案山子は浮かぶし空も飛ぶ
あるところに山にかこまれた小さな村がありました。ほんとうに小さな村で、住んでいる人も数えるほどしかいませんでしたが、みんな仲よく、助けあってくらしていました。
そんな村の外れ、少し小高い丘の上に田んぼがひとつありました。
田んぼの真ん中には案山子がひとつ立っていました。
十字にくんだ竹にわらをまきつけ、古着の切れはしで服をつくり、これまたつかい古しの手ぬぐいに「へのへのもへじ」と顔をかいた、それはもう絵にかいたような案山子らしい案山子でした。
案山子は昼も夜も、雨の日も晴れの日も田んぼの真ん中につっ立っておりました。
それは、とても生まじめで立派なことなのですが、案山子としての役目をはたしているかというとそうでもありませんでした。
スズメは案山子など目に入らないようすで遠慮なく実りはじめているお米をついばみ、ネズミは夜な夜なあらわれては稲の茎をかじるのでした。
「あ~あ、俺はぜんたい役立たずだ」
とそれを見るたび案山子は思うのでした。
「バカみたいにつっ立っているだけでスズメやネズミをおいはらうこともできやしない。
いったいぜんたい、俺がいる意味ってあるのだろうか?」
そんなことを考えると案山子はどんどん悲しくなってきました。
「俺みたいな役立たずはいてもいなくても同じことだ。一生こんな風につっ立っているぐらいならいっそ風に吹かれてどこかに飛んできえてしまいたいよ」
案山子は本気でそう思いました。
そこで、空に向かって大声で叫びました。
「おお~い、風さんよ。
こんな役立たずな自分はもうだれの目にもつかない山のおくにでも吹き飛ばしてくれないか!」
おおぃ、おおぃ、と案山子はなんども叫びました。
すると、つむじ曲がりのつむじ風が一つ、ぶおっと息を吹きかけました。
くるくるくるくる~
案山子は風にあおられ空高く舞い上がりました。
今までいた田んぼも村もはるか下、ごま粒のようになってしまいました。
それを見た案山子は急に怖くなってしまいました。
「おおぃ、おおぃ、風さんよ。
少し強すぎるよ。高すぎるよ。
もそっとやさしくならないかい?」
案山子のその言葉につむじ風はすっかりつむじを曲げてしまいました。ふっと息を吹きかけるのを止めてしまいました。
するとどうでしょう。
くるくるくるくる~
こんどは案山子はまっ逆さまにおちてしまいました。
どしん!
さいわいにも地面にぶつかる前に高い木の枝に引っかかりました。
その拍子に木の枝からなにか細長いものが地面に落ちました。
なんだろう、と案山子が目をこらすと、どうやらそれは大きな蛇のようでした。
蛇は地面に落ちたショックで目を白黒させながら草のかげに逃げていきました。
「ありがとうございます。
ありがとうございます」
突然、ハヤブサが現れると飛び回りながら案山子にお礼を言いはじめました。
「あなたのおかげで大切な卵を蛇に食べられずにすみました。
ありがとうございます。ほんとうにありがとうございます」
それは別にまったくの偶然で蛇を追いはらおうとしていたわけでなかったので案山子は面喰らうやら恥ずかしいやらで、少しとまどいました。とはいえ、お母さんハヤブサから心からお礼を言われるとわるい気はしませんでした。
「ありがとうございます。ありがとうございます。このご恩は親子ともどもけっして忘れません」
「ああ、そう。それは良かった」
案山子がいい気持ちになりかけた時です。どこからか、悲鳴が聞こえてきました。
「こーん、こーん!
ああ、どうしましょう。坊や、坊や!
だれか坊やを助けてください」
見ると1匹のキツネが叫んでいました。
キツネは川べりでうろうろとしています。
よく見ると子ギツネが川で溺れているではありませんか。
子ギツネは浮かんだり沈んだりしながらどんどんと川を流されていきます。どうやら川に落ちてしまって流されているようです。きっと叫んでいるキツネはお母さんキツネで、助けたいけれど方法がわからないのでしょう。
このままだと子ギツネは死んでしまうと思った案山子はハヤブサのお母さんに言いました。
「俺をひっぱって川に落としてくれないか」
ハヤブサは少し首を傾げましたがすぐにくちばしで案山子をひっぱりました。すると案山子は枝から外れ、落下しました。
ひゅ~~
ザブン!!
案山子は川に落ちました。少しのあいだ沈んでいましたがやがて浮き上がりました。なんといっても竹とわらでできいますから水に沈む心配はありません。
案山子はぷかぷか浮きながら川を流れていきます。やがて溺れている子ギツネに追いつきました。
「俺の体につかまるんだ」
子ギツネは必死に案山子にしがみつきました。子ギツネがつかまったのを見とどけると案山子は体を伸ばしたり縮めたりしながら少しずつ岸へと近づきます。と、竹の足が川べりの石にひっかかりました。
「さあ、今のうちだ」
子ギツネは案山子の体をつたってぶじに川岸に降り立ちました。すぐにお母さんキツネがやってきます。
「ああ、坊や、良かった。
案山子さん、ほんとうにありがとうございます。
お母さんキツネになんどもお礼をいわれました。さっきのハヤブサよりはましでしたがやはりこんども少し恥ずかしいなと思い、ぶるりと体をふるわせました。すると、ひっかかっていた足が外れて、案山子はまたもや川を下り始めました。
「ありがとうございます。
ありがとうございます。
このご恩は親子ともどもけっして忘れません」
遠ざかっていく案山子に向かいお母さんキツネは声をいつまでも声をかけました。
遠ざかっていくお母さんキツネの声を聞きながら案山子は川を流れていきます。
流されながらどうしたものかと考えました。
溺れることはないですがこのまま流されていったらどうなることでしょうか。滝から落ちたり、岩にぶつかってごなごなさにくだけてしまうかもしれない、と思いました。たとえそうならなかったとしても、やがて海までながされてしまうことでしょう。そうなれば、さかなにワラをつっつかれやがてはバラバラ、海の藻くずになってしまうことでしょう。
「ああ、こまった、こまった。こんなことなら田んぼでおとなしくしていればよかったよ」
案山子はあちこちの石や岩にぶつかり、ときに滝から落っこちながら、こまったものだと思いました。
どれほど川を流れたことでしょうか。
なんだか見おぼえのある風景のところまでやってきた頃です。これまた聞きおぼえのある声がしました。
「ありゃ? あれはうちの田んぼの案山子じゃないか?」
それは田んぼの持ち主、案山子をつくってくれたおばあさんでした。
「あんれまぁ、ふしぎなこともあるもんだ」
おばあさんは川から拾った案山子を見あげながらしきりとふしぎがりました。
案山子もふしぎに思います。
山の上まで吹きとばされて、木につきささり、川を下っていくうちにどうやら元の村までもどってきてしまったようです。
「よっこらせ」
おばあさんは元の場所に案山子をつきさしました。これですっかり元どおりです。
「ふう、やれやれだ」と、案山子も思いました。
空を飛んだり、川につかってつめたい思いをしたり、滝からおちたりするよりも田んぼでつっ立っている方がずっと良いと思いました。
それから、しばらくたちました。
あたたかなお日さまの下、案山子はいつものようにだまって田んぼの真ん中に立っていました。
さいきんはスズメもネズミも見かけなくなりました。
それもそのはずです。
空ではハヤブサの親子がスズメを追いかけ、森のしげみからはキツネの親子がネズミに目をひからせていたからです。
そんなことはつゆ知らず、おばあさんは水でにじんでしまった案山子の顔をつくり直そうかと考え。
案山子はうっつらうっつらしながら、「もう冒険なんてこりごりだ」と思うのでした。
2025/1/7 初稿
2025/1/11 誤記修正 & 文章少し変更