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7 同窓会と魔女裁判

 今日は店を臨時休業した。

 だって、10年ぶりの同窓会に行くんだから。相応しいドレスなんてないけど、出来るだけ小奇麗な服を選ぶ。勝負服というやつだ。

 いろいろと考え込んでいるうちにだんだん腹が立ってきたのだ。搔き乱されている自分と、ハッピーエンドを最初から諦めきっている魔女(怪物)に。


 同窓会といえどもその二次会は関係者であれば簡単に出入りが出来た。以前メアリスから貰ったチェフル貿易の名刺がパス代わりとなったのだ。

 今の私はこの会場に酒を卸しにきた商人である。とはいえ今は大多数に紛れて場を見守るばかりなんだけど。後ろの方、その他大勢の中にこっそりと紛れ込んでいるからメアリスも私が居るなんて思ってもみないだろう。


 豪華絢爛としたパーティー会場は今、華やかさとはかけ離れた剣呑とした空気を纏っている。事態の中心の外にいる者たちは口を開く事さえ出来ない。ただ当事者達へと疑懼の念を抱くばかりだ。だって突然楽しいパーティが終わったんだから。

 和やかな会場を断ち切った黒髪の青年が口を開く。間違いない彼がDLCキャラであるミランス・シャル・リグレアだ。

 商業を中心として発展した貴族の家柄に生まれた青年で、リリサのサポート役。


「皆様方にご清聴願いますはそこのチェフル貿商代表オルテニア殿についてです」


 群衆の目が一斉にメアリスを取り囲む。彼女の呼び名は()()()()()()()()()だ。となるとまだ制約(スキル)は解けていないのだろう。つい心配できてしまったけど、このまま杞憂に終わればいい。


「せっかくの商談の場ですのにいかがなさいました? この空気だと実るものも実りませんわよ」


 ぐるりと不躾な視線が寄せられているのにメアリスは全く意に介さず、普段通りだ。

 流石の魔女、余裕綽綽な様子である。どこまでも大企業の社長、なんて物語の悪役にありがちなポジションが似合っていた。


「この場だからこそです」


 そこへまた一人、彼女の前に立つ。

 亜麻色の艶やかな髪。凛とした声の持ち主はこの世界の主人公であるリリサだ。

 学生時代から時は流れ、あどけない少女は可愛らしさを残しながらも背筋の伸びた妙齢の女性となっていた。


「あら? お久しぶりですね、リリサ様。最後に会ったのは私が学園を退学した際ですし……10年前でしょうか」

「それはっ」

「ふふ、今日の同窓会にはただの商人として来ていますの。どの面下げて、だなんて冷たいことは仰らないで」


 それでか。メアリスが二次会から参加していたのは。私はアルヴィース学園を退学しているんだから当然と言えば当然か。

 この同窓会には商会の従業員の名前を使ってメアリスも潜り込んでいるらしいし。まさか彼女の部下のひとりに同級生がいたなんて思わなかった。

 魔法科に騎士科、そして商業学科と様々な学科があるから顔さえ知らない同級生も大勢居るのだ。


「あなたは――」


 リリサが何かを言いかけるがミランスが制す。はっとした様子のリリサは口を噤んだ。

 代わりにミランスがメアリスの前に立つ。事の次第を彼に任せるようだ。


「オルテニア殿、貴方はかねてよりかねてより輸入禁止品目を買い付けていましたよね。水妖の綿花といえば覚えがあるはずです」

「人聞きの悪いことを。私が輸入したものは水妖の綿花、その種子ですわ。種子に関しては合法ですもの」


 あ、それ私が教えた金策だ。火トカゲが大繁殖して暴れまわるって知識があったから冒険者たちに防具の素材となる水妖の綿花が売れまくると教えたのだ。

 綿花そのものは輸入が規制されているんだけど種子なら合法的に輸入が出来るから大丈夫だと。実際時間はかかっても種子から育て上げる知識を持つ人間はそれなりに居るから大変美味しい商売となったらしい。


「そのせいでどれほど綿花の群生地が荒らされたと……!」

「私はあくまでも買い上げただけ、そこを勘違いなさらないよう。事実、多くの冒険者の皆様の命が救われたでしょう」


 くすりと嗤うメアリス。非常に悪役ムーブが似合っている。

 短期間で売れるだけ売り捌けたらいいメアリスにとって環境問題なんて知ったこっちゃ無い問題だ。合法的に商売をしているようでなにより。


「では、こちらどのような言い分をしますか。貴女は魔鉱石の輸出を東アシュールのモント派へと行っていますね」


 魔鉱石、の一言にざわめきが広がった。魔鉱石は加工が必要とは言え強力な兵器へと軍事利用できるからだ。この国では武器の輸出を禁じているから、武器となる魔鉱石も輸出が禁じられている。

 それだけじゃない。東アシュールといえば隣国の激しい紛争地帯だ。王国軍の勝利によってそろそろ内戦も終わるだろう、だなんて言われていたのに。

 魔鉱石なんて輸出すると終わるものも終わらなくなる。いくら利益重視のメアリスといえども目先の利益を優先するなんてらしくない。


「証拠は?」

「僕たちは実際に東アシュールへと行きました。あくまでも民間人への食料支援の為です。けれども、そこではいつまで経っても紛争が終わらない。それどころか激化するばかりでした」


 ぽつりぽつりと語られる戦地の状況にメアリスを見る周りの目が険しくなっていく。彼女には怪しさたっぷり平民女を虐め抜いていた元公爵令嬢というレッテルが既に貼られている。

 この場はミランスの独壇場だった。なによりも人望集まるリリサの存在。利益重視の悪徳大企業と大勢の為に頑張る商人とじゃそもそも信頼が違う。

 メアリスに同行していた部下さえも不信感を募らせた瞳をしていた。


「証拠もない与太話はやめて頂けませんか? 私を蹴落としたいのでしょうか」

「今回の事はチェフル貿易商ではなく貴方個人の独断なのではないですか。アシュールの港へ停めてあった貨物船――リンベル号の名義が貴方だったからです」

「チェフル貿易のものならともかく私自身は船を持っていませんもの。暴論ですわ」


 正直に言って、メアリスよりもミランスの言い分が正しいのだと思う。長い付き合い、いや、原作知識があるからこそわかる。

 息をするように虚辞を重ねるのが悪役としての魔女様の在り方なのだ。原作でも様々な証拠をかき集めて悪辣な魔女の正体を明らかにするようなシナリオだった。


「証拠――いえ、証言ならあります。船の名義こそは別人ですが、それは貴方の偽名だと」

「証言?」


 そうだ。こんなふうに。

 前へと出たのはメアリスが連れていた部下のひとり。俯き、申し訳無さそうにしながらもはっきりと断言した。


「……はい。確かに東アシュールで魔鉱石を積んでいた貨物船リンベル号はアリフェルさんが所持しているものです」


 おまけに「何度か自分も付き添いましたから間違いありません」とトドメを刺した。

 部下の裏切りとも言える行為に思い当たるところでもあったのかメアリスは取り乱さなかった。


「どうりでチェフルの羽振りが良かったわけだ――」「やはりオルテニアの奸婦は」

「かつて社交界を追放されたというのに面の皮の厚い」


 ざわざわとよどめきが広がる。散々な言われようだ。かつての私のことじゃなくて全てメアリスの評価だと思いたい。

 元からチェフル貿易というよりもメアリスには黒い噂が蔓延していた。彼女の言い分を信じる者はどれだけいる事か。おそらく、この場において彼女の味方はいない。


「リグレア殿は先ほど私が紛争地の少数派に魔鉱石を売ったといいましたけどもおかしいと思いませんか?」


 ため息をひとつ、メアリスが口を開いた。


「モント派なんて王国軍にどうせ淘汰されるのです。そんな詰んでいる――こほん、将来性の無い者相手に商いをするほど私は愚かでありませんわ」

「貴様! 学園時代の悪行に懲りなかったのか!」


 叫んだのはソルテ殿下の傍らに控える騎士、レオル様である。彼もゲームでは攻略キャラだったな。というよりも、彼のルートのラスボスこそがメアリスだった。

 憤るレオル様であったがソルテ殿下が目配せするとすぐに引き下がった。伊達に直属の衛士をしてはいないらしい。

 私の元婚約様ことソルテ殿下は次期国王となる身、さすがと言うべきかそれぞれの言葉をしっかりと聞いている。

 まだ口は出さないつもりらしい。静かにメアリスの言葉を待っている。


「私はこの国で商いをする身、不利益被ることはいたしませんわ。ましてや目先の利など。ええ、長期的な利益が見込めない以上は全て無益ですもの」


 一切つかえることなく言い切った。よくもまぁ口が回ると関心する。

 それでいて白々しさなどを感じさせないのだからもう名女優の域だ。本性を知っている私でさえメアリスがただの善良な商人に見えてくるのだから感心するしかない。


「あなたは、そんな利益で動いていません」


 観衆達がメアリスへ傾きそうになった瞬間、会場内によく通る声が響いた。声の主はリリサだった。

 昔は気にもとめなかったけれど、やはり彼女は聡明なのだ。


「社会的な利益なんかであなたは動いてなんかいません。だって、そんなものはどうでもいいヒトだから」

「何が言いたいのかしら……?」


 初めてメアリスの表情が動いた。

 怪訝なメアリスを前にリリサは瞳を瞑り、語る。


「10年前、アルヴィース学園に在籍していた頃。私に嫌がらせをした人がいました」

「えぇ、あのときは本当にごめんなさい。誤って許されるものではありませんけど」


 あくまでも申し訳なさそうに、自然に魔女(メアリス)は謝る。


「あなたじゃないです」

「何を言っているのでしょう」

「その人はあなたじゃありません。あなたはさっき私に10年振りだといいました。でも、私はあなたに会った事なんてありません!」


 誰もが唖然とする。ソルテ殿下の口が「やはり」と形作った。この呟きを聞き取れた者が何人いるだろう。

 始めてメアリスの顔に焦燥が見えた。


「私は、」


 もう、こうなれば全てが崩れていくのみ。ここからは主人公(リリサ)の最大の魅せ場なのだから。

 きっとメアリスだってこんなはずじゃなかったんだろう。こんな途中で物語を終わらせる気なんて無かったはずだ。

 

「だってあなたは、あなたの正体は。怪物――」


 ずっと被り続けた仮面が剥がれていく。魔女の顔に余裕なんて欠片も残っていない。

 どうあがいても行き詰まり。少なくともメアリスにとってはバッドエンドだ。

 最後の一押し。リリサが続けようとした名前。


 もう見て居られなかった。

 元からどうやって、なにをしよう、だなんて何も考えて居なかったのだ。つまりは行き当たりばったり。


「ちょっと待った!」


 声を張り上げ、私は彼女たちの間に割り込む。

 突然の闖入者にリリサだけではなく、誰しもが驚愕に満ちた顔をしていた。もちろんメアリスだって。

 ああ、これから本当にどうしようか。

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