1.大漁祭の願い事
俺が十歳だった頃の夏休みの出来事。
今日は、人口二千人弱の小さな離島にある、この寂れた漁村にとって唯一の行事、『大漁祭』が行われる日だった。
大漁祭とは、夜の浜に大きなかがり火を焚いて、一年間の豊漁に感謝し、次の一年間も同様に海の恵みを授かれるよう、神に祈るというもの。
かがり火の周りで歌いながら踊り、大人たちが屋台で新鮮な海鮮料理を振る舞う。
「やっぱりイカ飯は、コウキの父ちゃんと母ちゃんが作ったもんが一番美味いわ!」
俺の二歳年上のアキラは、ウチの両親が作ったイカ飯を頬張りながら言った。
「そら、門外不出の秘伝のタレを贅沢に塗ったくってるからなぁ」
ねじり鉢巻に法被姿の父ちゃんは、ニコニコして嬉しそうや。
「あらあら、アキラくんはおだて上手やね〜」
母ちゃんは、そんな父ちゃんを微笑ましそうに見ている。
「アキラのところの焼きそばも最高やで!」
「ウチのカキフライも負けてない!」
「俺んちの海鮮焼きこそ、シンプル イズ ベストやぞ!」
同級生のサトルとツヨシ、ケンは口々に言う。
彼らの父親は皆、この村で育った漁師で、母親たちもまた、この村の漁師の娘。
そんな夫婦が作った海鮮料理が、美味しくないわけがない。
「みんなの父ちゃん母ちゃんは、すごいなぁ⋯⋯」
怯えたように発言するこの男――俺らの一歳下のマモルだ。
「そうやろう。そうやろう」
「漁師はカッコいい職業ナンバーワンやからな!」
「ウチの父ちゃんたちは、毎日命がけで魚を取って来てんねや。ありがたく食えよ!」
サトルとツヨシとケンが偉そうにしている理由は二つ。
一番年下で、控えめな性格なマモルは、物心ついた時から、俺たちの弟分として扱われているということ。
それに加え、漁師こそが頂点とされているこの村では、父ちゃんが役場の人間であるマモルは、自然と下に見られがちということだ。
「ほな、メインイベントと行こうか〜」
アキラの先導で俺たちが向かったテントの下には、机が並んでいた。
ここで、半紙に筆で願い事を書き、かがり火で焚き上げると叶うとされている。
豊漁を願った上に、個人の願いまで叶えて貰おうなんて、欲張りすぎへんか?
「コウキは、なに書いたん?」
アキラは机に向かう俺の手元を覗き込んできた。
「⋯⋯⋯⋯はぁ? 妹が欲しいやと〜? んなもん、父ちゃんと母ちゃんに直接頼めよ!」
アキラは、なぜか顔を赤くしながら俺の頭を叩いた。
「痛っ! 何すんねん!? こんなもん、親に頼んだって、どうにもならんやろうが!」
あまりの理不尽さに、叩き返したいところをぐっと堪える。
二歳上で、リーダー的存在のアキラに歯向かえば、ロクなことにならないのは、身を以て知っている。
「俺はプラモデルが欲しい!」
「かわいいペットにしとこ!」
「俺は新しいグローブ。あと、バットも!」
サトル、ツヨシ、ケンの願いこそ、親に頼んだら済む話や。
けどなぜかコイツら三人は、アキラに叩かれない。
理不尽や⋯⋯
「マモルは? お前は、なに書いたん?」
「俺は⋯⋯人に知られたら、叶わんって言うから⋯⋯」
マモルは、アキラに内容を見られる前に、そそくさと箱の中に半紙を入れてしまった。
投票箱みたいになっているから、一度投入したものは、簡単には取り出せない。
他の人のものと混ざってしまったやろうから、マモルの願いを確認する事はできなくなった。
「なんやお前、いやらしい事を書いたんとちゃうやろうな?」
「違うって。足が速くなりたいとか、背が高くなりたいとか、そういう系やから⋯⋯」
「んなもん、俺らが特訓してやったら一発やろ。ほな、明日から、みんなで山に籠ろか」
アキラはニヤニヤしながら、マモルと肩を組む。
コイツは加減を知らんから、無茶な特訓をやらせるつもりやろうな。
「⋯⋯⋯⋯そういうのが嫌やねん」
マモルが蚊が鳴くような声でつぶやいたのが、俺の耳には届いた。
大きなかがり火に、村人たちの願いが書かれた半紙が投入されると、火柱が更に高くなった。
紙の燃えカスと火の粉が、夜空を舞う。
あまりの迫力と美しさに、村人たちは歓声を上げる。
結果的には、俺たち六人の願いは叶えられた。
サトルはプラモデルを、ツヨシはウサギを、ケンはバットとグローブを、アキラは自転車を手に入れた。
そして、俺とマモルも⋯⋯
大漁祭から一週間後の事。
大漁祭以来、悪天候が続いたせいで、海が荒れる日が多かった。
今日は久しぶりに雨が止んだものの、どんよりとした雲が空を覆っている。
二階の自分の部屋の窓から海を確認すると、比較的落ち着いた様子だった。
この村は入江に設けられた漁港を取り囲むように、木造二階建ての民家がびっしりと並んでいて、裏手には山もある。
変わり映えしない景色を眺めながら、退屈な気分でいると、突然、空から一筋の光が差し込んだ。
なんや、あれは。
虹⋯⋯とは違うし⋯⋯珍しいな。
一階に降りて、急いで母ちゃんに知らせる。
「なぁ、母ちゃん! 外見てみぃ! 一箇所だけ光が差しとるで!」
洗濯をしていた母ちゃんの手を引いて、玄関から外に飛び出す。
「ほら! すごいやろ?」
空を指さすも、母ちゃんは目を細めながら、キョロキョロしている。
「どこのこと言ってんの? 母ちゃんには分からへんわ」
「あっちの方やって、浜の方!」
「え〜? どれよ?」
こんなにもわかりやすく光っているのに、母ちゃんには見えへんらしい。
「なんや、コウキ。そんなに騒いで」
隣の家のおじちゃんが、玄関から出てきた。
「ほら! あっこだけ空から光が差しているように見えるやろ?」
再び指をさして説明するも、おじちゃんも首を傾げている。
これが見えないとかあるんか?
老眼⋯⋯? になるには、二人ともまだ早い気がするけど。
その光の正体を確かめるために、俺は全速力で浜に向かって走った。
浜に着くと、先の悪天候の影響か、流木やガラクタなんかが大量に流れ着いていた。
空から差し込む光の真下には、真っ白な物が落ちている。
なんや、あれは。シーツか?
側に近寄ってよく見ると、それは――白いワンピースを着た女の子だった。