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3 マスターと常連

 読んでいた本をパタリと閉じる。本のせいだろうか、昔の事を思い出していた。

 古本屋で見つけた『世界の怪物』という題名に惹かれて衝動買いしてしまったのだ。なんと発行は百年ほど前!


 本には不死の怪物や人を食う怪物などいろいろ載っていた。筆者が直々に世界各地をまわって伝承などを調べながら書き上げたという一冊。

 もちろん、メアリスも載っていた。小国を血祭りにあげた恐ろしい怪物として。貴族平民老若男女みさかいなく潰し、切り裂き、焼き殺したとある。

 まぁ、多少の誇張も混じってはいるだろうけど。というよりも、メアリスは陰湿な精神攻撃系をやって楽しむのが好きなのにそんなパワープレイなんてするのかな?


「で、実際のところどうなの?」

「うーん、どうだったかしらぁ。そんな昔のこと覚えてるわけないじゃないのぉ」

「しらじらしい」


 ぐでっと酒を煽る女がその“恐ろしい怪物”だと誰しもが思わないだろう。カウンターにて『魔女殺し』とラベルに書かれた一升瓶が二本置かれている。一本はもう既に空だ。

 東方から輸入した酒でそれなりに度数があった筈なのに。ここまで酔うのに一本と半分もかかるなんてどんだけなんだ。

 怪物はアルコール許容もおかしいのだろうか。


「もうそろそろ店閉めたいんですけど」

「お客様は神様だって知らないの?」

「貴方、怪物でしょう」

「ったく、あと半分よ」


 グラスに並々と酒を注いでは水のように煽っていく。私もお零れにあずかろう。どうせ少しもらったぐらいでどうこう言われない。

 一口一口をゆっくりと味わう。この店でも高い酒なのだ。いくらメアリスの金とはいえ勿体無い飲み方はしない。それこそ酒に対して失礼だ。

 魔女は週末この店にやってくる。ほぼ毎週ともいえる頻度で。


「そんなに酔って、私の話を覚えていられるんですか?」

「覚えてるわよ。そろそろソルテ様が孤児の支援を始めるんでしょ」

「それならいいんですけど」


 あれから6年。現在の私は隠れ家的な酒場でマスターをしている。

 昼は喫茶店、夜はお酒も飲めるお店といったコンセプトだ。そんなお店の客として偶然にも現れたのがメアリスだった。

 経営を本格的にやってみようと、元公爵令嬢という立場を利用して動いていたらしいのだが――現実はそう甘くなかった。

 彼女の想定を上回る程度には使えない味方、そして小賢しい政敵と貴族社会の面倒さに揉まれていたのだ。


『騎士団長のフィオル様でしたら、たぶん武具よりも薬草の方が喜ばれるかと』


 共犯者たる私にいろいろ愚痴を零していたメアリスにぽろっと助言を零してしまったのだ。

 そこからは何故そんなことをしっているのか問い詰められたりして――前世の記憶があると話していた。笑われるかと思ったが以外にもメアリスは真剣に聞いていた。

 そして暫く考えてから『この世界、そういうこともあるでしょうね』とさらっと流したのだ。


 そもそも怪物という存在が世界の生み出した不具合らしく、本来なら流入しないはずの記憶が流れ込んできたのだろうと考察していた。

 元の世界の記憶に沿って考えると怪物とはゲーム用語で言うバグなのだろう。本来なら発生しない筈の現象が動いている状態。そして私の記憶も本来なら現れる筈がないもの。

 何らかの不具合によって記憶が世界の壁を越えて流入したのだと言う。


 話が逸れたがその助言、もとい原作知識によってメアリスは立ち回るようになっていた。

 乙女ゲームの原作は私が婚約破棄の末に追放されて完結している。でも、誰に何を渡したら喜ばれるかといった原作知識は未だに現役で使えるのだ。

 あとはナレーションやらで語られたような“数年後に孤児の支援を始め、人々から感謝された”といったような出来事など。

 経済活動において先で何があるのか知っていることは大きなアドバンテージだ。


 そもそもとして、夢小説の主人公になるような能力なのに原作知識が無いってよっぽど運が無かったらハードモードだよね。


「残りは君が飲んじゃって。もう行くから」


 メアリスは私から原作知識を聞き更なる暗躍をして、私はその報酬に珍しいお酒やら食べ物を融通してもらう。

 見事な共犯関係だった。


「釣りはいらないわ」

「ありがとうございます」


 注いだ分の酒を一気に煽ったメアリスは代金よりも多すぎる額をテーブルに置くとそのまま出ていった。最後の客が出ていった店はカランカランとドアベルが寂しく響く。

 あんなに飲んでおいて足取りはしっかりとしていた。少しだけ染まった頬を見なければ呑んだくれなどと誰も思うまい。

 いや、もしかしたら恋する少女でも通じてしまいそうだ。中身は性悪女だけど。


 ただでさえ高い酒なのに事もなく金を落としてくれるのでiいくら閉店時間を過ぎていても追い出しづらいのだ。あとは彼女との語らいを楽しみにしている自分も居る。

 まさか限界OLみたいな黒幕魔女を見るなんて全く思っても見なかったけど。


 ついこの間は魔導士長となった原作キャラ、ライナス様が新しい魔導機器を開発するという知識を渡していた。

 そのおかげでメアリスの運営している商会は一早く取引先に選ばれて大繁盛。あの時はボーナスだと高いボトルを何本も渡してくれたっけ。


 最近はますます共犯関係が強くなっていた。ちなみに一気に原作知識を話そうとしたところ断られている。『そんなの面白くないじゃないの』と。

 その代わり、愚痴を話す時にその時系列で最適だと思う()()をするようにと仰せつかれたのだ。程よい難易度の人生(ゲーム)を遊びたいなんて我儘。

 とはいえ仕事の愚痴を話すだけ話してそのまま帰る日もあるのでメアリスだって気を使う必要がない相手と話したいのだろう。


 店仕舞いをしないと。看板はメアリスが裏返してくれただろう。

 カウンターを布巾で拭っていく。他の客はもうとっくに帰ってたから、メアリスの前なので他の終業作業はしていたのですぐに終わる。

 

「最後のお客さん、いつのまに帰ったんすか」


 グラスを磨いていると、声がかけられた。台所で作業をしていたロイズ君だ。

 タレ目ながら整った幼い顔立ちの男の子。一応、成人はしているからこの店で雇うことを了承したバイトの子である。


「ついさきほど。全く、身体に悪い飲み方をするんだから」

「がっぽがっぽ売り上げに貢献してくれる常連さんじゃないすか」

 

 たどたどしいながらも敬語をつかってくれるイイ子だ。もう少しうまく頑張らないと将来が辛いぞーなんて思ったりして。

 貧民街出身らしくて、最初はもっと言葉遣いも荒かったんだからこれでも成長した方だ。


「今日は一段と長話してたっすよね」

「あれでも地位のある人だから、いろいろ溜まってるんだよ。あれでも」


 カウンター席しかないような狭いこの店でメアリスと私が話していた内容をロイズ君は認識していない。魔女らしくメアリスが認識阻害を使っているのだ。

 ちょっとした上級魔法の筈なんだけども……ラスボスな魔女だから出来て当然なのかな。


「洗い物ありがとう。後は私がやっておくから帰っても大丈夫だよ」

「いやいや! 最後まで付き合いますって!」


 まだ若いのによく働いてくれる。この小さな酒場は実質二人で経営していると言っても過言ではない。

 そもそもなぜ私がこの酒場の店長をしているかというとそれは十年前にまで遡る。


 昔は酒の美味しさもわからない子どもだった。

 あれから10年。魔女と出会って10年。まだ10年かもう10年か。


 10年前、契約が終わり髪や服を諸々の金銭に変えるとすぐにメアリスは私を置いていってしまった。

 別に一緒に行動したいのではないが、あまりのあっさりとした別れに拍子抜けしたものだった。


 そして追いつく目の前が真っ暗になったかのような感覚。これからどうしようと。恥ずかしながら今世も前世も箱入り娘だった私はまともに働いたことも独り暮らしの経験もなかったのだ。

 あの時はバカだったと今でも思う。相場もわからなかった私は近くにあった高い宿屋へ泊まって仕事を探したのだ。

 もちろん給金相場もわからかいから給料で仕事を選ぼうとしても何から選べばいいかすらわからない。それから幾日か過ぎた頃、本格的に危機感を抱き始めた。


 自慢ではないがそれなりに整った容姿と教養もある。娼婦としても充分やっていけたかもしれない。経験は後から付くものなので……なんて言い訳をして。

 だがやはり箱入り娘に娼館の扉を叩く事はハードルが高すぎた。

 そして、ついに見つけた仕事をろくに確認もしないで受けようとしたのだ。面接会場は小洒落たカフェの中。

 やたらと愛想のいい面接官による仕事内容の説明で傷薬の調合と言われたのだが、話を聞くうちに気付いてしまった。

 確かに、調合自体は学園の授業でも習ったし出来る。しかしながらその薬が問題だった。

 言い方や表現を変えてカモフラージュしていたがそれは違法薬物だったのだ。


 気付いた私は勿論断り逃げるが上手くはいかない。仕事の面接会場、もとい店を勢いよく飛び出したがすぐに腕を掴まれてしまった。

 あの時はもう二度と日の当たる所で生きてはいけないと覚悟したが――まだ私は天に見放されたのではなかったのだ。

 何を隠そう薬の売人に捕まりそうになった時に助けてくれたのがこの店のオーナーなのである。

 オーナーは度数の高い酒をぶっかけた上で火を付けて警備隊を呼んだのだ。ちょっと過激すぎない!? と目を剥いたがオーナーはのほほんとしていた。

 ちょうど面接をしていたのがこの店であり、見慣れない客をオーナーは気にとめてくれたのだ。


 そうして私はオーナーに私の詳細な素性は伏せて“訳ありで実家から勘当された”と事情を話し、店の二階に住み込みで雇ってもらったのだった。

 オーナーにはいくら感謝をしても足りない。料理や雑用など、何も出来ない私に厳しくもしっかりと仕事を教えてくれた。

 おかげさまで私は今ではたいていの料理に加えてカクテルも作れるようになったのだ。

 私の仕事が板に付いてきたのを見たオーナーは私に店を任せて老齢を理由に隠居をした。それが約8年前。

 だから私はあくまでも雇われ店長であり店主ではないのだ。


 ちなみにメアリスがこの店の常連となったのはここで働いてからすぐだった。疲れたOLの如く飲み屋を探していたメアリスが偶然来店したのだ。

 小さくとも酒の種類やめずらしい料理があると入り浸るようになった。

 最初こそ互いに喫驚したものの今ではそこらの者よりは腹が知れているのでメアリスの愚痴を聞く知人以上、友人未満――否。マスターと酔いどれの関係となっていた。


「お疲れっした!」


 片付けが終わったロイズ君は頭を下げて出ていく。

 朝昼は睡眠時間であるので魔女の残した酒でも飲んでゆっくりと寝よう。ロイズくんに手を振ると私も二階へと上がった。

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