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1 悪役令嬢とラスボス魔女

 私には前世の記憶がある。

 転生したことに気付いたのは10歳。季節外れの風邪にかかって三日ほど寝込んでいるときに前世の記憶を夢で見たからだ。


 前世の私は容姿も褒められたものではなかった。そのせいとは言わないが人付き合いも苦手だった。誰もが私を見て笑っているようで嫌だったのだ。

 ずっと俯いて、外に出てもマスクを手放すことなんて出来なかった。

 

 両親はいない。高校2年生の時に二人とも交通事故で死んだ。私が唯一顔を上げられる居場所が粉々に壊れてしまった。

 私を愛してくれた両親はいなくなって、残ったものは有り余る遺産だけだになってしまったのだ。心配してくれる親戚も居なければ遺産目的の親戚だっていない。

 近しい親戚といえば、思い出すらない施設にいる祖父ぐらいだ。母の従妹だって葬式の際には気の毒そうな顔をしていたけれど早々に帰っていった。

 

 さて、これからどうしようと言われても。

 両親の為にせめて高校だけは行こうと思っていたのにその意味も無くなってしまった。親が泣くぞと言われても泣く親が居ないのだから仕方がない。

 そこからはずっと家に引きこもって漫画やゲーム三昧。誰の目も気にせず大切な思い出の詰まった家に籠るのはとても居心地が良かったのを覚えている。

 やはり最期は不摂生がたたって死んだ。毎日対して運動もせず同じようなものばかり食べていたから当然だろう。

 夏場でなかったのが幸いだと思う。人付き合いもなかったからいつ発見されたかは知らないが。さすがに清掃員の人には申し訳なさがある。


 前置きが長くなったが。

 この世界は前世に呼んでいた物語の世界だった。


 内容は名門アルヴィース魔法学園に入学した主人公の入学から卒業までを描いたもの。

 平民の主人公が魔法の力を開花させて特待生として学園に入る所から始まる。

 まあ、内容は騎士に先生に王太子にと様々なイケメンと交流する至って代わり映えしないものだ。

 この作品がテンプレと呼ばれるほどに多くの作品が生まれた。


 平民ヒロインが様々な苦難を乗り越えてキャラと結ばれるのだがその“様々な苦難”がまさにテンプレの先駆けだった。

 その最も使い古された“テンプレ”にはヒロインを虐め抜くライバル令嬢がいる。公爵令嬢であり婚約者の王太子に近付くヒロインを付け狙うのだ。

 そして最後はこれまたお決まりの断罪式。夜会の広間にて公衆の面前で悪行を洗いざらいさらけ出すのだ。

 もちろん学園追放に加えて生家からも絶縁を言い渡されて婚約破棄。

 

 よくある悪役令嬢追放ストーリーである。いや、その頃には珍しかったのだが流行りすぎて使い回されまくったシチュエーションとなってしまったのだ。

 某SF映画のように仮面キャラの仮面を剥いだらその下はどうせ肉親でしょといった感じにありふれたストーリーなのである。


 そして何を隠そうその悪役ライバル令嬢こそがこの私、アリフェル・マリナ・オルテニア・アルファルドなのだ。

 名前が無駄に長いのはそういうモノだからどうしようもない。


 転生に気付いてからの私はそれはもうとてつもなく喜んだ。

 悪役令嬢――それは作中の彼女が馬鹿だったからこそ悪役として成立していたのだ。気軽に読者のヘイトを貯めて最終的には痛む良心もなくさっぱりと断罪。

 流行る物語にはやはりスカッと出来る要素が必要なのだ。

 

 けれども私は彼女とは違う。原作知識などというチートも備わっている。

 私は悪役でもなんでもないし、せっかくの人生、やりたいようにやるだけだ。

 前とは比べ物にならない程可愛らしい容姿。透き通る肌に色付くぷっくりとした唇。癖のないサラリとした金糸のような髪。

 容姿に関するコンプレックスが無くなって自分に自信が持てるようになったのだ。もう二度と俯きなんてしない。


 学園に入学してからはお友達もたくさん出来た。何よりも私は王太子、ソルテ様の婚約者であり時期王妃。誰からも愛される立場なのだ。

 だからと言って何の努力もしてい無い訳ではない。マナーから始まり立ち振る舞いなど全て教養の一環として身につけた。

 さすがは代々続いてきた公爵家だけあって遺伝が大きい魔力量も学園ではかなりの上位だ。


 美貌も地位も名誉もある。幸せだった。

 多少何を言ってもソルテ様は聞いてくれたし、ソルテ様の親友とも交流があった。

 どこの誰からも愛される。

 この世界の主人公と錯覚するような幸せだった。

 それに加えて幸いにも大貴族、アルファルド家の長女。 金銭的に困らない。なんなら婚約者まで勝手に決めてくれて婚活なんて面倒もない。まさに勝ち組人生。


 なんて、思いあがって調子に乗りまくっていた時期がありましたよね。

 誰にだってある黒歴史の1ページ。


 


 その幸せが脅かされたのは私が17歳の時。

 ヒロインであるリリサが類希なる魔力の持ち主としてこの学園に編入してきたのだ。


 離れていくお友達。離れていく婚約者。婚約者だけではない。今まで優しくしてくれた人でさえ離れていく。


 私は気付いてしまった。

 誰も私を本当に愛していなかったのだと。

 この人生において両親が愛していたのは道具である私だった。いらない道具は捨てればよかったのだ。なんせスペアがいるのだから。

 この人生においても私を友人とする人間なんていなかったのだ。結局、私は他人のステータスの飾りだったのだ。

 私は認めたくなかった。


 悪いのはリリサだ。あの女が来たから私の人生が狂ってしまった。あの女がいる限り皆が私を愛する事は無いとそう思った。


 ヒロインを虐めたことに関しては不幸な偶然が重なっただとかやる事なす事全てが空回りしたなんて言わない。

 学園の花形に気に入られたヒロインを憎む者たちを束ねて退学に追い込もうとしたのだ。

 利害関係だけの関係。あるいは家の権力をかざした一方的な関係。


 ――私はこの物語(世界)()っている。原作の悪役令嬢のような失敗はしない。きっと上手くいく。


 原作をやった事がある。それがなんだ。

 結局のところ私は自ら道化となっただけだった。人生が狂ったというよりは予定調和だったのだろう。


 例に漏れず私は学園の卒業記念パーティで断罪され、追放された。虐め抜いて退学に追い込むどころか命まで狙ったのだから当然だろう。

 どれだけ隠したって無駄だった。共犯者さえ私につく者はいなかった。

 どれだけ縋りついたって無駄だった。ソルテ様は凍てつく様な視線を横してリリサと結ばれた。


◆◆◆


 僅かばかりの金だけ渡された。今の私は着の身着のままの姿で路地裏にいる。田舎の別荘で軟禁される所を、使用人たちの目を掻い潜って屋敷から出て来たのだ。

 ジロジロと不躾に私を嘲笑う様な視線。そんな人の目が耐えられなかったのだ。こんな薄暗い路地裏、治安が悪いのは分かっているがそれでも人の目が無いだけマシだった。

 思い込みであれとにかく人に会いたくなかったのだ。


 何が駄目だったのだろう。なぜ誰も愛してはくれないんだろう。

 ヒロインを虐めた事だろうか。違う、虐める前から誰も彼もが私を本当に愛してはいなかった。でも、そう理解するには耐えがたいもので。

 この人生こそ失敗しないように振舞ってきたつもりだった。どんな相手であっても人種、国籍、身分問わず接してきた。

 そうする事でどんな人間からも愛されると思ったのだ。その結果はこのザマだ。


 もう一度考える。

 何が駄目だったのだろう。なぜ誰も愛してはくれないんだろう。

 考えて、考えても。それらしい理由なんてわからない。ずっと考え続けて最後はこじつけのような理由に辿り着いていた。


「ああ――そうか。私が、ヒロインじゃないからだ」


 ヒロインは何があっても最後には無条件で誰からも愛される。悪役は最後には退場する。

 それが世界の決まり(テンプレ)なのだ。膝が震えて力が抜けていく。


 本当に滑稽で。

 必死に誰かから愛されようと自分なりに努力していたものは全くの無意味で。頭から足先ひとつ、自分には悪役以外の意味なんてなくて。

 悪役令嬢モノなんていう煌びやかな創作物語に夢を見てしまった。でも、所詮は夢。悪役は悪役でしかない。

 この時の私には、誰かを虐めたから当然の報いが来たのだという当たり前の事実すらわからなかった。悪()じゃなくて、ただの嫌な悪者だったというのに。


 この人生こそは、(前世)の馬鹿馬鹿しい人生と違って主人公(ヒロイン)だと思っていた。(前世)の誰かの日常の視界の隅を通り過ぎるような風景(モブキャラ)ではなく、誰かが見つめていてくれるような主人公(ヒロイン)なのだと思っていた。

 惨めな前世と違って今は婚約者がいて友達がいて両親がいる。そう信じていたのに。

 実際には何もなかった。私が使えないと知るや消えてなくなってしまった。

 悔しくて、胸が痛くて、涙が溢れ出す。


「いらないっ! こんなに寂しい人生なら、こんなにも醜くて、ゴミみたいな人生なら――捨ててしまいたい」


 道端のゴミのように這いつくばって最後はか細い声で叫んだ。この人生でさえも意味の無いものだったのだ。

 自分は価値のない石ころなのだと理解させられる。


「お高く気取った公爵令嬢も結局はただの小娘。いえ……小娘というよりは子どもじゃないの」


 突如上から降ってきた澄んだ声。なんなんだと顔を上げる。


「それもくれくれと騒ぎ立てるばかりでタチが悪い。しかも身分にかこつけて“くれくれ”がまかり通る甘ちゃんなんだもの」


 目の前にいたのは少女とも成熟した女性ともとれる美貌の女。薄暗い路地においても煌めく銀糸の髪がひどく印象に残る。


「何も気付かない周りの人間も、君自身も。笑えないぐらい滑稽で面白いじゃないの」


 あまりに喫驚して声がでない。誰かに見られていたからだという理由ではない。だって、彼女は。

 こんな所に居るはずもない人間(キャラ)で。

 喉を絞るように音を出す。


「……メア、リス」

「あら? 私を知っていたの」


 彼女は怪物――メアリス。

 本当にどうしてこんな所にいるのかわからない。


 何故ならば、彼女はれっきとしたゲームに登場するメインキャラクターなのである。それも騎士ルートのラスボスである悪い魔女として。

 ゲームだけではない。彼女は漫画の方でも世界を混乱に落とし入れた黒幕だった。

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