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9 ハッピーエンドの共犯者

 さて、あんなことをしでかして暫くして。

 私は普段通りの生活を送っていた。 夜も更けて今日の営業時間も終わり。片付けが終わったらささっと寝よう。昼夜逆転気味なのは仕事柄しかたがない。


「メアリーさんが来てお客さんも増えたっすよねー」

「あの人、調度品からお酒に食材まで目利きは確かだからね」

「まさか常連さんと一緒に仕事するとはビックリすよ。あの見た目だし、店に立ったらもっとお客さん増えるのに」


 皿洗いを終えてロイズ君は帰り支度をしている。私はと言うと、ボトルの確認だ。


「ロイズ君にも春?」

「違いますって! ただでさえ他のお客さんから睨まれてるのに。若造が美人に挟まれやがってなんて」


 相変わらず口がうまい。そのままロイズ君は「お疲れした!」と足早に店を出て行った。


 ロイズ君の言うメアリーさん、もとい常連さんとはメアリスの偽名だ。

 懸念通り理想の物語(ドリーム・リーダー)が解けかけていたようで、ロイズ君はしっかりとメアリスを認識していた。

 ただ認識阻害魔法のお陰で怪物だとか話していた内容までは深く理解していないようだけど。流石に会話の内容を聞かれて居たらまずかったので冷や汗をかいた。


 あれから三ヶ月。

 メアリスはこの店に住みつつ働いている。私の隣の物置部屋を綺麗にして使っていてルームシェアのようなものだ。仕事内容はもっぱら出納帳の管理と酒の買い付けである。

 流石に一代で商人として成り上がれるだけあって完璧な帳簿付けだった。

 ここのオーナーもメアリスが住む際には驚きながらも快く許可をくれた。今ではちょっとした茶飲み友達のようになっているのだとか。


「よく生きてたな……」


 窓から飛び降りた時は死ぬかと思った。気持ち悪い浮遊感の後、目をやった先に手足があって本当に安心したものだ。五体満足って素晴らしい。

 あんな不安感はもう二度とごめんだ。


 転移魔法なんてぶっつけ本番で成功できるかもわからない魔法を使ったメアリスだったが、勝算はあったようで。いつも彼女が来店する際に転移基点を設置していたのだとか。

 要は目印だ。前世のゲームではワールドマップに座標が表示されていたから、それと似たようなものだと思う。

 メアリーと言う名前も店の前でばったりと会ったロイズ君に追われている“アリフェル”の名前を使う訳にはいかず咄嗟に出たものだ。メアリスだからメアリーと、単純にもじっただけのもの。以外にもまんざらではなかったようでメアリス自身も今はそう名乗っていた。


 で、あれだけ追われていたのに現在平穏な生活が出来ているのもメアリスのお陰だったりする。


『このままじゃ国をあげて追いかけっこがはじまったりしません?』

『なるでしょうね……いいわ、私の為でもあるし』


 なんて会話の後、メアリスが分厚い革の装丁本を取り出した。彼女が制約(スキル)を行使する際に使うものだ。

 この本に設定を書き込むと制約(スキル)が発動するのだという。

 本そのものがメアリス自身である為、破壊されるとそれなりのダメージを負ってしまうので戦闘中は書き込めないようだ。確かに言われてみると戦闘中に書き込む余裕なんてあるわけがない。


 それで書き込まれた設定はこうだ。“転移魔法に失敗して元公爵令嬢と成り代わっていた怪物は死体も残らず消滅した”と。

 無理矢理すぎて矛盾していると思ったけれど違うらしい。矛盾に気を付けなければならないのは誰かに成り代わるような辻褄合わせが必要なものであって、今回のように単純であればあるほど矛盾なくやりやすいそうだ。


 メアリスの制約(スキル)が綻んで主人公(リリサ)達に正体バレをしたのだって矛盾が原因だった。矛盾の原因はズバリ印刷技術の進歩である。

 私の少女時代に描かれた肖像画が発端だった。現在のコピー機のような魔法が開発されてしまって、その肖像画のコピーがとられてしまったのだ。

 そして縮小コピーされた肖像画が紙へと映されブロマイドのような形で複製・量産され、貴族や民衆など多くの人間の目に触れ――


 この公爵令嬢“アリフェル・マリナ・オルテニア・アルファルド”の姿絵とチェフル貿易のアリフェル・オルテニア、別人では?


 といった疑念を抱かれて。その疑念がじわじわと広がっていったのだそうだ。

 最終的に悪役令嬢を知るリリサの元にまで渡って制約(スキル)が解けてしまったらしい。

 怪物であるメアリスが細心の注意を払っていても人間のちょっとした技術で崩れてしまうのだから何が起こるのかわからないものだ。

 

 余談として、国やチェフル貿商も怪物に踊らされていたという失態の隠蔽をしている。その為に民衆が今回の顛末を知る事はない。

 だから主要な人間だけしか真実は知らないし、その人間たちも怪物は死んだと思っている。


「君、まだ働いていたの?」

「もうそろそろ寝ますよ。それはそうとこんな時間にどうしたんです?」


 灯りが未だについていて気になっただけだと流れるようにメアリスは寝酒に手を出す。どうやら目が覚めて酒を漁りに来たらしい。それ、商品なんだけど……

 まぁ、昨日は割安で年代物を取り付けてくれたから一本ぐらい開けてもいいか。洗ったばかりの食器から取り出したグラスに私も酒を注いでいく。

 夜型の私と違ってメアリスは寝ている時間帯だ。自営業だけあって彼女も常人の生活習慣を送っていないが。


「こんな生活もいいでしょう」

「まぁ、貧相だけど悪くはないじゃないの」

「豪華絢爛な商会代表の生活と同じにしないでください」


 ぐびぐびとメアリスは相変わらず酒を水のように煽る。もう少し勿体つけてもいいのに。


「あなたが魔鉱石を売り捌いてくれたおかげで、物価高ですよ」


「予定ではこれを皮切りに暴動でも扇動しようと思ってのよ。で、その後にこの悪役令嬢の成り上がり物語は終わらせはずだったの。まさか自分に皺寄せが来るなんて思う訳ないじゃないの」


  国を内側から瓦解させてついでにうちの国まで巻き込んで崩壊させて。最後にはトンズラを決め込もうとしていたというまさに悪役思考である。

 けれども――


「そんなこと言って、魔鉱石を少数派に売ってたのは理不尽に切り捨てられて、忘れられるような人達が嫌だったんじゃないですか」

「はぁ? 実はいい人かもしれないってオチはないわよ」

 

 いかに早く内戦を終結させて美味いところを取るか。漁夫の利を狙いにかかっている国のお偉いさん方に一泡吹かせてやりたかったのだと笑っている。彼女いわく嫌がらせ根性。

 戦争特需と復興支援の名目で食料とかいろいろ国が主体になって売ろうとしていたらしいから、その嫌がらせはおおよそ成功している。正体バレなんてして自分にまでダメージがきているけど。


 それでも結果として救われた人間がいる。本来ならば、大多数の為の生贄として切り捨てられて忘れられた者たちだ。褒められた行為ではないといえ彼女によって生きながらえた者もいるのだろう。きっと怪物の嫌がらせで救われた者がいるのだ。


「ええ、いい人じゃなくてもいいんですよ」

「……そう。そもそもヒトじゃないのだけれど」

「見た目が人間で人間らしい生活を送ってるんですからもう人では……?」

「やめなさいよ、そういうの。混乱してきたじゃないの」


 だから万事解決、で済む訳が無いのもわかっている。

 メアリスが何もし無ければ少数の犠牲者だけで終わったような戦いだった。それだけではない。彼女が今までにしてきた事は到底許されないだろう。

 数えるのが億劫になる程の多くの人間を悲しませ、人生を狂わせてきたのだ。彼女の言う通り、実はいい人だというオチがつく筈もない。


 ただ、その上で感謝をしている者もいるのだ。

 どうしようもないバッドエンドから救われた私のように。


「まだハッピーエンドは思い描けませんか?」

「そうね。いつまで続くのかしら、これ」

「こういうのはどうですか。私が死んだ時にハッピーエンド(完結)を迎える物語にしましょうよ」


 何言ってるんだこいつ、なんて胡乱な目をメアリスは向けてくる。名案だと思ったんだけどな。


「いろいろあって元悪役令嬢の人間と暮らす怪物の物語、やりましょう。私、あなたがしたこと全部死ぬまで覚えてますから」

「なによそれ」


 メアリスが恐れているのは誰の記憶にも残らないことだ。

 だからこそ忘れられる前に他人の大切なものをめちゃくちゃにして、怪物という恐怖を利用して人々の記憶に残ろうとしたのだ。

 完結しているインパクトのある物語だなんていって。


「誰が忘れても私だけは忘れません。だから、誰かに成り代わるんじゃなくてひとつぐらいあなた自身の物語があってもいいじゃないですか」


 お互いの開いたグラスに酒を継ぎ足す。飲まなきゃ言ってられないのだ。こんな臭いセリフ。

 そんな内心を知ってか知らずかメアリスは目を瞑り――困ったように頬を緩めた。


「合作といきましょう。ハッピーエンドは君が描くものを待っているわ」

「任せてくださいよ。途中でバッドエンドへ逸れそうになったらサポートよろしくお願いしますね」

「どうなっても知らないわよ」


 魔法的な効果なんて何もない契約の成立だ。このぐらい緩くてもいいだろう。

 ボトルに残った最後の酒をグラスに注いで飲み干す。「あっ」と咎める声がしたけど全体的な割合で言うとメアリスの方が多く飲んでいるというのに。


「私はもう寝ますね」


 いい加減眠い。今日は惰眠を貪る予定なのだ。

 店から居住区へと向かおうとしたとき、「ありがとう」と聞こえた気がした。ぼぅっとしている頭で確かとは言えないが。


 この特別ではない毎日がとても楽しい。明日もずっと続けばいいと夢を見る。

 いつまで経っても夢は見ていたいものなのだ。

 いつ物語の主人公のような()()()()()が私たちを糾弾するかは分からないけど、それまではハッピーエンドを続けよう。

 だって私は、酒好きで意外と真面目な魔女の共犯者なんだから。

ちょっとした隙間時間に読めるお話を目指しました。


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