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2 怪物とセカンドライフ

 怪物は私の混乱など意に返さず口を開く。


「その惨めで浅ましくて陋劣極まる君の人生、要らないのなら私が貰おうじゃないの」


 凛とした声は否定の言葉なぞ聞かない、そんな響きだった。これはもう決定事項なのだと断られるとも考えていない強い響き。

 

 ゲームと漫画の共通の設定には“怪物”というものがある。怪物とは人の上に在る存在。

 神様とか悪魔とか、そんな感じの上位存在種族のひとつとして怪物が居るのだ。

 ちなみに漫画版のストーリーは数多出てくる怪物を人間が斃す英雄譚。ゲームの方はヒロインとヒーローが結ばれる為の最大の障壁。

 どっちにしろ悪役の代名詞だ。


 怪物で悪い魔女である以上、彼女は悪役令嬢以上に倒される側の存在だ。本当になんでこんな所に居るの?

 彼女は黒幕であってこんな薄汚い路地裏に居ていい存在じゃない。そもそも私の今いるルートでは登場すらしないはずなのに。


「それで、返事は?」


 一瞬前までぐるぐると考え込んでいたのに、私は無意識にうなづいていた。

 メアリスは私の人生を貰うと言った。

 比喩ではなく事実としてそのままの意味なのだろう。そんな嘘のような真似が彼女には出来るのだ。


「あなたの能力を使うんですか?」


 もうこうなったらヤケだ。彼女の気を損ねたとして殺されようが関係ない。

 おそるおそる口を開いた。


「私の力を何故知ってるのかなんてつまらないこと、今は気にしないであげようじゃないの」


 妖艶な美女のようだと思えば、今度は少女のように純真な笑みを女は浮かべた。

 相変わらず暗い路地裏に居るのに女の周りだけは子供たちの遊び場のような軽やかな雰囲気だ。


 ここで、ゲーム作中で彼女が何をしたかを説明しよう。

 それは武器商人となって様々な国に兵器をばら撒いたのだ。あとは各国の要人を陰で操ったり。そして世界大戦一歩手前まで追い込んだ。

 さぞ深い理由があると思いきや、その理由もただ面白いからだと言う愉快犯。

 最後にヒロインの機転とヒーロー達の絆によって倒されるまでそれはもう好き勝手に暴れた。

 

「“理想の物語(ドリーム・リーダー)”」

「やっぱりどうして私の制約(スキル)を知っているのか先に聞いておいた方がいいかしら」

「後で話します、だから、」

「そんなに怯えることないじゃないの。君程度ならどうとでもなるし今は聞かないわ」


 怪物にはそれぞれ絶対的な能力を持っており、制約(スキル)と呼ばれている。彼女の制約(スキル)はとりわけ凶悪だった。

 彼女を怪物たらしめる力の名は“理想の物語(ドリーム・リーダー)


 簡単に言うと、夢小説の主人公になる能力である。


 我ながら酷い例えなんだけどこれしか思いつかない。

 夢小説とは、架空のキャラクターや現実世界の人間などを舞台に本来なら在る筈のない存在を介入させた二次創作作品のことをいう。

 その在る筈のないキャラクターは夢主やらオリ主やらいろいろと呼び名はあるが、大多数の人間が己の分身として読んでいる。名前変換小説とも呼ばれていたぐらいだ。


 その介入を彼女は行える。

 能力としては世界さえ騙す完全催眠らしいのだが。


 メアリスは自身と世界に対して好き勝手に()()を付与出来るのだ。

 敵対者を自分より弱い設定に。赤の他人を自分の親友だという設定に。全てが彼女の理想の設定(物語)となる。

 思うがままに設定をつけていき、メアリスは他人の人生()を被るのだ。


「私に成るということですよね」

「そうよ、話が早くて助かるわ」


 今回は公爵令嬢という私の役をやるのだろう。夢小説のジャンルでいうと成り代わりモノだろうか。

 私自身が前世の記憶があるのでややこしいところだけど。

 

「でも、どうして私になりたいのかわかりません。もう……地位やお金も無いのに」

「最高じゃないの。欲しいものは自分の手で掴み取る。底辺悪役令嬢からのサクセスストーリーだなんて」

「サクセスストーリー?」

()は農村生活だったんだけど運要素が強かったから、今回は堅実に経営をやってみようとおもうの」


 面白そうでしょう? と心の底から愉快で堪らないというようにメアリスは笑う。

 前の人生(演目)は嫌われ物の復讐劇らしい。

 そう言えば四日ほど前、最近豊かだった筈の村が破産して幾人かがすでに首を吊ったと新聞で出ていた。なんでも自殺に追い込まれた少女の手記より、村ぐるみでさまざまな不正が発覚したらしい。

 これからの成長に期待して投資した貴族と共倒れだったとか。もしかして? ときくとこれまたにっこりと可愛らしい笑顔。

 笑ってる場合か。村一つの経済と複数の貴族が破綻してるのに。


「じゃ、さっさと契約をしようじゃないの。そう怯えなくても悪いようにはしないわ」


 知らず知らずのうちにゴクリとなった喉に気付かれたようだ。「怯えていません」と否定しておく。

 怯えよりもちょっとだけ引いたという方が正しい。


「お互い、楽しもうじゃないの」


 これから起こるであろうことの共犯者。私とメアリスとの関係につける名前となるのだろうか。

 彼女が絡む以上、原作知識と照らし合わせても幸福になる人間など居ないだろう。


『平等であり対等であると証明する。アリフェル・マリナ・オルテニア・アルファ――』


 先への不安と、何かが大きく変わるのだという期待。制約(スキル)を行使するメアリスの声を聞いていた。


「待ってください!」


 ただ、その途中で少しの引っかかり。それでは駄目だ。

 綻びが生まれてしまう。


「ちょっと、詠唱が止まっちゃったじゃないの。やっぱりダメとかはなしよ」

「私は家から断絶を言い渡されました。だから最後の家名はいりません」


 私は完全に家から絶縁されている。国法的にもだ。魔術的な血判まで押した。

 それなのに私の名前を契約に入れてしまうと、それだけで抜け穴が出来てしまう。

 これはあくまでも対等な契約。共犯者として不平等を許すことはできない。


「律儀じゃないの。黙ってれば良かったのに」

「私にも意地があります」


 目を丸くしたメアリス。きょとんとした顔は存外に幼い。少しだけしてやったりと思った。

 その表情はすぐに余裕綽々のしたものに戻ったのだけれど。「もう一度よ」とメアリスは制約(スキル)の詠唱を再開した。


『平等であり対等であると証明する。アリフェル・マリナ・オルテニアはメアリスに人生の譲渡を誓う』


 淡い光が私達の周りを取り囲む。薄汚れた路地裏が神聖で特別な場所のようだ。怪物の能力に神聖だなんて罰当たりではあるんだけど。

 すぐに消えていく光の粒子が惜しい。こんなにも美しいのならもう少しだけ眺めていたい。

 ものの数秒ほどで光は全て消えてしまい、幻想的な空間は代わり映えのない路地裏へと戻っていった。

 

 これで、私は悪役でもなんでもない。つまらない役割(人生)を消すことができたのだ。

 ほっと息をつく。メアリスはというと、豪華な意匠が施された革の装丁本を持っていた。なかなかに分厚いし重そうだ。

 異空間から召喚でもしたのだろう。この世界、自分の持ち物は異空間へと収納できる。ゲームでいうアイテムボックスだ。


「まずは生年月日から聞きましょうか」

「えっ……あれで終わりじゃなかったんですか?」

「さっきのは契約書みたいなものよ。むしろここからが本番。矛盾は出来るだけなくしたいし」


 目は口ほどにものを言うという言葉がある。私を見る彼女の目はまさにそれだ。「うわー、ないわー」とありありと語っている。

 口に出さない分余計に癇に障な。


「神様じゃあるまいすぐに出来る訳ないじゃないの」


 そんな目をよこされても普通は不思議な力でシャランと解決だと思うだろう。まさか好きな食べ物や交友関係を聞かれるなんて思わない。

 それでも漆黒の闇に(略)な偽竄の魔女なのか。


「ちょっと、口に出てるわよ。それにしてもいきなり図太くなったじゃないの」


 口に出してしまっていたのに気付かなかった。別に図太くなったからではない。人生を捨てたという不安よりも、清々して気が抜けてしまったのだ。

 体全体にのしかかっていた重荷をどさりと一気に落としたようだった。


「地味で悪かったわね」

「悪いとは言ってません」


 ちなみに偽竄の魔女については、前世のゲーム雑誌で特集を組まれた“漆黒の闇に暗躍する美麗なる偽竄の魔女”というキャッチコピーとして掲載されたのだ。

 その容姿(キャラデザ)から男性諸君に彼女は人気があったから。女性向け作品の他に、男性読者の多い作品にも登場していたし。

 あながち間違ってはいないが丸々一ページがドヤ顔でありその文面の破壊力から散々ネタにされていたのだった。

 それに忘却の怪物やらメディアで紹介される度に肩書が地味に変わったりと忙しいキャラだったなと思い出す。


「と・に・か・く、今回の設定はド底辺元悪役令嬢のサクセスストーリー。君の設定はそうね、その辺の町娘Dでいいんじゃないの?」

「雑っ!」

「設定を考えるのも結構面倒くさいのよ。私の物語のモブキャラに詳細設定って必要だと思って?」


 面倒くさいって……専売特許を面倒くさいって……。

 そういえば、チートとも言える能力を持つメアリスだったが最後は主人公サイドに殺されるのだ。

 敗因は何だっただろうか?

 ……思い出せない。それがやきもきとする。美麗な映像だけあってド派手な魔法バトルの印象が先行してしまうのだ。

 結末だって何ルートもあるのに。私が覚えているのは推しのストーリーやプロフィールぐらいだ。


「……ぇ……ねぇ、ねぇってば」


 漫画はパラ読みした程度だしゲームの方は彼女のラスボスルートを全てやっていないのだ。

 むしろ王太子ルートに一番絡んでくるとはいえ全てのルートで邪魔をしてくる私こと悪役令嬢の方がよく覚えている。


「ちょっと! 無視はないんじゃないの」

「えっと、ごめんなさい?」

「すぐに気付きなさいよ。君の設定を言うわよ」


 いろいろと考えていたうちにちゃんとした設定を決めてくれたらしい。本に書き込んだ設定を読み上げるメアリスは舞台女優のようだ。

 そういえば前世の朗読劇でこんな感じの声があったな。


 設定はこうだ。

 数日前に破産した村で無理心中の起きた商家の一人娘。唯一残った娘は一文無しとなり、頼みの婚約者はさっさと娘を捨てた。

 捨てられた娘は天涯孤独となり、身売り覚悟で王都へと出稼ぎに来たのだった。


 その娘の名前はマリナ・シアン。

 ――たった数行程度で纏められる設定(人生)。それが新しい私だ。


 この名前はメアリス……今の彼女はアリフェル・オルテニアか。

 うん、元自分の名前を呼ぶのも慣れないし、彼女のことはそのままメアリスと呼ばせて貰おう。ゲームの役割ロールも悪の魔女メアリスだし。


 この名前はメアリスが「碧眼だしシアンでいいじゃないの」と適当に付けたものだ。後は公爵令嬢だった私の名前から拾いつつ。

 前世でも“麻里奈”という名前だったから巡り巡って戻るなんて驚いた。ぽかんとした私にメアリスは不思議そうにしていた。

 両親が私に送ってくれた名前。昔は純日本人なのにこんな名前で嫌だと思っていたけど、今になって呼ばれると嬉しい。


「メアリスはこれからどうするんですか」

「とりあえず何をするにしても資本金が必要じゃないの。この髪でも売ってくるわ」

「そんなに綺麗な髪なのにもったいない」


 少し癖があるものの細やかな銀髪。髪には魔力が含まれるものだし、魔女の髪はいったいどれほどの値がつくのだろうか。

 素直に残念がっているとまた呆れた目で見られた。


「まずは自分のこれからを考えた方がいいんじゃないの」

「あっ、そうですね。売るなら私もついて行っていいですか?」


 切り替え早すぎじゃないの……と呟く魔女に私は笑みで返す。自分でもそう思う。

 それでも数時間、否。そんなに経っていない。たった数十分前の泣きベソをかいていた私が馬鹿らしい。


 彼女は彼女でさっさく悪事に手を染めるという予想に反して意外にも堅実的だった。

 完全催眠能力に任せて無双するのは面白くないのだと。最低限の法律は守るなど、あらかじめ決めたルール内で気ままに遊ぶのだ。

 その経験は分からないでもない。ゲームでもチート(ズル)をすれば最初は良くてもすぐに飽きた。

 人生を縛りプレイで遊ぶあたり怪物的という他ないんだけども。


「気に入らない奴がいるからって自分でサクっと殺すのも簡単過ぎて面白くないじゃないの。虫を殺した所で気持ち悪いだけよ」

「うわぁ……性格悪いですね」


 制約(スキル)を抜きにしても規格外の魔力の持ち主らしいけど、それでも。

 人間と虫が変わらない扱いなのか。


「君こそほんとにお嬢様なの? さっきのしおらしい態度が行方不明じゃないの」

「今は町娘D(マリナ・シアン)ですから。魔女サマさまで生まれ変わりましたし」


 今更ながら面と向かって蔑称のように魔女と呼んでいる私だけどちゃんと許可はとってある。メアリスにとって呼び名はなんでもいいとのこと。

 気だるそうに教えてくれたのだが、怪物メアリスというのはいつかの人間が広めたもので本来の名前ではないらしい。

 世界に生まれたと気が付いた時、メアリスは既にこの姿だった。元は名すら無かった存在だがちょうどいいと広まっていた名前を使い始めたのだと。

 だからそこまで名前に頓着していないのだ。名前一つで喜ぶ私とは正反対だった。


「固有名詞って便利よね。最期の()()()()()に名乗ると皆して驚くもの」


 ネタばらしとは――彼女は他人の人生を被り、そろそろ物語を終えようとする時に自身が怪物であるメアリスだと正体を明かすのだ。

 すると付与されていた設定は居るはずのない存在に齟齬が発生し、たちまちに消える。怪物に騙されていたと嘆く人間をそうして嗤うのだという。

 本人の口から聞くと、とんでもなく悪趣味すぎるな。やっぱり彼女は素で討伐されるべき存在だ。

 

「お話は終わり。さ、行くわよ」

「私がなんであなたの能力を知っているかとかは聞かないんですか」

「もういいわ。時間は有限、今日一日で他にやることがたくさんあるもの」


 高いヒールをつかつかと鳴らして路地を出る魔女の後を追う。

 服も平民相当のものに替えなければならない。今着ている服を売ったら当分の生活費用にはなるだろう。

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