表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今さら男爵の娘と言われても……

作者: まとゆく

パソコンとバックアップ用ハードディスクにWi-Fiが一度に壊れてしまいました。書き置きしてあった話は復元できず、しばらく落ち込んでおりました。

 私はしがない男爵家の長女だが、自分では容姿は普通と思っている。取り柄は料理、洗濯、掃除、畑仕事、大工、塗装、左官、建築壁画、極めつけは帳簿付けができること。当然だが字は読めるし書ける。全部独学だ。


 私には4人の妹がいるが、4人全員に婚約者がいる。世間的には遅い方といわれている五女でさえ10歳で婚約した。姉妹仲はいいわけではない。そもそも私は他の姉妹と一緒に住んでいない。


 大国メトール王国の貴族は遅くとも10歳までに婚約をするのが常識といわれている。私は常識を覆した第1号になる。

 私は決して相手を選んで婚約ができなかった訳ではない。話があれば嫁ぐつもりだった。ただ、その肝心な相手がいなかった。そんな浮いた話がないだけだ。


 私の顔は、認めたくはないが、家族から言わせると突然変異のブスらしい。家族の誰にも似ていない。この国の貴族は私のような玉子顔ではなく、長めの顔でワシ鼻、下顎が出て、たらこ唇が美人らしい。


 私の妹は二女のエロダ、三女のヘレナ、四女のレイラ、そして末っ子のマキアの5人姉妹だ。私が長女だが今日が16歳の誕生日だから成人になった。本当の誕生日は詳しくは分からないが、父に拾われた日が生誕日として届けられた。


 今日が誕生日だというのに誕生祝いや成人祝いなどはなく、今日もせっせと働いている。私の顔はカマドの煤払いのため真っ黒になっている。鼻の穴も真っ黒だ。ときどきくしゃみが出る。その度に鼻水が出て、ブスと言われている顔が益々クシャクシャになっている。


 エロダは15歳、ヘレナは14歳、レイラは13歳、マキアは12歳で年子だ。私たち姉妹の共通点は全員父親が違うこと。そして私と妹たちとの絶対的な違いは母親も違うこと。


 私の父であるグレアリー・フェルスと母マリアには子供ができなかった。それでも夫婦仲はよく平和に暮らしていたが、16年前、ベルトラン帝国の侵攻があり、父は配下を連れ出兵した。それはとても過酷な戦いだったらしいが、ひょんなことから父が生まれて間もない私を拾い実子として届出、育ててくれた。母も自分の子のように私を可愛がってくれた。とても優しい母だった。


 母は9年前に流行病(はやりやまい)で亡くなったが、父も後を追うようにその1年後に亡くなった。

 私にも子爵の三男が婚約者としていたらしいが、現父ボリスが子爵の子と私との婚約を破棄し、代わりにエロダが婚約者となった。


 父は亡くなる前にそっと教えてくれたが、ベルトラン帝国は大国メトール王国に虐待された娘を取り返すために国の命運をかけて侵攻したらしい。だから悪いのは大国メトール王国の国王で、重臣は皆そのことを知っているが、絶対的権力者の国王を諫める者は誰一人いない。


 父はその戦いで功績があり、恩賞として準男爵からグレアリー・フェルス男爵になった。功績といってもちょこちょこと敵兵と戦い、死体の始末をしただけだと語っていた。その程度の報告をしたから恩賞としても最低ランクだった。準男爵と男爵の差はほとんどない。領地が増えたわけでもなく、金を貰ったわけでもない。ただ、爵位が半分上がっただけだ。それでも生きて帰ることができただけ儲けものだと話してくれた。


 大国メトール王国軍は逃げる20台の馬車に追いつき、逆賊ベルトラン皇帝の娘を含む全員を皆殺しにしたと大々的に公表した。


 父は20台の馬車にいた100名近い死体の始末を命令された。なぜ20台の馬車で逃げたのか疑問だったので父に尋ねたが、それは娘の替え玉を用意したからのようだ。殺されたのは替え玉となった奴隷たちだ。それもメトール王国で購入した奴隷だった。

 残念ながらベルトラン帝国の皇女奪還作戦は徒労に終わった。

 大国メトール王国がいち早くこのことを発表したのは、替え玉の中に本人はいなかったが、ベルトラン帝国も皇女を連れ帰った様子がないため、ベルトラン帝国に対する警戒のため発表したのだった。


 メトール国王はその絶対的権力に支えられていたが、大国メトール王国は至る所で少しずつ内部崩壊が起きていて、ちょっとしたきっかけで内乱が起きても不思議ではない状態だった。贅沢三昧で猜疑心(さいぎしん)の強い国王は重臣を次々と粛清していった。そして多過ぎる子供たちに、増え続ける財政赤字、それにインフレと重税に苦しむ国民の不満、滅亡する土台は既に出来ていた。それでも絶対的権力者であるメトール国王が生きている間はなんとか持ちこたえていた。


 馬車の死体の後始末を命令された父は、夜遅いため死体を焼くのは翌日にするつもりだったが、ひとまず死体だらけの馬車の中を確認した。替え玉用の馬車にあった死体は、誰が本物の王女なのか区別がつかないほど無残に切り刻まれていた。


 ポツンと離れた場所で荷物運搬用の馬車が置き去りにされていた。御者は殺されていたが、そのまま放置されてあった。その御者の死体の始末までは命令されていなかったが、ついでなので御者の死体を運ぶため荷物運搬用の馬車に近づくと荷物の奥で赤ん坊の泣く声がした。手前の荷物を片付けると、一緒にいた者は亡くなっていたが、赤ん坊は生きていた。父はすぐさま廻りを確認したが荷物用馬車に興味はなかったようで、近くには誰もいなかった。赤ん坊は父を見ると泣き止み微笑んだ。それが私、ファンヌだ。


 ファンヌという名は父が名付けたものではなく、私を(くる)んでいた着ぐるみに書いてあったからだ。


 父は亡くなる前に私が包まれていた着ぐるみと父と母が写ったペンダントを一緒に渡してくれた。私はこのとき6歳だったが、今でも昨日のことのようにはっきり覚えている。母はすでに亡くなっているため本来であれば私が家督を継ぐことになるはずだったが、私が成人していなかったため、父の弟のボリスが家督を継いだ。そのボリスの子が私の妹だ。


 傭兵をしていたボリスは娼婦をしていたアニタにとっては4人目の夫だった。アニタは宝くじが当選したごとく飛び込んできたフェルス男爵家の家督相続に大喜びした。


 ボリスとアニタは私の家に来た当初はとても優しかった。

 ところが1週間経って正式にフェルス男爵家の家督を相続した途端、私を居城から追い出し、馬小屋に住まわせた。


 今ではアニタの子の部屋の掃除、未だオネショをする四女レイラと五女マキアの下の処理、馬の世話、屋敷の帳簿付けと署名、別宅(使用人宅)の掃除や畑の管理、職人と一緒に屋根や壁の修理をさせられている。温室育ちの私には辛い日々だったが、10年も経つと慣れてしまい、その辺の文官や職人より優れていると自負している。


 帳簿への署名は私でなければいけない。理由は知っているが言わないことにしている。それも今日で終わりだ。今日はミロー伯爵から正式に男爵位を拝任されることになっていた。でも私には必要ない。大国メトール王国は国王が亡くなり、分裂している。後見人のミロー伯爵もメトール国王の六男に殺され、この地域一帯は六男の名でビンスト王国と発表された。


 もう大国メトール王国の男爵位など役に立たない。それにビンスト国王に十六男のゴッドラが挙兵し戦っている。15カ国が独立を宣言したが、当分は内乱が続き、更に分裂と統合が繰り返されるだろう。なにせメトール国王の子供は108人もいる。最大108カ国に分裂する可能性すらある。分裂で済めばまだいい、これまで(しいた)げられた属国が反旗を翻し侵略してくるかもしれない。それほどメトール国王は残忍なことをしてきた。



 ◇◇16年前◇◇

 大国メトール王国は周囲の属国から最高権力者の子供を人質として出させていた。

 ベルトラン帝国皇帝には子供が2人いたが、長子のメリーを人質に出していた。しかしそのメリーが流行病で亡くなった。流行病だから他の者に移る可能性があるからと、その日のうちに焼却され荼毘(だび)に付され、遺骨だけがベルトラン皇帝に返された。


 この国では毎年のように人質とされた女性が流行病で亡くなっている。国民は流行病にならないのに、人質だけが流行病に罹患する。その数は毎年十数人いる。属国は彼女たちが自害したか殺されたかのどちらかであると分かっているが、表だって言えない。


 メトール国王は次の人質を出すよう催促した。そこで二女ブレンダが行くことになった。ブレンダは公爵家の二男と結婚し9ヶ月の身重だったが、大国メトール王国は人質の免除はしてくれなかった。宰相が自分の子を出すと言ったが男子であったため相手にもされなかった。

 それには理由があった。男の人質はメトール国王が認めなかったからだ。


 メトール国王は人質が女であれば、片っ端から自分の女として(はら)ませていた。だから、身重のブレンダを見て腹を立てた。


「これでは、儂の子を産ませることができないではないか!ベルトラン帝国は儂を愚弄(ぐろう)した!」


 怒ったメトール国王は、ブレンダを蹴り上げると、此れ見よがしに、ベルトラン帝国との国境近くの監獄施設にブレンダを収監した。メトール国王はそのことを秘密にすることなく、ベルトラン皇帝だけでなく、属国に対しても我に逆らうとこのようになると、書簡を送った。


 そこでのブレンダの扱いは罪人と同じように囚人服で食事は1日に1食のみで、毛布も与えられなかった。そんなことが1箇月続き、ブレンダは16歳の誕生日を迎えた。ベルトラン皇帝は満を持してその日に派兵し、ブレンダの救出を試みた。大国メトール王国に反旗を翻すことなど自殺行為に等しかったが、それでもメリーを失い、さらにブレンダまで失うことに耐えられなかった。




 ◇◇現在◇◇

 1週間前にまたベルトラン帝国が侵攻してきた。ベルトラン皇帝は前回の反省をし、16年間ひたすら軍備の増強に努めた。大国メトール王国の侵攻もあり得たからだ。ベルトラン帝国皇帝グラニエル・ベルトラン(ベルトラン12世)は娘が亡くなった日が彼女の16歳の誕生日であったことから、ブレンダの死後16年後の娘の誕生日にあわせ大国メトール王国に総攻撃を仕掛けた。


 ベルトラン皇帝は国力では劣るが、どうしてもメトール国王を許せなかった。大国メトール王国の住民に恨みはなかったが、国王の首を獲るまではどうしても諦められなかった。



 ところがメトール国王はポックリ逝った。しかもこの緊急事態なのに腹上死だ。それも自分が82歳と高齢なのに、相手は小国を脅して昨日人質として到着したばかりの少女だ。呆れ果てる。


 国王逝去の日から各地で覇権争いが起こっている。なんといっても精力旺盛だったから子供が108人もいる。絶対的権力者で、しかも後継者指名をしていなかったため、どの子もどんぐりの背い比べだから相続争いが起き、それぞれが王を名乗り、各地で独立が起きている。


 ベルトラン皇帝は上げた拳の相手が亡くなり、その怒りの矛先を失った。ベルトラン皇帝は大国メトール王国と本格的にやり合うことは考えていなかった。というのも、大国メトール王国と本格的に戦争をすれば討ち滅ぼされる自信はあったが、勝利する自信は全くなかった。それほど大メトール王国は他の国に比べると大国だった。なんといっても周辺国の平均面積の10倍も国土が広く、軍隊も規模が違った。そんな国と戦争となると自国民が征服されれば生活に困窮するどころか奴隷にされてしまう可能性すらあった。それだけはしたくなかった。


 だが、メトール国王が逝去し、ベルトラン皇帝が挙兵したことで相続戦争を切っ掛けに内乱に至り、大国メトール王国が15国に分裂し、それぞれが独立国家を宣言したことで、大国メトール王国は滅亡した。これから分裂するだけで済めばいいが、これまで虐げられた属国から反撃されることもあり得る。


 ベルトラン皇帝は大国メトール王国との国境周辺の地域を自国の領地とし、派遣した兵士に帰還命令を出した。これでベルトラン帝国のみならず、周辺国も大国メトール王国に子供を獲られることも、怯えて暮らす必要もなくなった。




 でも? なぜ? 私はそのベルトラン帝国の兵士に捕縛されたの?




 ◇◇30分前◇◇


 ベルトラン帝国軍に帰還命令が出たが、メジル大佐はモダイニ元帥に命じられたグレアリー・フェルス男爵を探していた。



「そこに見えるのはグレアリー・フェルス男爵の居城だ。儂とやつはブレンダ様の奪還時に戦ったが、やつは強かった。メジル大佐、グレアリー男爵を連れてきてくれ」


「はっ!」




◇◇◇


 メジル大佐は部下300人を連れ、グレアリー・フェルス男爵の居城を訪れた。ここの兵士は老齢の警備兵を残し内乱平定のためビンスト国王軍本部隊に駆り出されていた。残っているのはわずかな警備兵と城主とその使用人くらいだ。

 警備兵は圧倒的な兵力差にも関わらず抵抗したが、あっけなく捕縛された。



「メジル大佐、反撃してくるものですから仕方なく関係者を全員捕縛して庭に集めましたので検分していただけますか」


「そうか。では確認に行こう」



 そこには捕縛された警備兵が5人、使用人が9人、それにボリス、アニタ、エロダ、ヘレナ、レイラ、マキアがいた。



「私はベルトラン帝国軍第一師団メジル大佐だ。お前がフェルス男爵か?」


 メジル大佐はボリスに質問したがボリスは絞首刑を恐れ、黙っていたが、妻のアニタが即答した。


「フェルス男爵様は亡くなられました」


「では、その子たちはグレアリー・フェルス男爵の子か?」


「いいえ、ここにいるのは、私とボリスの子です」


「隠してないだろうな!」


「嘘などつくはずもありません。あ!そうそう。私たちはグレアリー・フェルス男爵様の使用人です。家督を継いだのはグレアリー・フェルス男爵の長子ファンヌ様ですよ。お嬢様は変った方で別宅のカマドの(すす)払いをしていらっしゃいます」


「確かに、女の子がいたが……一心不乱に煤払いをしていたから放置したが……、あの子が?とても男爵の子のような服装をしてなかったぞ。顔も真っ黒だったし」


「煤払いの時はあの服装に着替えられるのです。本人に男爵様の子か確かめてください。間違いありません」



 メジル大佐は部下に、別宅でカマドの煤払いをしている少女に確認するよう指示した。



「大佐、本人に確認しましたら、少女はグレアリー・フェルスの子だと白状しましたので、捕縛しております」


「よし、ではここでの用事は済んだ。帰国するぞ」


「はっ!」





 ◇◇◇


 ボリスは後ろ手に縛られ、連行されるファンヌを確認すると、アニタの方を向いて話した。


「アニタ、縄を解いてくれ。それにしてもお前は悪いやつだな」


「あんたがだらしないのよ。でもまだ縄を解いたらだめよ。あいつらがここを去ってからにしないと安心できないわ」


「全部ファンヌに押しつけるとはな!」


「その姪を馬小屋に追い出すのを賛成したのはあんたじゃないのよ」


「しょうがないじゃないか。あの子がいたら自由に金が使えないからな。だが使用人よりも酷い扱いをしたのはアニタじゃないか」


「私は自分の子供だけがかわいいのよ。ファンヌには秘密にしていたけど、本音を言うとあんたはあの子が成人するまでのつなぎ役だから内心ビクビクしていたわ。でも帝国のやつが連れて行ったから、あのぶんだと父親の代わりに処刑ね。私は嘘をついてないわよ。ファンヌは今日が16歳の誕生日で正式に男爵家を相続したわ。せっかく家督を継げるはずだったのにね~ほんとうに運のない子ね~」


「まあ、俺たちは無事解放されてよかった」


「あんた、股間が濡れているわよ」


「お前だって濡れているぞ」


「あんな怖い思いをしたのだから当たり前じゃないの。これで厄介者もいなくなってフェルス男爵家の金は名実ともに全部私たちのものよ。毎年財産の報告義務があったけど、もう必要ない。帳簿にファンヌの署名が必要だったから、これまでお金をあまり誤魔化せなかったのよね。あ~幸せ。これで思う存分使えるわ。私買いたい物がいっぱいあるのよ」


「「ハハハハハ……」」





◇◇◇


「モダイニ元帥、報告があります」


「なんだ、早く報告しろ」


「はっ! グレアリー・フェルス男爵は既に亡くなっておりました。その娘らしい者たちがいましたが、全員グレアリー男爵の娘ではありませんでした。使用人を(かた)った女が煤払いをしていた子がグレアリー男爵の娘だと申しておりましたので、確認しましたら本人もそうだと返答しましたから、捕縛してまいりました」


「なんだと! お前捕縛したのか? 馬鹿か! 早く連れてこい」

 モダイニ元帥は天を仰ぎ『なんてことをしてくれたんだ』と呟いた。



 ◇◇

 私はいつものように馬の世話を終え、使用人宅のカマドの煤払いをしていたが、突然ベルトラン帝国兵がやってきて、私が父の子であるか聞いてきた。

 もちろん父の子だと答えたら、捕縛されてしまった。



なぜ?



 そのまま馬に(また)がったままのモダイニ元帥の前に突き出された。

 モダイニ元帥は私の顔をしばらく見ていたが、縄を解くよう指示してくれた。あまり見つめられても目だけが出ている真っ黒顔だから恥ずかしいじゃないのよ。



「儂は16年前貴殿の父君に助けられた。父君は我々を殺そうと思ったらいつでも殺せたのに、わざと負けて、そのまま兵を引いた。それで父君にあのときの礼を言おうと思って訪ねたが、お亡くなりになっていた。だが、娘がいることを聞き……部下が手荒な真似をしてしまい、すまなかった」


「いいえ、いいですよ。誰でも間違いはありますから」


「そう言ってもらえると助かる。それで、これからのことだが、その格好を見るとあまり良い待遇を受けていないと察するが、よければ儂の屋敷に来ないか?」


「いいのですか。私のように貧相な者を連れ帰ったら周りの方に迷惑かけるのではないですか?」


「いいや。かまわん。父君に助けられたおかげで私は生きているし、私の部下の多くも生き残った。そこにいるメジル大佐もあのときは兵学校を卒業したばかりだったが、今は大佐としてお国の役に立っている。これも貴殿の父君がいたからだ」


「では、馬小屋でいいので、置いていただけますか?」


「馬小屋なんてとんでもない。儂の妻にも紹介しよう。そうだ、荷物があれば支度してきなさい。おい、メジル大佐、彼女を住まいまで送ってあげなさい」




◇◇◇


 私はメジル大佐に送られて、馬小屋に戻ってきた。ここに10年近く住んだけど……今日が最後かぁ。



「すみません。体を拭いて着替えるので、表で待っていただけますか?」


「分かりました。戸は閉めておきましょう」




 それにしても、本当に馬小屋で生活しているとは驚いた。今時使用人でも馬小屋で過ごすことはないぞ。それに戸といっても、隙間だらけだから、覗こうとおもったら見放題だ。こんなところでいつも体を拭いていたなんて、なんと酷い仕打ちを受けていたのだ。美人ではないから理想の高い俺の伴侶とすることはできないが、せめてこれからはモダイニ元帥(侯爵)のところで安らかな日々を過ごして欲しい。




 私はいつものように顔を洗い、まだ冷たい水で体を拭き、頭巾と束ねていた髪を解いた。着替えといっても継ぎ()ぎだらけだが、大切に使った私の一張羅だ。継ぎ接ぎに見えないように、可愛い狸さんや兎さんの形にしてお洒落(しゃれ)にしている。


 荷物は着替えの服が1着と穴の開いた下着が2枚、父と母の写ったペンダント、それに父からもらった着ぐるみだけ。それには唯一母の字が書いてあるから洗っていない。私の妹は全員自分用の櫛を持っているが、私は手櫛だから、これ以上荷物となるものはない。


 メジル大佐を待たせるのは失礼なので、ササッと着替え、ボロボロで立て付けの悪い戸を開けたが、メジル大佐は部下とともに戸に背を向け、周囲を警戒してくれていた。



「すみません。お待たせしました」


 メジル大佐は私の方に振り向くと、口をパクパクしていた。このおじさん、お魚さんみたい。


「あの~、大佐、行きますよ」


「あ、あ、はい……」


「後ろの兵士さんたちもボサッとしてないで行きますよ」


「あ、あっ、あ、あっ、は……はい」


 ふふ、面白い人たち。




◇◇◇


 メジル大佐のやつは、なかなか彼女を連れてこなかった。荷物がそんなにあるのか? そうは見えなかったが? まあいい、時間はまだある。しばらくこの国は内乱が続くだろうから、我らに兵を割く余裕はないだろう。それにしても、ここの城主は儂の恩人の子に対しての扱いが酷かったな。しかも男爵の子に対してだぞ。あれじゃ使用人より扱いが悪いぞ。それにしても……服も顔も見事に真っ黒だったなぁ。どこかで服を買うとするか。



「モダイニ元帥、ファンヌ様をお連れしました」


 メジルのやつ、先ほどとは偉い態度が違うのぅ。現金なやつだ。


 少女は儂の前で深々と頭を下げていた。先ほどは頭巾をしていたから分からなかったが、美しい金髪だ。遅くなったのは体を拭いて着替えたからか。まあ少女といっても女性だからな。

 彼女の服装は先ほどよりはいいが、それでもやはり他の使用人に比べると貧相だ。


 貧相だが、きちんと補修がされてある。それにところどころ可愛い動物を貼り付けてある。きっとあそこに穴が開いているのだろう。それでもよく似合っている。儂は年を取ってしまったのかのぅ。涙もろくなってしまったわい。この子には幸せになってもらおう。儂の養女にしてもいい。



 恩人の娘が頭を下げているのに、儂が馬上というのは失礼した。儂は馬を下りる。


 確かに儂はこの遠征軍の司令官をやっているし、侯爵家の当主だから、身分的にも彼女は儂がいいと言わなければ頭を上げることができないのだろう。儂は彼女の手を取り、あらためてお礼を言った。


「頭を上げてくだされ。あなたの父上には私の家族を含め沢山の者が救われた。そこにいるメジル大佐も同じだ。この遠征軍にも父上に救われた者が沢山いる。そんなに頭を下げられると、こちらが恐縮してしまう。どうぞ頭を上げてくだされ」



 彼女はゆっくりと垂れていた(こうべ)を上げた。そして儂の顔を見てお礼やらなにか言っていたが全く聞きとれなかった。


 儂の時間は止まっていた。儂だけかもしれないが、すべての時間が止まった。



 儂は目を疑った。声も出なかった。いや、出せなかった。嗚咽と交じって声にならなかった。



 目の前にいるのは……金髪に澄んだブルーの瞳、どこから見ても気品あるその美しい少女は……







「……ブレンダ姫様……」




「……?……」




「…………」




「私はファンヌですよ。ブレンダではありません。それは私を生んだ母の名ですよ」


「……母? ではお名前はどなたが名付けられたのですか?」


 私はモダイニ元帥に着ぐるみを渡した。それを見たモダイニ元帥はしばらく呆然としていたが、着ぐるみを握りしめるとそのまま立ち尽くし、母の血で書かれた字をただ見つめていたが、握り締めた拳を見ながら頭を下げ、着ぐるみをただ見るのみでじっと動かなかった。だが、乾いた土地には雨は降っていないのにボタボタと濡れるものが落ちていた。


 モダイニ元帥は、母が最後の力を振り絞って自分の血で切り着ぐるみに書いた、黒ずんでしまったその字を見つめた。


『この子の名はファンヌです。どうかお救いください。ブレンダ』




◇◇◇


 モダイニ元帥は16年前のあの日のことを思い出していた。

 今にも消えそうなほどか細くなったブレンダのことを……ベルトラン城の庭を駆け回り、あれほど元気だったのに……。



「モダイニ(じいじ)こんな遠くまで来させてごめんね」


「とんでもございません。姫様のお世話をした(じい)が来なくて誰が来るというのですか」


「でも、私を連れてここから逃げるのは大変よ。きっと追いつかれるわ」


「心配いりません。替え玉を沢山用意しました。きっと逃げ切ることができます」


「わかったわ。(じいじ)に任せる」



「儂はあえて目立つように替え玉の警護をして敵を引きつけます。その間に荷物用馬車でお逃げください。きっとうまくいきます」


「そうね。うん。(じいじ)またあとでね」




 あれがブレンダ様と交した最後の言葉だった……。




◇◇◇


「よくぞご無事に育っていただけました。ファンヌ様はベルトラン皇帝の孫にあたります。皇帝のお子様はもうブレンダ様しかいませんでしたから、この16年間それはもう失意の中で生きてこられました。ベルトラン皇帝がブレンダ様の生きていることを知ったらきっと喜ばれます」


「私がベルトラン皇帝の孫?」


「この着ぐるみは私がブレンダ姫様にプレゼントしたものです。ですが、それがなくてもブレンダ姫様そのままのその容姿なので間違いありません」


「私でいいのかな?」


「もちろんです。ファンヌ姫様、私たちの帰るべき故郷に戻りましょう。ベルトラン皇帝が待っておられます」


 この話を聞いていたメジル大佐は真っ赤な目のまま、モダイニ元帥の耳元で囁いた。


<<姫様をこんな目にあわせた連中をどうしましょうか?>>


<<馬は追いつかれないように逃がせ。警備兵は武器を取り上げて解放してやれ。子供と使用人は安全な場所で解放してやれ。だが、あの夫婦は殺して居城を燃やせ>>


<<はっ!>>



 モダイニ元帥はファンヌを自分の馬上に乗せ、背中にブレンダを感じ、幸せいっぱいの帰還だった。


『完』


最後まで見ていただきありがとうございました。

よろしければ★評価をいただけますと励みになります。


追伸:

32歳のメジル大佐はファンヌに一目惚れでしたが、この恋が実ることはありませんでした。ファンヌの着替えた後の顔を見たメジル大佐は自分の身分が高いことでどうやって家族を説得しようか妄想していましたが、皇帝の孫と知って、自分の身分が低すぎることで諦めました。

ファンヌの結婚相手はまだ現れていません。

この後帰国したファンヌはベルトラン皇帝夫妻と面会することになりました。皇帝夫妻は大喜びしますが、ファンヌは間もなく、ベルトラン皇国の帳簿を見ることになります。

そして、驚き、呆れます。まさか帝国の財政が破綻間近だったとは思わなかった。皇帝は大国メトール王国を恐れ軍拡に金を使い過ぎていた。メトール王国ほどの重税は課していなかったが、それ故支出に対して税収が少なかった。金庫には余裕が全くなく、もし大国メトール王国が分裂していなかったら、この国は早々と滅亡するところだった。

これから庶民育ちのファンヌの国家再生が始まります。


現在ハイファンタジー長編を書いているところです近々投稿しますので、こちらもよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
帝国って属国がたくさんあるから帝国なのに、大国とはいえ王国より低いんですね。 なんだか帝国と王国の立ち位置が逆に感じてしまいました。 それにしても王国の美醜感覚を頭に浮かべるとめちゃ面白かったです。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ