5 悪役と死亡フラグ
最後に魔女メアリスが来店して三カ月ほど。今までを考えるとかなり間隔が空いた来店だ。
「今日はビールに合うものをお願い」
「鶏モモ肉のポン酢焼きなんてどうです?」
「それでいいわ」
今日はやけに上機嫌だった。機嫌がいい時はお高いボトルよりも魔法で冷たく冷やされたビールを飲めるだけ飲むのが常だ。
なんでも仕事終わりの至上の一杯はビールに限るのだとか。
ともかく鶏肉が焼けるまではと枝豆を置いておく。絶世の美女と枝豆、変な組み合わせなのにしっくりくるのが不思議だ。
「仕事が上手くいったようでなによりです」
「ええ、おかげさまでね。冒険者を大量に雇ってくるような人海戦術、リグレア商会には出来ないもの」
虹シロップを大量に採取し、固形シロップへと加工したものが国中でブームとなっているのだ。光に反射するとうっすら虹のような色が出る琥珀色の美しさ、そして長期保存も出来て味も甘みが強いと評判がいい。
貴族にしかまだ売り出されていないから、庶民はまだ噂に聞く程度だけど。情報提供のお礼としてメアリスから贈られたそれを私はウイスキーに入れてちびちびと飲んでいた。
「それにしてもリグレア商会のリリサは置いておいてミランスだとか言う男、なんなのかしら」
「なんなのといいますと?」
「私の動きを先読みするように邪魔してくるのよ。虹シロップだって利権を取るのに時間との勝負だったからかなりの初期投資が必要だったもの」
リグレア商会はリリサが運営する商会だ。それともうひとり、ミランスという男性に私は聞き覚えがあった。
「ミランスってミランス・シャル・リグレアですよね。その人、一応原作キャラですよ。DLCに登場するんですけど」
「でぃえるしー?」
「物語を更に拡張させた別売りの物語のことです」
DLC――ダウンロードコンテンツといわれるもので、追加のシナリオやゲームが遊べると言ったものだ。ゲームではその呼び名だがTRPGでいうとサプリメントのようなものだろうか。
……待てよ。となるとこの世界の前提が変わってくるかもしれない。
「あの、ずっと私はこの世界を乙女ゲームのその後の世界だと思っていたんですけど」
「乙女ゲームって君の話を聞いた限りだと不特定多数の男を落として遊ぶもののことよね」
「言い方……まぁそうなんですけど。話を戻すと、乙女ゲームを前提としてDLCでミランスってキャラを選ぶと商会モードになるんですよ」
一応乙女ゲームのはずなんだけど。ミランスを選ぶと運営シミュレーションゲームに早変わり。
「商会モード?」
「商会を運営して発展させることを目的としたゲームになります」
商会を発展させながらミランスと結ばれるように頑張っていくストーリーとなるのだ。生憎と私はDLCを遊ぶ前に死んでしまったので概要ぐらいしかわからないんだけど。
「これはあくまでも考察ですよ」
「勿体ぶらないで言いなさい」
「貴方、多少あくどいことにも手を染めて武器商人したり小さな商会を潰したり吸収合併してきましたよね」
ええ、とメアリスは肯定する。考察といいながらも間違ってないんじゃないかな。
そんな予感がする。
「それで今は貿易を中心とする大商会。それって、リリサを主人公とした物語のラスボスに相応しいと思いませんか」
「確かに物語の敵としては申し分ないじゃないの」
悪役令嬢に成り代わった魔女だなんて悪役としての要素が揃いすぎている。尚且つリグレア商会とは互いに邪魔をしあっているような関係なのだ。
しかもリグレア商会は利益よりも慈善事業に力をいれているのだが――メアリスのチェフル貿商はとことん利益重視だ。
輸入した商品を貴族相手に何倍もの高値で売り付け、庶民相手には大量輸入した商品を安価で売り捌きながら同業他社を潰す。これは見事に悪役。
「素で悪役ムーブが出来るなんて」
「鏡を渡してあげましょうか」
「この話はやめましょう」
この話を知ってどう使うかはメアリス次第だ。今から更生? してまっとうな商売をするも今のまま突っ走るのも。
こうしたらいいだとか私から言えることは何もない。とっくに物語からは退場した存在なのだから。
ああ、でも。こうやってメアリスと関わっている以上はまだ完全に退場したとは言えないのかもしれない。
彼女とこうやって関わり始めて長い。私の持つ原作知識が有用なのもあるんだろうけど、嫌じゃないんだろうか。
いきなり貴方はラスボス魔女ですと言われて普通は良い気がするものではないだろう。
「いろいろと原作知識を言ってますけど、貴方は嫌じゃないんですか」
「別に。嫌だったらとっくに殺してるもの」
「極端すぎです」
殺すなんて選択肢がさらりと出てくるって。普通はそうならないだろう。
何を言っているんだ? とまるで私がおかしいような顔をしないで欲しい。
「昔、自称転生者に会ったことがあるの」
「私以外のですか?」
「“君の苦しみは知っている”だとか“もう苦しむ必要は無い”だとか。意味の分からない言葉の羅列をほざいていたわ」
自称転生者とやらは男で、メアリスを見るなり言い寄って来たのだと言う。自称というかおそらく本当に転生者なんだろう。
私と同じで原作知識があるタイプの。もっとも、同じ乙女ゲームの世界をしっているかは怪しい。
他にも小説版や男主人公を中心とした漫画版にメディア展開が多い作品だったのだ。
「その人はどうしたんです?」
「勇者を名乗るだけあって無駄に強くて厄介だったのだけれど、全力で殺したわ」
「基本的に殺しはしないって言ってたのに」
「あれは潰しておかないと厄介なものだって思ったの。駆除よ、駆除」
潰したとは比喩でもなく物理的にだろうな。原作キャラで悪役な魔女にテンションが上がってしまったのかも。
それに異世界転生して自分は主人公なのだと舞い上がってしまったパターンかもしれない。かつての私のように。
「あのストーカー、頭がおかしかったわ。いろいろと私のやることに口を出してきて気持ちが悪かったもの」
「お疲れ様でした」
もしかしなくてもメアリスのやることに口を出していたら同じような目にあっていたのだろう。
だってメアリスが原作で腹心とも言える人間が主人公の味方に付いた瞬間には始末していたし。非情な魔女が原作知識を持っているだけの私と話したとて性根は変わらない。
「ああ、そうだったわ。一週間後に君の母校でもあるアルヴィース学園の同窓会があるの」
「確かに10年の節目といえば節目ですもんね」
同窓会か。貴族や商人、騎士とさまざまな人種が集まる場所。同窓会なんて朗らかな名前だけど実体は人脈作りの社交界だ。
身分関係なく学べるアルヴィース学園の同窓会、入場制限も緩い為に庶民出身の商人たちにとっても絶好の商談の機会となる。
商人たるメアリスにとっては美味しい舞台だろう。
――原作においての見せ場としても。
「同窓会にはリリサを始めとして次期国王になるソルテ陛下。あとは騎士団長や宰相、その他大勢の原作キャラが居ると思うんですけど」
「……君たちの世代って豪華なのね」
「物語のクライマックスみたいなイベントだと思うんです。そこにラスボス魔女な貴方が行くのって危なくないですか」
凄く断罪してくれと言っているような顔ぶれだ。メアリスは怪物である事実を差し置いて商人としても叩けば埃がたくさん出てくるだろうし。
まだメアリスは元底辺悪役令嬢のサクセスストーリーを続けるつもりのようだが、物語を終わらせられる人間が居る。
原作主人公であるリリサだ。
「私は怪物なのよ。ただの人間にどうこうできる訳がないじゃないの。私の制約を覚えていて?」
人はそれを死亡フラグという。
自信満々に告げるメアリスに対して私はなにも言えなかった。口を出したら殺されるかもしれないし、自分の命が惜しい。
それにこれは彼女の物語だ。私が関わるような話ではない。