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第一話 バッドエンド

「きれいな目」

 部屋の中に月明かりが差し込み、そう呟くアイの顔を明るく照らしていた。あなたの顔のほうがよっぽど、そう口に出そうとしてレイは少し恥ずかしくなり、頬をその瞳と同じ色に染めた。

 アイはレイの頬を撫で、柔らかくほほ笑む。

 ずるい。

 そうレイは思った。だって、こんなにも美しい少女に、真正面から褒められて、愛を囁かれて、その気にならない人はいない。

 本当は自分はそんな身分の人間じゃない。「能力者」の家に仕える召使。両親もいないレイにとって、そんな役職だけで満足なはずだった。

 それがある日、能力者の娘、アイに見初められた。あまりに美しい彼女の虜になるのにそう時間はかからなかった。だから、こうやって、毎晩、部屋に呼ばれて唇を交わす。

 同じ年の、同じ性別の少女とは思えぬほど、アイからは甘い香りと、暖かな感触がした。

 そんな幸せは長くは続かなかった。

 決して忘れない炭の匂いと、燃え盛る火。焼け落ちていく楽園のその姿は、レイの人生を決定づけた。

 

 少年ハヤトは俯きながら、街を歩いていた。さんさんと照り付ける太陽の光が、彼の足をさらに重くする。もう秋も暮れのはずだが、やけに晴れている。

 かなり賑わっている街だ。それこそ太陽の光にも負けないくらい明るい。そんな街の中で、暗いハヤトの姿を少しだけ気に留める人も中にはいるが、それでも声をかけたりはしなかった。

 背に抱えているかごの中に大量に入っている採れたての野菜をいつもお世話になっているおじさんに渡す。

「また、お前さん、辛気臭い顔しやがって。元気出しなよ」

 おじさんは笑いながらハヤトの肩を叩いた。ハヤトは苦笑いで返す。おじさんからお金を受け取ってハヤトはそそくさとその場を後にする。

 人と関わるのは別に特段苦手というわけではない。けれども、彼の今の気分的にそういうのは気乗りがしなかった。

 ハヤトは能力者である。

 彼の暮らす国、ディアリーには二十人の能力者がいる。いや、いたと言うべきだろうか。

 この国を支配し、そして、大陸最強の大国へと押し上げた英雄たちは、二年前の一人の死をきっかけに、その数を減らし続けていた。通常、能力者が死ねば、同じ能力を持ったものが、新しく生まれる。しかし、この二年間、一人も新しい能力者は生まれていない。

 この事態に、能力者たちはいよいよ本気で対策を講じなくてはならなくなった。その一環で、能力者でも一番若いハヤトは死の危険から遠ざけられるために、僻地へと避難させられた。

 というわけで、彼は一人で、農地を耕しながら暮らしている。親とももう会えない。もちろん、十六という年で、親が恋しいというわけでもないが、一人ぼっちはやっぱり寂しかった。けれども、それだけが、彼の鬱の理由ではなかった。そもそも、寂しいのならば、先程みたいに自分に声をかけてくれる人に、ちゃんと応えればいいだけの話である。だのに、それをしないのは、もう一つの理由の方だった。

 ハヤトが師と仰ぐ男の死である。『召喚(サモンズ)』を扱う男はハヤトを実の弟のように扱い、彼に武術を教えていた。『転移ワープ』を持つハヤトは彼から学べることが多かった。それに、二人は相性が良くて、よく中央政府にいたときも一緒にいた。

 けれど、その男が三か月前に死んだ。

 他殺だ。おそらく、一連の能力者の死に関連している。

 救世主。

 そうやって人々は一連の事件の犯人を呼んでいる。職業、年齢、性別、容貌、そのすべてが全く不明な、連続殺人鬼。既に、六人の能力者が殺された。

 その全員が人智を超越した強大な力を持っているにも関わらず、である。

 それで、能力者たちの圧政に苦しんでいた人々は、その殺人鬼を神の使いだと信じた。当然、全員が全員そう思っているわけではないだろうが、当の能力者であるハヤトは、自分たちが殺されて当たり前の存在のように思われていることが気に食わない。それと同時に、自らの兄のように慕っていた相手を殺されているのである。

 しかし、ハヤトの戦闘能力は高くない。だから、自分は救世主と呼ばれるものを殺しに行けない。そんな自分の不甲斐なさにも腹が立ってしょうがなかった。

 だから、こうやって、細々と一般人のふりをして生きていかなければならない。本当は手に入れるはずだった豪華な暮らしを捨てて。

 ハヤトは重い荷物を背負いながら、ここで能力を使用すれば、すぐに家に帰れるのになあなんて考える。けれども、ここは衆人環境だから、自分が能力者だと他の人にバレてしまう。その香りを嗅ぎつけた殺人鬼に追われたくはない。

 せっかくの能力なのに。

 なんて思いながら、彼は街の角を曲がり、少しずつ、人の少ない帰り道へと入っていく。そして、その目の前。

 足から血を流した女が倒れていた。

「大丈夫ですか」

 ハヤトは咄嗟に声をかける。

「あっ……」

 小さくそう声を漏らした女が頭を上げた。真っ赤な瞳が、ハヤトの目を射抜いた。


 ハヤトは女に肩を貸して、家に連れ帰った。家にはちゃんと怪我用の治療キットがそろっていて、それを女に施す。

「……こんなことまで、ありがとうございます」

「いえ」

 ハヤトは女と目を合わせていられなくて、目を逸らした。

 彼に女性経験はない。ゆえに、ひどく緊張していた。それでも、見過ごさなかったのは彼の善性ゆえか。

 ハヤトは席を立ち、何かお茶でも入れなければと棚を探すが、そんなものはない。

「み、水でいいですか」

 ハヤトはそう尋ねる。女はこくりと頷いた。

 しかし、本当に美しい女性だ。身長は少し高く、ハヤトとそん色ない。体は引き締まっていて、少し心配になるほどだ。けれど、先ほど一緒に歩いた時には少しだけ重く感じた。そんなふうには見えない。筋肉がかなりついているのだろうか。

 髪は黒く、肌と同様に非常に美しい状態を保っている。あまりそういう環境に身を置いているようには見えないので、これは生まれつきのものだろう。

 ハヤトは水をコップに入れて、女の前に置いた。

「もう、大丈夫そうですか」

 そう聞くと、女は「はい」と短く答えた。はっきり言って、そんなふうには見えない。というのも、彼女の足の傷跡は剣で斬られた際にできるものだ。当然、気になる。

「その傷、どうしたんですか」

「えっと……私、食べ物に困ってて、それで……」

 気まずそうに女は言う。食べ物を盗んで、ああいう風に傷つけられたということだろう。確かに、この国は貧しい人は本当に貧しい。しかも、食べ物に困っている人はそんなに少なくないだろう。上位の者が富を貪る構造だからだ。実際、ハヤトはこんな風に、外に出てみなければ、実情がわからなかった。

「何か、食べます?」

「い、いえ、大丈夫です」

「僕、農家しているんで、食べ物なら結構ありますよ。なんなら、うちにしばらくいてもいいですけど」

「本当ですか?」

 女は少し目を輝かせた。それがハヤトには嬉しかった。

「嬉しいな」

 女はそう呟いて、立ち上がった。

「あ、そんな無理しないで──」

 そうハヤトが女の傍に駆け寄って、肩を抱いた時、

召喚(サモンズ)

 女の真っ赤な瞳が、ハヤトを見つめていた。


 突如として女の手元に出現した大剣はハヤトの心臓をまっすぐ貫いていた。

 薄れゆく意識の中、ハルトは考える。

 『召喚(サモンズ)』の能力は死んだハヤトの師の能力だ。任意の物質を異空間に仕舞い込んだり、その場に出現させたりすることができる力。それをなぜ、目の前の女が。

 その答えをハヤトは導き出せない。

 ただ、一つだけわかることがある。

 目の前の女が、連続殺人鬼の正体。

「く──」

 悪態をつくこともままならないまま、ハヤトの意識は消えて行った。


 剣を引き抜くと、血が噴き出し、女──レイの服が真っ赤に染まった。

 それにレイはため息をつき、物言わぬ死体に声をかける。

「ごめんなさい」

 外はもう陽が落ちかけていた。暗くなると、いよいよこの周辺は目が利かない。その中で、この家を出入りする人間のことなど、誰も気が付かないだろう。

 レイは黒いコートを羽織り、家の外に出た。

 

 この国には二十人の能力者がいた。そして、今は、十四人。七人の能力者が殺され、新たに一人の能力者が発生した。

 六年前のことである。

 夢を見た。突如として手にした能力を使い、『回帰(クロノス)』を手に入れ、アイの生きていたころへと時を戻し、焼死という運命から逃れさせ、二人で幸せに暮らす。そういう夢を見て、目覚めたその日、レイは自らにその夢で見た能力が宿っていることを感じた。

 『奪取(シーフ)』──殺した相手の能力を奪う能力。それが、レイの手にした能力である。

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