな憔悴しきったような顔をして、鼻で笑った。
「それじゃあ、コウキくん。ここまでの話を聞いて、次に何をするべきか分かるよね?」
ヤマザキさんは真剣な眼差しを俺に向けた。
俺がやるべきこと?
女どもに狙われるのは、男を惹きつける美人⋯⋯
「⋯⋯ナギサが危ない。このままやと、次はアイツが喰われる。こんな村は出な。島の外の何処か遠くへ逃げな」
「そうだね。人魚の選定を仕切っているのが、村長の妻のサワコ氏だ。彼女は滅多に人前には出てこないけど、ここ数日の彼女の周囲の人間の様子から察するに、もう時間はなさそうだ。急だけど今晩、作戦に出よう。多くの人が寝静まっているであろう、今がチャンスだ」
ヤマザキさんは、ノートの白紙のページを床に広げた。
「配役は決まってる。まず、ユタカさんがこの山でボヤを起こし、村人たちの注意を引きつける。その隙にコウキくんが、ナギサちゃんを乗せた船でこの島を離れて、どこまでも遠くへ逃げる。僕はこの村で繰り返されて来た、凄惨な歴史の証拠を持ち帰り、警察及び世間に公表する。僕はウシオくんの船に乗せてもらう」
ボールペンで図を描きながら説明するヤマザキさん。
「待ってくれ。正直、混乱してて全然気持ちがついていかんけど、俺もコウキとナギサの船に乗る。こんな狂った村に置いてかれても困るし、ナギサを逃がすのを手伝う」
アキラはぐしゃぐしゃの顔を片手で拭いながら、反対の手を俺の肩の上に置いた。
「アキラくん、その選択はご両親を敵に回すということになるけど、大丈夫かな? それと、ナナミちゃんを運び出すのも、現時点では難しい」
「分かっとる。この村の悪事を暴いて、悪人どもを白日の元に晒した後、姉ちゃんを迎えに来れば良いんやろ。これくらいなら、持っててもバチは当たらんやろ」
アキラは手のあたりの小さな骨を拾って、胸ポケットにしまった。
「マモルは、アイツはどうするんや? マモルの父ちゃんが連れて出るんか?」
「いや、僕は君らが無事に出られるまで、ここに残る。悪いけど、マモルはコウキくんの方に乗せてやって欲しい。僕は、この村の人間全員を憎んどる。けど、ここを出る前に、どうしても一人だけ、自分の手で裁きを下さんとあかん男がおる⋯⋯⋯⋯悪く思わんとってな」
その瞬間、マモルの父ちゃんの目の色が変わった。
深い海の底みたいな、光が届かない暗い目が、俺を見つめている。
「⋯⋯⋯⋯最後に、この作戦の鍵を握るのは、コウキくんだ。残念ながら君のご両親、特にお母さんは、一連の事件に濃厚に関わっている。幼い頃からナギサちゃんを手元に置いて、監視する役割を担っていたと言っていい。だから、ナギサちゃんを連れ出す所を、絶対に見つかってはいけない」
「なんやて? 母ちゃんがナギサを今まで育ててきたんは、この時のためやって? それに、ナナミちゃんや、マモルの母ちゃんの事件にも関わっとるやと⋯⋯?」
幼い頃、身体が弱かった俺を、ここまで育ててくれた母ちゃんが、俺の知らん所では人を殺め、そして今現在も、更に犠牲者を増やそうとしてる。
しかも、よりによって、ナギサを手にかけようとしとるなんて⋯⋯
自分が今まで見てきたもの、信じてきたものの根幹が揺らぐ。
俺は人殺しの子どもやと⋯⋯?
「コウキ、辛いけど、これが俺らを取り巻く現実みたいや。失った人はもう帰ってこうへん。けど、ナギサちゃんは確かに生きてる。気をしっかり持て。お前はナギサちゃんの兄貴なんやから」
ウシオくんは俺の肩にガシッと手を置いた。
その手が震えているのは、怒りと悲しみ、そして憎しみが溢れそうなんを堪えてるからやろう。
「ウシオくん、ありがとう。そうと分かったら、この瞬間さえも、ナギサを一人にしておくのは危険や。すぐに帰って支度する。アキラも準備が出来たら、マモルを連れ出して来てくれ」
アキラは無言で頷いた。
「そしたら、合図は山火事や。燃え広がるまで時間がかかるやろうから、みんながここを出たらすぐに火をつけて回る」
「僕とウシオくんは、このまま港に直行しよう。追っ手が来ないよう、逃走用の船以外は細工しておく」
こうして俺達の逃走劇が始まった。




