10.疑惑
ある日の昼飯休憩の時のこと。
漁から戻り、作業場の裏口の石段で、いつものメンバーで弁当を広げていると、自分らの親世代のベテラン漁師たちが通りがかった。
「マモル〜お前やるやん!」
「ナギサちゃんと付き合うてんのやろ?」
「うらやましいわ〜」
妻も子供もおるおっちゃんたちが、鼻の下を伸ばしながらマモルを肘でつつく。
マモルは無言で頭を下げるも、微塵も嬉しそうではなく、冷めきったような目で、おっちゃんたちを見ているように見える。
たぶん俺はマモルと同じ気持ちでいるような気がした。
それは大人しくて、まだまだ新米だったマモルに対して、元々雑な扱いをしきたおっちゃん共が、手の平を返したように持て囃す様に感じる、気色の悪さ⋯⋯
ニヤケ顔のおっちゃんたちが立ち去ったあと、口を開いたのはサトルだった。
「なぁ、マモル。お前はもうナギサちゃんを抱いたんか? やっぱり最高やった? 今度、俺にも少しだけ貸してくれへんか?」
サトルはニヤニヤしながら、マモルと肩を組もうとする。
その余りにも下衆な発言に、頭に一気に血が上る。
「はぁ? お前ふざけんなよ! 貸すとか借りるとかちゃうやろうが。お前はナギサをなんやと思ってるねん!」
気がついたらマモルが動くよりも先に、サトルの胸ぐらをつかんでいだ。
「なんでぇや。ナギサちゃんは俺の事もそれなりに好きやと思うで?」
「あんな上玉を独り占めはあかんやろ」
「それ、俺も混ぜて欲しい」
ツヨシとケンも下品な笑みを浮かべながら賛同する。
三人の言動の余りの醜さに言葉を失う。
もうガキの頃、一緒に過ごしたコイツらはおらんのか。
成長するにつれ、欲にまみれた汚らわしい男に成り下がってしまったんか⋯⋯
哀れむような気持ちでいると、マモルに腕をつかまれた。
「コウキくん。こんな奴らは殴る価値もない。腐りきったケダモノやから。会話すると変な病気をもらうかも分からん」
マモルは怒りを堪えているのか、ボソッと呟いた後、首の後ろに回されたサトルの腕を振りほどき、俺の腕を引いてその場を立ち去ろうとする。
「はぁ? なんやねん、あいつは偉そうに」
「あのマモルがなぁ」
「大人しいくせに、食えんやつや」
サトルとツヨシとケンの負け惜しみが聞こえた。
角を曲がり、三人が見えなくなった所で、マモルは俺に向き直った。
「コウキくん、ごめん」
頭を深々と下げるマモル。
「いや、お前が謝ることちゃうやろ。悲しいけど、もう、俺らの知ってるアイツらは死んだんやろうか」
港に打ち寄せてくる波と晴れた空を眺めていると、物心ついた頃から何年も変わらない景色に、いつでも童心に返れる気がするのに。
あの日々が遠い過去になったかと思うと、言いようのない虚しさと切なさが襲ってくる。
「コウキくん、俺なぁ、小三の大漁祭の願い事に『家族で幸せに暮らしたい』って書いてん。母ちゃんは死んでしまったし、父ちゃんは時々辛そうにしてるし、コウキくんたち、みんなの家がうらやましかった。けど、あの後すぐに、ナギサちゃんが現れて、八年経って、俺と結婚したいって言ってくれて⋯⋯これは運命やと思った。神様が俺の願いを叶えてくれたんやって。俺はナギサちゃんのことが好きや。絶対にナギサちゃんだけは大切にしたい。だから、コウキくんも力を貸して欲しい」
マモルは再び俺に向かって頭を下げた。
「そうか。ナギサはマモルの願いも叶えてくれてたんやな。ナギサがお前を選んだその目に、狂いはないやろう。ナギサを傷つける奴は俺やって承知せんし、泣かせるような事は絶対に阻止する。これは男同士の約束や」
マモルに向かって拳を突き出すと、彼は深く頷いてから、俺の拳に自分の拳をぶつけた。
ナギサとマモルの関係について、騒ぎが続く中、もう一つの問題、ナナミちゃん失踪事件の調査の進捗を共有する日が来た。
アキラが、ナナミちゃんの彼氏だったウシオくんを引き入れたことで、仲間は三人になり、この三年間、ひっそりと活動を続けて来た。
深夜、俺たちの会合場所である、人魚塚近くの茂みに向かうと、アキラは既にそこにいた。
「おぅ。来たか。とは言え、俺の方は特に変わりなしや」
「そうか。ほな、ウシオくん頼みやな。残念ながら俺の方も報告出来る事はないから。マモルの父ちゃんは特に変わった行動はないし、あえて言うなら、来週の大漁祭に向けて、今年もヤマザキさんが取材に来てるってことくらいやな」
懐中電灯の明かりを消し、真っ暗闇の中、ウシオくんを待っていると、草を踏みしめる足音が聞こえてきた。
「アキラ、コウキ。すまん。待たせた」
ウシオくんの声に、懐中電灯を再び灯す。
すると、その背後には信じられない人物が立っていた。
噂をすれば影――記者のヤマザキさんだ。
七年ぶりに近くで見る彼は、以前よりもシワが増えて、頬がたるんだ様に見える。
「ヤマザキ⋯⋯何でこの人がウシオくんと一緒におんねん」
「アキラ、コウキ。ヤマザキさんとマモルの父ちゃん⋯⋯ユタカさんは、敵やなかった。今夜、全てを話してもらえる事になった。アキラ、こんな事になってしもうて、すまん⋯⋯」
涙を流し、言葉に詰まり出すウシオくんの姿に、嫌な予感がした。




