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第六話 東都攻略

 東都の宿にて。レイとノゾミは随分と豪勢な食事を味わっていた。

 今日、漁港で採れたばかりだという新鮮な魚の刺身がふんだんに盛り付けられた海鮮丼である。こういう類のものは二人とも初めて食べた。

「こんな贅沢な食事していいんですかね」

「いいのいいの」

 そんな会話を交わす二人を遠めに見る貴族たちがひそひそと話す。

 二人の身なりはかなり良いものであるのだが、やはりオーラが違うものだ。それに、親子にしては母親が若すぎるように見えるし、たとえそうだとしても、父親がいないのはおかしい。貴族の世界において、女の身分はそれほど高くないのだ。

 じゃあ、どうして入れたかと言えば、それは金を持っているから、その一点に尽きる。ある種、機械的なその判断にレイは感謝していた。金持ちの場所である東都には商業などで成り上がった人も多い。だから、この店の主は簡単に受け入れられた。

 二人の顔を見たことがないという点が思考に入らない程度には。

 ただ、これはレイにとっては少し、計算違いであった。

 レイの作戦はこうである。

 王城に入れないのであれば、入れてもらえればいいのである。

 いかにして、か。それは簡単な話だった。

 罪を犯せばいいのである。

 この街の犯罪者を裁くのはアウストリである。殺戮姫だとか雑魚狩りの女王だとか言われている彼女は日頃の飢えをしのぐために軽犯罪者を殺しているらしい。

 入るのが難しいのなら、当然出るのも難しい。城に入れられれば出られない。

 というわけで自分たちのような姿をした人が食事をすれば通報されるんじゃないかと思ったのだが、それは失敗した。そもそも、金を見せなければ入ることができなかったのである。なら、まあとりあえずおいしいご飯は食べたかったし、しょうがないなという適当な判断。

 じゃあ、やるならば。


「払えない?」

「ごちそうさまです」

 それだけ告げて、レイはノゾミの手を引き、店を抜け出した。

「待て!」

 そう叫ぶ店主にレイはべーと舌を覗かせて、走り出す。地面を勢いよく蹴り高く飛び跳ねて瓦屋根に着地。そして、あっという間に姿を消してしまった。


「さあノゾミ、次、どこいこうか」

「なんかお姉さん、すごく楽しそうですよね」

「うん、まあね」

 もはやここまで来ればレイは自分の身分を隠す必要がなかった。ずっと息を潜めて生きてきたレイがついに日を浴びられる。その事実は、いつになくレイを高揚させる。

 ノゾミはそんなレイを見て、明らかに困惑していた。ものの数時間前までオーズにイラついていたあの人はどこへ行ったのやら。ノゾミとしてはレイが楽しそうならそれでいいのだけれども。

 というわけで。

「すごくお似合いですよ」

「そうですか?」

 レイとノゾミは二人で着物を着ていた。

 レイはその瞳の色と一致する赤を基調としたもので、ノゾミは紺色のものを。二人して髪をまとめてもらってお化粧もばっちり。記念に絵まで描いてもらっていた。

「いやあ、本当に。これほどの美人さん二人に着てもらってこの着物も喜んでいますよ。それこそアウストリさんほどです」

 そう述べた店の人に

「アウストリさんって、そんなにおきれいなんですか?」

 とレイは尋ねる。

「ええ、本当に気品にあふれた人で、ご存知ないのですか?」

「運悪く」

 雑魚狩りの女王なんて蔑称で呼ばれている人が、気品にあふれた人──なんだかイメージと違うような気がする。その違和感にレイは疑問を感じていたが、店の人はそれに気づかず、話しを続ける。

「お買い上げになられないのですか」

 そう言われると、なんだか二人は気まずく感じた。

 たぶん、今、この場から逃げると、この店の人は大きなショックを受けるだろう。怒りよりも悲しさが勝ってしまう。ありとあらゆる罪を重ねてきたレイだったが、百パーセントの好意を見せられると申し訳なさがどうしても強くなってしまい、レイは結局、普通にお金を払って、着物を買った。

 そして、その服を着て、外に出る。

 この街の雰囲気に溶け込んだみたいで、なんだか気分が良くなってくる。なぜか、レイはお金を払って良かったなあと感慨にふけっていた。ノゾミはなおも困惑していく。


 そのまま、二人はお菓子屋さんに入りお茶を飲みながら、まんじゅうを食べていた。非常に柔らかく薄い皮の中にあんこがぎっしりと詰め込まれていて、あまりの甘さに頬が落ちそうになる。

「うーん」

 レイは感嘆する。人生で食べたものの中で一番おいしい。この国の貴族はこんなものばっか食べているのか。純粋に羨ましい。

「ノゾミ―、あーんして」

「お姉さん、まじで言っています?」

 ノゾミは先ほどのお茶にアルコールでも入っていたのかと疑う。が、すぐにレイの真意には気づいた。

「わかりました。はい、あーん」

「はむ。うーん、おいしい」

 レイは心底幸せそうな顔をする。

 レイは、今、ノゾミという器を通じてアイとデートをしている気分でいるのだ。

 ノゾミは頬を膨らませて地面を少しだけ蹴った。

 悔しい。レイが、アイという少女を愛しているというのは十分に知っているのだけれども、でも、今、目の前にいるのは自分じゃないか。だったら、もっとちゃんと自分のことを見てほしい。ノゾミはそう思いながらも、幸せそうなレイの顔を見ていると、何も言えなかった。

「まあいっか」

「どうしたの?」

「別に、なんにもないですよ。ほら、次、何食べたいですか。食べさせてあげます」

「ええー嬉しい。うーん、どれにしようかな」

 それにしてもとノゾミは思う。

 この人、好きな人の前だとこんなんになるんだ、と。

 

 普通にお代を支払い、レイとノゾミは次は、温泉に来ていた。レイが風呂に入るのはスルトの屋敷以来だから三日ぶり。ノゾミに関しては、お風呂というものを存在自体は知っているのだが、入るのは初めてだった。

「ええと、脱げばいいんですよね」

「そ、そうだね」

 レイはそう言いながら、なんだか後ろめたい気持ちになってしまう。別に、まったくそんなことはないのだが、罪を犯しているような気分になる。

 一回りも小さい女の子が、愛していた少女と全くおんなじ姿をしている女の子が、服を脱いで、その身を晒そうとしているのである。

「どうしたんですか、お姉さん」

 ノゾミはなにやらにやにやしながらレイの顔を見つめる。

「いや、その」

「顔、真っ赤ですよ」

「うっ……」

 レイは目を背けて、自分の下着に手をかけて、気づいた。

 見るということは、見られるということである。

 レイは自分の肌の調子を確認する。ぼろぼろになった体は回復(ヒール)の能力で新しいものに作り替えられる。つまり、レイの体は常におそろしく美しい肌をしているのである。

 大丈夫、見られてもいい。

 と頭の中で整理をつけてから、そう言う問題じゃないと頭を抱え込む。

 違うのだ。

 恥ずかしい体をしているだとか、そう言う話ではなく、なんか嫌なのだ。それは、アイの姿をしているノゾミじゃなければ、そういう風に思うことは決してなかった。なぜか、恥ずかしい。

「は、はやく入ろう」

 レイはその鍛え抜かれた力を使って、一瞬で脱いですぐにタオルで体を隠し、浴場の方へ入った。


 四十度の温水が疲れを癒す。激動の二日間の戦闘のダメージは能力で回復しているが、それでも、こうやってゆっくりするとまだ随分と蓄積していたもんだと思い知らされる。

 それに、常に湧き出ている蒸気が視界にもやをかけているため、ノゾミの体をみなくていい。精神衛生上、かなり大事なことだ。と、レイの方からはそうなのだが、

「お姉さん、やっぱり結構ありますよね」

「何が!?」

 ノゾミの方からはがっつり見えていた。それを一旦、認識してしまうと、途端にたまらなく恥ずかしくなってしまう。

「ノゾミも、顔真っ赤じゃん。ませてんだから」

 レイはそう口走り、身体を腕で隠す。

「ええー、あったかいからですよー」

 絶対嘘だ。そう思いながら、レイは笑う。

「ていうか、お姉さん、目的忘れてません?」

「へ? 目的?」

 レイは首を傾げる。

「まじで言ってます?」

 そうノゾミが言うのを聞いて、レイはハッとする。

 自分がなんのためにこんなことをしていたのか。

「完全に楽しんでましたよね」

「いやあ、その何と言いますか。自由だなあと思うと、どうも気が抜けてしまいまして」

 あくまで、レイはアイとデートをしているような気分になったから、だなんて言わない。それは、ノゾミを傷つけるような気がしたから。たとえ、ノゾミがレイの本心を完全に読んでいて、話していたとしても、それを言わないことによる誠意があると思った。

「まあ、いいですけど。どうやら、その必要もなさそうですし」

 そうノゾミが言う。

「えっ、なんで──」

 そこまで言って、声がした。

「見ない顔ですなあ」

 そのほうを見上げる。そこにいたのは、目が覚めるほど美しい女性だった。恵まれた体つきに、上品な顔立ち。すぐに気づく。

 この女が、アウストリ。

 レイの顔がこわばる。

「あらあら、そんな怖がらんでええとですよ。ゆっくりしてください。隣失礼しますね」

 アウストリがレイの隣に座る。

「どちらから、来たんですか」

「王都からです」

「はあ、それはまた随分と遠くから。お疲れでしょう」

「え、ええ。お気遣いありがとうございます」

「いいんですよ。この街にやってきた人みなさんに、いい思いをしてほしいんです」

 アウストリは笑う。

 本当に美しい人だが、同時に恐ろしくも思う。何を考えているのか、本当にわからない。

 気まずい沈黙が流れる。ノゾミがレイの傍に体を寄せた。

 殺せる。

 レイは確信した。向こうは完全に無防備な状態なのに対し、こちら側は『召喚(サモンズ)』を用いれば、武器をこの場に持ってくることができる。いくら能力使いと言っても、武器がなければ敵わないだろう。

 そう思い、右手を自由にした瞬間だった。

 アウストリが立ち上がった。

「いくら同性と言っても、そんなまじまじと見られるのは恥ずかしいです。そんなに私の肢体が美しいんでしょうか」

 咄嗟に返す言葉が出てこないレイにアウストリは続ける。

「これは助言ですが、この国には武士道精神と呼ばれるものがありまして、正当なる決闘が最たる美として認められているのです。それに外れた人間の言うことを聞くものがありましょうか」

 アウストリは優しく微笑む。

「正当な決闘なら私は逃げも隠れもしません。しかし、私に不意打ちなぞというものが成功するとは思わないほうがいいですよ。なにせ、私は逃げるのは得意ですからね」

 湯舟を出て、アウストリは振り向く。

「して、何か言いたいことは?」

 あまりにも丁寧にレールを敷かれてしまったレイは一瞬の思考の末、ここでの反抗は無意味と悟った。

「アウストリ。決闘を申し込みます」

「それでようございます」


 翌日。東城決闘用広場にて、二人の女が向かい合う。周りには多くの群衆が詰めかけていた。

 アウストリの格好は袖の短い羽織りであって、紐で腹の周りを縛っている。

 レイはお世辞にも状態が美しいとは言えないズボンの上にシャツを一枚着ている。

「して、レイさんと申しましたね。あなたの目的は?」

「この街をいただく。そして、この国をひっくり返す」

 レイは包み隠すことなく答えた。そして、その言葉と共に剣を握る手に力がこもる。

 アウストリが話始めた。

「私は、あれだけの殺意を向けてくるとはどんな目的をもっているのだろうと不思議に思っておりました。それが、そんな大層な目的を持っていたとは。たしかに、そうですね。何か大きな目標を持つ者はそれだけ思いが強くなるものです。しかし、大義が正義とは限りません」

 アウストリはその腰に刺さっていた刀を引き抜いた。

召喚(サモンズ)

 レイもその手に両刃の片手剣を出現させる。

「ほう、能力者──いや、あなたが能力者狩りというやつですか」

 その一言にレイは少し驚く。この女はこちらがそうだと気づかずにあの立ち回りを見せていたのか。ではやはり──。

 油断ができる相手ではなさそうだと、レイは思う。

「では行きましょうか」

 アウストリが地面を蹴った。

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