第三話 ノゾミ
レイは少女の肩を借りて、その場を離れた。レイからすると不本意なことではあるが、肉体に大きなダメージを負っている以上、致し方ない。
「お姉さん、レイさんですよね」
少女はそう言った。
不気味な少女だ。まず、あのアイとうり二つの姿をしていること。そして、どこかこちらを見透かしたかのような雰囲気を感じる。それに、スルトの家にこんな少女がいるだなんて、一言も聞いたことがなかった。メイドたちは皆、支配下に置いていたため、メイドたちもこの少女の存在を知らなかったのだろう。それだけ秘密にされていた存在。
「なんで、私の名前を知っているの?」
そうレイは尋ねた。警戒を解きたくはない──肩を借りている現状で言うことではないが。
「私の能力ですよ」
「…………」
あまりにも呆気なく告げられた事実にレイは身構えるが、言葉を返すことはできない。
少女は話を続ける。
「私の能力は『読心』、対象の考えていることをすべて見透かすことができます。だから、あなたの名前を知ることもできるし、あなたの目的を知っている。お姉さん、能力者を狩ってるんでしょ」
「……そうだけど」
「けれど、お姉さんは私を殺せません。私は、お姉さんの大好きな人ですもんね」
「…………」
この子には敵わない。それは、十二年前に感じていたものと全くの同等で。その奇妙な一致にレイは恐怖した。
「お姉さん?」
「……なに」
「怖がらせちゃったのなら、ごめんなさい。本当はそういうつもりじゃないんです。私は敵じゃありません。お姉さんの味方です」
「……一方的にこっちだけを覗いてくる人のことなんて信用できないよ」
「じゃあ、私の全て、包み隠さずに話してあげましょう。それに、私の目的もね」
そう言って、少女は語り始めた。
私はノゾミといいます。お父さん、スルトの所謂隠し子です。私は能力者の家に生まれた能力者でした。今、珍しいって思いました? お姉さんはたぶん、管理者の能力を勘違いしていますよ。まあ、その話はまた後でしましょう。話を続けますね。
私の能力はお父さんには知らされていませんでしたが、お父さんはすぐに気が付きました。なぜなら、私は昔から、相手の考えていることを読んでから会話をしていましたからね。その会話に齟齬が起きるのは想像に難くないでしょう。それに、私はお父さんが昔、殺した少女とそっくりだった。主に後者の方でしょうが、お父さんにとって私は不気味で仕方なかったのです。けれども、管理者の命で私を殺すのは許されなかった。だから、お父さんは私を屋敷の小さな部屋に閉じ込めて、存在を抹消したんです。
ここで私の能力の詳細について説明しておきましょう。私の能力は二つです。一つは目を合わせた相手の思考を読み取ること。そして、もう一つは特定の感情の察知です。一つ目の説明は不要ですね。二つ目について話をしましょう。
本来、私は身の回りにいる全ての人間の感情を知ることができます。しかし、その情報量は私の処理できる量を大幅に超えています。ですから、一連の動作について処理を簡単にするためにルーティーンを付け加えました。
それがこの風車です。お父さんは私が暇を持て余さないようにいろいろなおもちゃやらを定期的に持ってきていたんですけど、それの一つです。この六枚の羽根に私はそれぞれ特定の感情を与えて、上を向いている羽根に対応する感情を察知することができるようにしました。したがって、この羽根を回せば、連続的に、かつそれぞれは別々に処理を行って六つの感情を知ることができます。
長く暇を持て余していた私はこの羽根を回して屋敷の中にいるいろんな人の感情を分析していました。するとまあびっくりするほどこの屋敷には地獄のような感情が渦巻いていました。人生に絶望した人たちの悲しみと諦観やらはのぞき見している私の心を苦しめました。まるで人生相談に付き合って自分も一緒に苦しんでいくかのような、そういう感覚です。
けれど、そんな終焉みたいな世界に一筋の光が差し込みました。
圧倒的な好意のベクトル。それが、どこかに向いている。そして、ただ単純に好きという感情だけで突き動かされている人間はすごく珍しいと私は思います。当然、私の周りにそういう人がいなかっただけとも言えますけど。その正体を私は知りたくなりました。
だから、屋敷が崩壊したとき、私は逃げるのではなく、あなたを探すことを選びました。するとびっくり、その好意は私に向けられていました。そして、そのベクトル元は見目麗しい、私の好みのタイプだったのですよ。これ以上の胸の高鳴りが他にありましょうか。
当然わかっていますよ。その好意のベクトルが私と同じ姿をした過去の人に向けられていることは私も受け入れています。けれども、これは私にとっての輝きなのです。私のしょうもない人生に初めて色がついたのです。私はお姉さんの行く末を見守りたい。私はお姉さんのために生きていきたい。それが、私の望みです。そう、目的はただただお姉さんのために生きたい、それだけです。
「ダメですか」
「……わかった」
レイはノゾミから目を逸らした。そして、嘆息する。自分は甘い人間だ。ただ、かつて自らの愛した少女と同じ姿を取っているからという理由だけで、望みを聞いてしまう。本当に、彼女を思いやるのならば、どこか遠くに置くべきなのだろう。危険な戦いに巻き込んではいけない。
「私のサポート、よろしくね」
レイはノゾミにそう告げた。久しく忘れていた笑顔を作って。
ノゾミはありがとうございます、と言ってから、こう発した。
「で、早速なんですけど、ほぼほぼ確実にお姉さんの能力は上にバレてますよ」
上──おそらく管理者とそれの取り巻きたちのことを言っているのだろう。
「おそらく、お姉さんは管理者の能力を勘違いしていますよ。彼女の能力は能力の創造と付与、またそれの没収です。全ての能力を支配しているわけじゃない。彼女は自らが作り出し、与えた能力だけを支配しているんです。それが、今、支配できていないのが現状ですよね。それなら、当然の帰結として結論を導き出せますよね」
「──管理者の生み出したものではない能力によって支配が上書きされているっていうことか」
レイは実のところ、管理者の存在は噂として聞いただけだ。その存在をその目で確かめたわけではないし、その能力を完璧に把握していたわけではない。ノゾミはおそらく、彼女の父親、スルトからその情報を『読心』を用いて知ったのだろう。となると、その言葉には信憑性がある。
「能力が支配下に置かれている──当然、向こうは世では救世主などと呼ばれている連続殺人鬼が殺した相手の能力を奪う能力を有している予想を立てているでしょう。それが最悪の想定だとしても。ですから、これからは向こうが何かしらの対策を練っている可能性を考慮していかなくてはなりません。今、居場所がわかっている能力者は西都、東都、北都の能力者だけなんでしょう? 南都のスルトがやられた──その事実は必ず、上に対策を講じさせます。そうなると、不利なのは間違いなく、お姉さんですよ」
「……そう」
レイはため息をついた。やたらと全てを見透かしたような話をするのはアイと同じだ。けれども、この少女は今、何かしらの目的をもって話をしているような気がする。その目的というのが本当にレイをおもんばかってのことなのか、それはわからない。こちらだけが覗かれて、向こうの本心は一切、見透かせない。その状況には若干のいら立ちを覚える。
「お姉さん?」
ノゾミは少しうつむいたレイの顔を覗き込んだ。神妙な面持ちをしているレイに対して、ノゾミは笑いかける。
「じゃあ、急がないとね」
レイはそう答えた。
ずるい女だと思った。全てを理解したうえでの話だというのをお互いに理解しているというのに、この行動ができるというのは、それはもうずるいと表現するほかない。
兎にも角にも、ノゾミの言っていることは理解できるし、次にどこの能力者を殺すかは決めなくてはならない。西都の電気を操る能力者トールは、今のレイには重すぎる相手だ。となると、北都の氷使いフリームスルスか、東都の風使いアウストリか。
「北都がいいんじゃないんですか」
そうノゾミが横から口を出す。
「純粋な発想として氷に対して炎は相性がいい。けれども、炎は風に吹き飛ばされてしまうじゃないですか。接近戦をしようにも風を吹かされ続けちゃ何もできませんよ」
「それはそうなんだけど」
「わかりますよ。侵入手段とかを考えているんですよね」
「……なんか──」
「すみません」
話しづらい。普通の人と話す時ですらレイは若干の息苦しさを感じるのに、こちらの言うことを先読みされ続けるのはさらに気持ちが悪い。
「まあ確かに一回りも小さい私がでしゃばることじゃありませんものね。ごめんなさい。なんだか気持ちがはやって」
「……そう」
ただ、なんとなくノゾミが何が言いたいのかを理解したような気がする。
ノゾミの先ほどの発想はもちろん、能力の相性を考えるのはどういう作戦で攻めるにしろ大切なことなのだけれども、ノゾミが先に侵入手段について言及しようとしているのを考えると、どこか力押しをしようとしているように感じる。それは先ほどの会話を考えればそこから導ける。
つまり、こちらの存在を認識し、その対策を講じている相手にとって、今までの印象からして連続殺人鬼はその姿を隠す傾向にあると考えているはずだ。能力者には強大なイメージが世間には強く根付いている。それはレイだってそうだ。それに、連続殺人鬼の能力がわかっても、その正体がレイだということがわからなければ、対策にも限界がある。だが、いずれ来る王都決戦とそのリスクを考えれば、大きく出るという手はある。どだいその姿を隠し続けて殺人を行い続けるなど不可能な話なのだ。なぜなら、スルトが既に勘づいていたように向こうはレイが『操作』の能力を使用できるのをわかっている。
けれども、
「今じゃない」
リスクを背負うにはそれ相応の時というものがある。それがいつごろか、具体的に考えるのは難しいが、少なくとも、リスクを背負わなくても良い時ではないだろう。
未だ、ニュースではハヤト──『転移』の能力者──の死は報じられていない。人付き合いの少なかった彼のことだ。発見は多少遅れるだろう。それに、スルトの死からもまだ数時間しか経っていない。その時間差を利用する。
「なるほど。さすが、お姉さん。すごい思考と思い切った判断ですね」
「わかってるとは思うけど、この作戦、喋らないでね」
次なる標的は北都の支配者フリームスルス。
寒いのは少し嫌だな。レイはため息をついた。