未来は僕らの手の中
仁籐廉治は制服を着る。
今の時期は衣替え期間だが、もっぱら気温は夏である。
制服を着た後に靴下を履くのは廉治の癖一つなのだ。
いつもと変わらない毎朝の所作。
そうして両足に履き終えた時、異変が起こった。
それは都市伝説のひとつである。
人間には余りある力、超能力。それはいつどんな人間にも発現するかもしれない夢のある話。
実際に発現が認められたという根も葉もない噂も…。ある人は爪を切っている時に、ある人は指を鳴らした拍子に、ある人は大病を患った時に、些細な時でも大事でもいつ誰が超能力に目覚めてもおかしくないというのだ。
「…実際に能力に目覚める方法は…LINE登録して………」
女子高生は机の周りをウロウロ歩きながらスマホで記事を読んでいた。
「ってこれガッツリ特殊詐欺じゃんかー!!」
大袈裟にリアクションをしたのは2-Bの真田だった。
「真田うるさーい」
背丈の小さな有馬がスマホを見ながら言葉を返す。
「ね2人はさ!やっぱ超能力欲しい?!」
「んー…あたしはいらんかなぁ」
「え〜つまらんなー!」←「あんだと」
「ね!リンカは?!」
「…私は…」
燐火リンカは背が高くショートボブで少しつり目な2-Bの女子高生、フードをつけてることが多い。
「私もいらないかな…」
「えー欲しいだろ〜余りある力〜」
「あたしとしてはリンカからその余りある身長が欲しいがね」(¬_¬)
リンカは少し口角を上げて答えた。
「余りなんてないよーだ」
な、なんだこれ…???…?
なんなのか分からないが、方法は知っている…
呼吸の感覚を今知ったような…それぐらい自分にとって当たり前なものを今、思い出した…。
「なんかの記事で、見たことあるかもしれない」
廉治は落ち着く為に整理することにした。
「いつ誰にでも起こるかもしれない超能力の発現…きっとこれはそうなんだろう」
…やってみるか…。
廉治は手のひらを上に向け、強く握り拳を作った。
手を開くと、いくら程の大きさの何かが1つ頭脳線と運命線の交点上にあった。
それは瞬く間に大きく重くなり、やがて赤子の姿を形成した。
廉治はこの赤子を見たことがある。
成長の記録のアルバム2ページ目に映っていた、自分そのものである。
自分の手から自分自身が生まれた。そしてその方法を知っていた。その状況に廉治は特殊な吐き気を覚えたという。
手から生まれた赤子は5分後には姿形は廉治なのだがすこし筋肉質な体格となっていた。
細マッチョな自分に見つめられる廉治は少し怪訝な顔をする。
生後15分で40代前後の廉治となり、本人は嫌悪感が目から溢れていた。
そして生後30分その赤子は老衰で死んだ。
廉治は立ち尽くしてしまった。たった30分で自分の生涯を見てしまったのだから。
これが仁籐廉治の超能力 ”closer”
もうこの時点で彼の遅刻は確定だがそんなことどうでもよかった。
1時間目の古文が終わった。リンカは窓際後方2番目という当たり席で、ノートも教科書も何も開かず50分間ほぼ目をつむっていた。そして休み時間にはいつも真田がやってくる。
「リンカちゃ~んあなたまーたずっと寝てたわね」
「ん~…」丸めた背中を反らして伸ばす。
リンカは半目で次の授業の教科書を探しながら。
「…あの人の授業は、1時間目にやっちゃだめよ」
「それな。あの先生はしゃべり方がよくない!それはそれとしてリンカは寝すぎ」
「んー耳が痛いわよ」
「よっ」
「わ!有馬が机から生えてきた!」
有馬がオンラインになりました。
「やっぱ古文わからんぜよ~」
「大丈夫!内容は結構面白いこと書いてるんだから」
「…そう…なん…d…」
「え、リンカ寝た?」
「この子さっきずっと寝てたのにまだ寝るなんて、起きろー!」
(あたしの授業中寝れば背伸びるのかな)有馬は二人の会話を見ながら思った。
すると急にリンカは目をカッと開いた。
「有馬今『いっぱい寝れば身長伸びる』って思ったでしょ」
真田と有馬はポカーンと驚いていた。
「あ、ごめんなんか変なこと言っちゃ」
「すっご!なんでわかったの!?」
「え!有馬マジで思ってたの!?リンカヤバそれ!」
「「超能力者じゃん!!」」
「…ふふん実はね…私は超能力者だったのだー!」
「おおお!!」
一瞬沈黙し3人は顔を合わせて表情がほころんだ。
「はー面白」
有馬は笑って出た涙を拭いて時計を見た。
「あ、そろそろ行こ。次生物だったよね」
「実験だっけ?寝てる暇ないぞリンカ」
リンカは椅子を引き立ち上がった。
「ひどい時間割だよまったく」
「どんなのがよかったん」
3人は教科書ノート一式持って教室を後にする。
「毎日文化祭準備とかしてたいな」
「あー、確…いや、やだな」
「リンカの理想のほうがひどい」
同日、1年D組。遅刻一人。
この日仁藤廉治は登校できなかった…わけではなかった。
廉治にとって先の出来事は宛ら白昼夢で、他人一人の人生の3D映画を見た感覚に近かった。それゆえ逆に登校はできた。
しかし他人事のように記憶されつつも、しばらくの間廉治の深いところに引っかかることになる。
廉治が学校についたのは3時間目開始10分後だった。
ガララと前のドアを開ける。
「おー、仁藤大丈夫か」世界史の先生が廉治に声をかける。
「あ、はい大丈夫です。すいません」
「大丈夫ならよかった」
先生は名簿に出席をつけ、廉治は自分の席に着いた。
教科書を出してノートを出して、内容なんか全く頭に入ってこない。廉治の頭の中では色んな自分の顔がぐるぐるとフラッシュバックしていた。
40分後一斉に椅子の音が鳴り響く。号令のときのうるさい椅子の音で、廉治は授業が終わったことに気が付いた。
休み時間は机に突っ伏しただただ時間が流れ、次は数学A。
「仁藤。今の時間は世界史じゃないぞ」
数学Aの先生が、廉治の机に前の時間の教科書があることを注意する。
「…っえ、あすいません」
ぐちゃっと机の中に世界史の教科書をしまい、リュックから数学Aを出した。
「ぼけっとしてんじゃないよ。はい日直号令」
周りの席の人が廉治のことを見ている。
普段の廉治は周りの目をよく気にしている。自分に自信がなく、自分の他人と違うところを見つけてはそれを、周りを見て真似し直していた。
だから普段の彼ならこんな時、周りと違った動きをする自分と、自分がどう思われてるか想像し恥ずかしくなって耳まで真っ赤になるのだが、今朝の衝撃は廉治にそんな余裕を与えなかった。
昼休み。
廉治はあてもなくふらふらと教室を出て行った。
作ってくれた弁当も食べず。三階の教室から中庭へ、体育館へ、正面玄関へ。
校舎の正面玄関付近には購買が設置してあり、少し落ち着いた廉治はそこで飲み物を買うことにした。
120円のホットなほうじ茶。飲むと廉治の騒がしかった心はゆっくり凪いでいった。
教室に戻る階段で廉治は3人組の女子グループとすれ違い会話が少し耳に入った。
「っかしリンカ、今朝の超能力すごかったな」
「ほんとそれ!言われた時の有馬すごい顔してたよ」
「…真田怒らないからどんな顔だったかやってみて」
┌(。Д。)┐「こんな感じ」
「あっはは似てるー!」
「似てないわ!!!」
超能力。その言葉は今の廉治にはかなり引っかかる言葉だった。
ほうじ茶で落ち着いたのも束の間、その話が冗談なのかもしれないが廉治の心は一瞬にして海嘯のように騒ぎ始めた。
聞きたい。同じ境遇の人かもしれない。僕の話を聞いてもらいたい。
心の騒ぎは廉治の余裕を無くす。普段なら絶対しないことを廉治は行動に移した。
「す、すいません!」
「あの、超能力者って…本当ですか…?」
3人はびっくりし振り向いた。
「っえ、あぁー…」
真田は有馬とリンカのほうを見る。
「…そうんだよ!今朝このちっちゃい子の心を読んでさぁー!」
「え言うのかよ、てか誰がちっちゃい子だ」
真田はかなり困惑していた。
「だってぇー!!何なのこの人!こわいんだけど!!」
「えっいやっごめんなさい気になって聞いただけで――――」
「ご、ごめんなさい!!」
「真田うるさいー」
有馬は廉治の上履きを見る。
「そんでその…一年!中二病かなんか知らないけど!急に知らないやつに話しかけるな!」
「…変わった注意の仕方だね有馬」
「うっ、うるさい!びっくりしたのは確かなんだしいいでしょ」
「本当…ごめんなさい怖がらせるつもりはなかったんです」
「2人ともこの子も反省してるしさ、言い過ぎるのもよくないよ」
「「…わかった」」
リンカは二人を落ち着かせ廉治から話を聞いた。
「それで――えぇっと一年生君お名前は教えてもらっていいかな」
「名前を尋ねるときは自分からだよ―リンカ」( ̄、 ̄)
「う確かに…私の名前は燐火リンカ、です。はい君は?」
廉治は一瞬それが名前だと呑み込めなかった。
リンダリンダみたいな名前…。
「えっと仁藤廉治です」
「仁藤…廉治…うんいい名前だね」
「それからこっちの髪が長くてきれいなのが真田、小さくてかわいいのが有馬ね」
真田さんと有馬さんか。
「仁藤君!怖いって言ってごめん!びっくりしちゃっただけなの」
「あたしも…ごめん。あと小さくないから」
「こちらこそ本当にすいませんでした」
廉治は深く頭を下げた。
「仁藤君頭を上げて!それよりさ…私の名前…どう思った?」
「どうって――」
「THE BLUE HEATSの曲みたいって…思わなかった?」
廉治は少し意表を突かれた、けれども同時に納得もした。
「思い、ました。え、もしかして本当にエスパーとかその類の超能力者なん――」
「リンダリンダは誰でも思うわ」
有馬の発言に真田もうなずいていた。
「からかっただけでしたー!エスパーじゃないよごめんね」
「2人ともそろそろ行こ!早くじゃがりこ食べたい」
「リンカもリンカだな…」
「それじゃーね仁藤君!」
「知らないやつにいきなり声かけるんじゃねーぞ」
購買に向かった3人と別れ廉治は教室に戻る。
会話を仕掛けたこと、話した内容、話し方。すべての要素が冷静になった廉治の顔を耳まで赤く染めた。
そして彼が弁当を食べれる時間はもう残っていなかった。
かなり好きな感じに仕上がったかも