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第五話 東城

 信じられない。フリームスルスはもう七十を超えているはず。あの攻撃を受けて立ち上がれるような気力も体力もないはずだ。現に、顔はもはや原形をとどめておらず、その首には氷が深く突き刺さっている。それなのに、なぜ、あれだけの気迫をもって、立ちはだかれるのか。

「わしが悪かった。お前さんを少し見くびっていたようじゃ。わしの全力を持って、お前を殺させてもらう!」

 その目はもはや狂気に満ちていた。

 足を失ったレイに逃げる手段は『転移(ワープ)』しかない。けれども、前に述べたように他の能力と『回復(ヒール)』を同時に使うことはできない。応急処置はしたが、出血量はかなりのものだ。機動力を完全に失った状態で、あれだけ気を張っている相手に対して奇襲を成功させきれるだろうか。

 自信がない。

 けれど、迷っている暇はない。

 その時だった。

 フリームスルスの腹から血が噴き出した。目を凝らしてみれば、刃物が貫通してこちらに顔を出している。

「今です!」

 ノゾミの声だった。

召喚(アドバンス)

 手に剣を出現させ、それをフリームスルスの首元めがけて、投げつけた。剣はすんなりと彼の首を貫通した。

 フリームスルスの目から色が消えて行く。彼は叫び声すらあげず、その場で少しよろめき、すぐに倒れ伏した。

 レイが出現させた炎は屋敷の全体までは燃え広がらずに消えて行ったようだった。

「何がッ──!」

 様子を見に来た執事に剣を投げつけ、殺害する。だが、これで安心できるわけではない。この騒ぎは外部の人間にもわかっているだろう。フリームスルスへの信頼があるだろうから、人が来るまでは少し時間があるとは思うが、早く、この場を後にしたほうが良いというのは間違いない。

 それにレイの一連の作戦を成功させるためには、ここで足踏みしている場合ではない。

 このまま、次の標的、アウストリのいる東都へ向かう。

「ノゾミ」

「はい」

 彼女の手を掴み、転移能力を発動した。


 痛みが引かない。レイとノゾミはオーズと共に隠れ住んでいた家の自分の部屋に移動していた。足はその見た目は貧弱ながら回復していた。しかし、まだ体に完全に馴染んだわけではなく、自力での歩行が難しいほどだ。ここまでは松葉杖を召喚(アドバンス)してなんとか移動してきた。

 固いベッドの上で歯を食いしばりながらひたすら回復(ヒール)をかけ続ける。

 けれども、身体は明らかに衰弱している。ダメージを負っているのは足だけじゃない。全身傷だらけだし、実際、足の痛みがなければこちらの方の痛みが気になっていただろう。

「レイ」

 オーズが扉を開いていた。

 オーズは白髪でもはや老人とでも呼ぶべき見た目になっている。十二年前はまだ髪も黒かったのだが。

 ここで、オーズは酒屋を営んでいた。その客層はならず者が多かったが、彼はレイを守り続けていた。レイの父親代わりになろうとしていたのだ。それはレイにはあまり必要なかったようだが、それでもオーズに対してはかなりの恩を感じている。

「なんだその傷は、どうした。それに──」

 オーズは息をのむ。当然だ。目の前にはかつて失った主の娘と同じ姿をした少女がいるのだから。

「レイ、お前が連れ帰ったのか。どこの──」

「黙って」

 そう口にしたのはノゾミだった。

「お姉さんが私を攫ったんじゃない。私がお姉さんについてきたの。お姉さんは運命の人だから」

 オーズが何を言っているんだこいつはといった目でノゾミを見ている。けれども、レイにはそれに構っている余裕がない。戦闘時の興奮が消えたレイに痛みを我慢する術はない。

「薬を持ってくる」

 オーズが部屋を出る。

 レイは切れ切れの声で言葉を発そうとするが、ノゾミが制止する。

「お姉さんの言おうとしていることはわかりますよ。でも、オーズさんは今更、あなたが何をしようとそれを咎めようとはしませんよ」

「そ……」

「そんなことないって、ですか。確かにそうですよね。実際、お姉さんの秘密を知ったら止めようとはしますよ。でも、それだけじゃないですか。オーズさんにお姉さんを止めることはできません。それはあの人が一番よくわかっていますよ」

 心が読めるノゾミだから大方嘘ではないのだろう。それでも、同時に、レイはオーズに対して無性に申し訳なく感じてしまう。彼を心配させることが望みではないのだから。

「まあいいじゃないですか。時を巻き戻してしまえばすべて済む話でしょう」

 それは、そうなんだけれども。


「ありがとう」

「養生するんだぞ」

「うん」

 足の方はだいぶ痛みが減ってその他の傷の手当てをオーズにしてもらった。能力の使用には多くのエネルギーを必要とする。これ以上の能力の使用は体に負荷がかかりすぎるために、肉体を回復しても体全体の調子で見れば悪い状態になってしまう。

 オーズが持ってきてくれた食べ物をノゾミに食べさせてもらいながらレイは焦燥に駆られる。

 今、ちょうどレイがスルトを殺してから二十時間ほどが経過した。王都と南都の情報伝達速度はどのくらいだろうか。レイの想定していたよりもずっと速い可能性がある。北都は大丈夫だろうか。さすがに、北都の情報が王都まで伝わっているとは考え辛い。

 兎にも角にも今は身体を休めるほかない。

「ありがとう、ノゾミ」

「いえ、お姉さんのためなら、なんでもしますよ」

 ノゾミは微笑む。

 アイの笑顔を思いだして、胸が痛んだ。


 朝。時間は九時ごろだろうか。外は曇っている。

 起き上がって身体を動かしてみる。動けないほどではない。足も馴染んできた。戦闘はできるし、能力の使用もできるだろう。

「あ、おはようございます」

「おはよう」

 そう声をかけられて反射的に答えてから、振り返って、息をのんだ。

 頭の中では理解していても、いざこうして実物を見ると驚いてしまうものだ。夢で見ていた顔と同じ顔を朝起きて最初に見るというのはどうも落ち着かないような気がする。二人が同一人物であれば、それこそ夢にまで見たような光景なのだけれども。

 ノゾミはニヤリと笑った。こういう笑い方をするのも、幾度となく見た光景だけれど、それが自分の心の内を覗かれた末のものだと思うとあまりいい気分はしない。

「行こうか」

 レイはノゾミの手を取り、部屋を出た。


「じゃあ、オーズ。ありがとう」

「あ、ああ」

 オーズは少し気まずそうに答える。

 レイは特にそれを気にかけることなく歩き始めた。と、そこでオーズから呼び止められる。

「生きてくれ」

 そう発した。

「もちろん」

 答えながらレイは考える。昨日の自分の姿。続いた戦闘で起こったダメージが体に重く蓄積していた。今、こうして歩いていられるのが奇跡的なほど。

 これから起こる戦いはもっと厳しくなるかもしれない。そういう覚悟が必要だった。

 そこでの「生きてくれ」は心に強く響く。

 わかっている。自分が生き残らなきゃ全てが泡と化す。

 けれども、オーズの意図はそういうものではなかった。

「私はお前に幸せになってほしい。頼む。もうこれ以上、自分を傷つけないでくれ」

 オーズはレイが何をしているのか知らない。けれども、大方の予想はできていた。レイが多くの人間を手にかけていることを、その度、荒んでいくその目を。オーズは見ていた。わかっている。あの時以来、レイの目が笑わなくなったことを。

 普通に生きてほしい。

 そう言おうとしているかのような、その言葉は、レイの逆鱗に触れた。

「自分の幸せは私が決める」

 レイは言い切る。

 ああ、届かない。オーズは思う。そして、心の中で呟く。

 レイ、お前の目はアイに似てきている。あの十二の少女とは思えぬ人を殺してしまえそうな視線を。

 それをレイは知らないだろう。アイは、レイの前じゃ、そんな目は絶対にしなかったのだから。

「お姉さん?」

「ああ、ごめんね。行こうか、ノゾミ」

 レイは歩き出す。黒く長い髪が翻った。


「大丈夫、ですか?」

「うん? 全然大丈夫だけど。ていうか、聞かなくてもわかるんでしょ」

「まあそうですけど。口でのコミュニケーションも大事だってお姉さんが似たようなこと言ってたんじゃないですか」

「そうだけど」

 オーズに心配をかけるのが申し訳ないという気持ちに変わりはない。けれども、彼の思う幸せに沿う必要なんてない。

 それに、アイを忘れて過ごす方が幸せかもしれないだなんて事実はアイを軽視していると思った。アイはレイにとって全てだ。忘れるなんてことをしたら、それは自分に愛を囁いてくれたアイへの裏切り行為に等しい。

「ノゾミ、何笑ってるの」

「いえ、別に何にもないですよ。それより、本当に体は大丈夫なんですか? お姉さんは自分にさえ嘘をつくことがありますからね。いくら、私が心を読めるからって、それが真実かどうかはわからないんですよ」

「何、本当は私は大丈夫じゃないのに、自分で大丈夫だと思い込んでいるかもしれないって言いたいの?」

「まあそんなところですよ。アウストリの情報は大体わかっているんですか?」

「確か、二十代後半の女で──戦場を踊るように駆け回ることからついた異名は殺戮姫、とかそんなとこくらい」

 かなり有名な話ではある。血の気が盛んなお姫様だと。それと同時に蔑称のような異名もある。

「雑魚狩りの女王とも言われてるんですっけ」

 ノゾミが言う。

「お父さんがたまに客人が来た時にそう揶揄していたのを知っています。お父さんからしたら対抗意識もあったかもしれませんが」

「というと?」

「敵を殺すスピードは速いらしいですけど、それはまだ修練を積み切っていない兵士相手の話です。自分で敵将がいるところとかにはいかず、ひたすら、弱そうなところを駆け回っているみたいな話です。まあ、戦争だったらそういうのの方が便利ではあると思いますが」

 実際、まだ年も若いことを考えれば死の恐怖もあるだろうし、危険な思いはしたくないのだろう。

「だから、アウストリ自体は大したことないですよ。問題は、あの街の名物であり、建物だけなら王城よりも固いと噂の、お姉さんは知っていますよね」

「東城」


 レイが前に東都を訪れたとき、その時も同様、能力者狩りを目的に行っていたのだが、その対象、操作(コントロール)の能力者はそこでは見つからずに、王都近郊の小さな町で発見した。だから、東城のことは当然知っている。その中まで探索することはなかったため、潜入方法はわからない。実際、東城の内部構造についてはまったく外に出回ることがないのだ。

「おー、ここが東都ですか」

 東都、大陸の最東部に位置し、海にも面した外交の中心ともなっている街だ。その街は瓦屋根がついている町家が立ち並ぶ王都とは一風変わった雰囲気を持つ。富豪の街とも言われている東都は観光客の姿も多い。おそらく貴族階級の人たちであろう。

 そして、その中央にそびえる東城は一際、人々の目を引く。

 巨大な石垣と、その外には濠がつくられており、入るにはそこにかかっている木で作られた橋を通るほかないようだ。

 城はその中の丘の上に作られているようで、外からでも地に石垣がつき、その上に所謂天守閣がそびえたっているのがよくわかる。

 レイは天守閣という言葉自体、ここの東城の様子を表す言葉としてしかしらない。海の向こうにはこのような作りの建築自体それなりにあるらしいが、大陸では専ら、この城しか指さない。それだけ、この国、ディアリーでは特徴的な建造物になっている。

 どうやって中に入ればいいのか。レイは前にここに来た時から何度も考え、いろいろな作戦を立案してきた。けれども、実際、久しぶりにこうして実物を見ると、その迫力に気圧される。

 しかし、ここを抑えるのは大きな意味がある。それは、ひとえにこの辺りに根付く考えにあった。

 

 武こそ正義。強きものがこの世界を支配する。

 ゆえに、この街の人々はアウストリに傾倒していた。それは同時にアウストリを倒したものが出現すれば、その人々がその新たな支配者に服従することに等しい。

 これがレイの考えた一連の作戦、王都を攻め落とすための案。

 レイが新たな王になると、圧政を敷く能力者どもをすべて打倒すと、そう国民を扇動し、既におとした西都、北都を巻き込んで、大きな渦となす。

 そのために、ここは絶対に確保しなければならない。

 レイは作戦をノゾミに話し始めた。

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