6 画面越しとカウンター越し
最後に来店してからメアリスはまだ来ていない。明日は例の同窓会。
彼女の能力は強力だ。だから誰しもが平民を虐め倒していた性悪女アリフェル・マリナ・オルテニア・アルファルドだと認識している。
だから本人が言うように大丈夫なのだろうけど、どうしても不安がぬぐい切れないでいた。
いったい私は何がしたいんだろう。彼女とは対等に取引をしたのであって、その後にどうなろうが知ったこっちゃないはずなのに。
どう動けないいかわからないのだから今から何をしても変わらない。
昼過ぎ、夕方の開店作業に向けて食材の下ごしらえをしていく。
裂きイカの天ぷらとマヨネーズが今日のおすすめメニューだ。頼まれたらすぐに出せるよう裂きイカを小分けにしていくだけの作業。
あとはキャベツを細かく刻んでおく。スピードメニューの一品として使い勝手がいいのだ。
私は今のこういった日常が幸せだと感じている。ここが私のハッピーエンドだ。
メアリスのことを考えている暇があったら店のメニューを考えている方がずっといい。それに明日はロイズ君の給料日だ。まずは店を第一に考えないと。
――本当に?
彼女が仕事をしている姿を一度だけ見たことがある。市場への買い出しに行った際、偶然見かけたのだ。
商品の品定め、もとい交渉をしていたメアリス。まるで普通の人間のように楽しそうに。そのときの姿は部下からも慕われて取引先とも悪くない関係だったように見えた。
私が帰る頃には商談が成立していたようで、人知れずほっと息を吐いていた。その後、私が見ていたことに気が付いて随分と拗ねてしまったけど。
「どこまでが趣味の延長なんだか」
人が泣き叫ぶ姿を見て笑う様は悪趣味の一言に尽きる。そうなるまで本人がこつこつと積み上げていくのだからどうしようもない。
暫く魔女メアリスと交流を以て感じた印象は、少なくともこの世界に伝わる昔話の中で出てくるような恐ろしい魔女ではなかった。そしてゲームという画面越しで見ていた倒すべき怪物でもない。
カウンター越しに居るただの客だ。仕事の愚痴やちょっとした出来事を零すメアリスは人間らしい。
ひとつ、人間とは違うと言えるものは姿形、在り方が一切変わらないぐらいだ。10年も経てばちょっとぐらい変わってもいいはずなのに一切変わっていない。
濃い化粧で覆い隠した美女といったメアリスだが、すっぴんは少女のような顔立ちなのである。なんで知ってるかといえば、土砂降りの雨の日に化粧が落ちていたからだ。
機会があればその化粧技術を習いたい程に美しく隠している。
「ちわーす!」
「こんにちは、だよ。ロイズ君」
あれやこれやと考えているとロイズ君が出勤してきた。いつにもまして砕けた口調に注意しておく。
ここで上下関係を口うるさく言うつもりはないんだけど将来他の所で働いたら困るのはロイズ君自身だ。偶には心を鬼にして年長っぽいことを言っておかないと。
ロイズ君との出会いなんて酷いものだった。まだ子どもとも言える彼によってスリ被害にあったのだ。
そこはまぁ腐っても魔法を学んでいた元悪役令嬢の私。探索魔法やらいろいろ駆使して現行犯で縛り上げたのだ。
その後は舎弟みたく付いてくるようになり、お小遣い程度で仕事を任せていた彼を成長してからはバイトとして雇ってこき使っている訳である。
当時10歳過ぎの子どもだった彼が成人一歩手前にまでなっているんだから、時の流れは案外早いものだ。
「そういえば銀髪美人の常連さん居るじゃないっすか」
「あー、うん」
銀髪美人の常連さんと言えばメアリスぐらいしか居ない。普段は認識阻害魔法を使っているようだけど、銀髪とか美人といった簡単な情報は認識阻害を貫通するのだろうか。
風景の一部のように気にならなくする魔法らしいけど。
「あの人、チェフル貿易の代表やってるアリフェルさんってマジっすか」
大事になりたくないのと話を聞かれたくないから認識阻害を使っているだけらしいから一応言ってもいいかと肯定する。
するとロイズ君は有名人に会ったかのように興奮していた。まぁ有名人っちゃ有名人だし間違いでは無いのかもしれない。
「こんな居酒屋に元貴族で大商会の代表が来るって凄くないっすか!?」
「こんなとは失礼な」
「あっすいません!」
確かに小さな居酒屋だけど。先代から任された大切なお店だ。
しっかりと絞めておく。二人で切り盛りしてるようなものだからそう言いたくなるのはわかるんだけどね。
「アリフェルさんってずっと店長みたいな金髪だと思ってたんすけどイメチェンしたんですかね? 高いけど最近じゃ色変え魔法も流行ってますし」
「どうしてあの人が金髪だと?」
「え、公爵令嬢時代の姿絵が出回ってますよ。金髪美人で、あれ? あんな顔立ちだっけ……」
「ロイズ君!」
混乱している様子のロイズ君の方を掴む。瞳が何処かを彷徨っているようで心配になったのだ。
名前を呼んで軽く揺すると瞳に正気が戻ってよかった。ほっと息をつく。
「そういえば、アリフェルさんの姿絵ってどちらかっていうと店長に似てるような?」
「そ、そうかな」
「まぁ絵と実物じゃ印象って変わるもんですよね! どっちも美人なんですけど。あ、店長ももちろん!」
「褒めても何も出ないよ」
どういうことだろう。認識阻害が解けかかっている?
公爵令嬢時代の姿絵といえば私を描いたものだと思うんだけど。それが今になって出回っているとは思わなかった。
なんでも、画商がどこぞの貴族から買い上げた絵の中に混じっていたらしい。それが最近技術と魔法の結晶としてブロマイドのように刷られ話題になっていたのだと。
おかしい。メアリスの制約“理想の物語”によって認識そのものがすり替わっているはずなのに。
誰もがメアリスを見たところで銀髪の女だと認識しないのだ。視覚では銀髪の女だと思っても、思考の中で金髪の元公爵令嬢だと認識が変わる。例外は共犯者である私だけ。
全世界の全ての人間に適応させるというふざけた能力なのに。
「でもやっぱ店長って頭いいんすね。常連さんといっつも何話してるのか俺には全くわかんねぇから」
常の会話は認識阻害魔法がかかっているらしい。もしかしたら、ただただロイズ君が理解していない可能性もある。とりあえず今はその可能性を切り捨てるとして。
となると、汎用的な認識阻害魔法自体はかかっている。綻んでいるのはメアリスの制約である完全催眠の方か?
この前の死亡フラグのような発言といい頭が痛い。頭痛で頭がめちゃくちゃに痛いというような状況。誤用だろうがいいだろう。
それぐらい本当にどうしたらいいのかわからなくなっていた。別にメアリスとの関係なんて契約が施行された以上はただの客と店員でしかない。
――本当にそれだけ?
「店長? どうしたんすか、そんな顔して」
「どんな顔してた?」
「酔っ払いが店のグラス片っ端から叩き割ったから締め上げてた時と同じ顔」
どんな顔なんだろう、それ。あの時は穏便に酔いを醒まして弁償していただいたからそんなに怖い顔はしていないと思う。
でも彼から見てよほど酷い顔をしていたのだ。
「ちょっと考え事をしてたからかな」
嫌な考えがずっと離れない。
前世で遊んでいたゲームにおいて、怪物は人知を超えた上位存在として描写されている。それは漫画版においても変わらない。
だからこそ怪物は人間の英雄によって倒される。
相性ゲーなんて言葉があるけど、その言葉に当て嵌めるとメアリスは主人公たちとの相性がすこぶる悪い。
だって原作ゲームでもルートによってはラスボスとして君臨し、主人公リリサとそのお相手によって殺される魔女なのだ。彼女が同窓会で討たれるとしたらある意味で原作準拠になるのかもしれない。
商会モードは数年単位でストーリーが進んでいく。その10年の節目。ミランスルートの話を私は知らないが、メアリスにとってはろくな結末にならないだろう。
――ああ、もう。
「ロイズ君、明日は有給にしておくので来なくて大丈夫だよ。お給料も今日のうちに渡しておくね」
「マジで!? やったー! でもなんで……」
素直に喜びながら疑問を口にするロイズ君。案外、このぐらいの素直さで生きた方が楽しいのかもしれない。
ちょっとばかりそんな彼を見習おう。
「同窓会に参加してくるから」
だから、自分の感情に素直に。まだどうしたらいいかよくわかってはいない。
それでも動かずには居られなかった。