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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
7/30

7. ★ 夜の路地に、女子二人・・・・・・ (令和十年八月十一日・金曜祝日)

 ――――。


「――――・・・・・・ここ数日は、何もないから大丈夫っぽいねー。恐い人は来てないから良かった」

「そっか。それならよかった。何かあったらいつでも力貸すから言ってね、箏音」

「うちも、いつでも力を貸すから。常盤氏と同じく、」

「ありがとう二人とも。・・・・・・ごめんねー、余計な心配かけちゃってさ」

「私も月花さんも、箏音のお店も大好きだし、箏音やお婆さんのこと、ほっとけないからさ」

「そういうことだ。・・・・・・それに、悪いことをしていない人が悪いことをしているクズ共に生活を脅かされるなんてことは、あってはいけないのだ!」

「・・・・・・ありがと、二人とも。婆ちゃんも、あれからちょっと具合悪くて寝込んじゃっててさ。大学も夏休みだし、あたしが元気出して、お店支えなきゃね」

「無理はしないでね。・・・・・・また、美味しい紅茶、飲みに来るから」

「うちも、鳴瀧氏の淹れるコーヒーが好きだ。また来るよ」

「いつでも来てね。今度はあたしも、婆ちゃんみたいに何かサービスで作っとくから。またね!」


 エプロン姿で見送る箏音へ、優璃と月花は手を振って店を出た。

 八月中旬の夕暮れ時を過ぎ、外はもう、薄暗くなっていた。ヒグラシも鳴き止んでいる。


「月花さんは、どっちに帰るの?」

「あっちだね。常盤氏は? あと、うちのことはそのまま、月花って呼んでよろしい」

「じゃ、そうする。今日は那須野西(なすのにし)駅から白川駅まで電車で帰るから、同じ駅方向に行くよ」

「そうなのか。・・・・・・電車の時間は、大丈夫?」

「・・・・・・あっち通ると、ちょっとギリギリかも。近道、ないかなぁ?」

「そっちの道から行くと、早いよ。ちょっと路地が多いけどな」

「そっか! ありがとう、月花!」

「気をつけて。また、お店で」

「うん。またね!」


 優璃は月花に手を振り、教えてもらった路地を通って、駅の方へと向かった。

 月花は小走りで駆けてゆく優璃の背中をしばらく見つめてから、自分の帰路についた。



 * * * * *



 すっかり日は暮れた。空にはサラサラ光る天の川が見える、清んだ夏の夜だ。

 優璃は、細めの路地を歩いているが、まだ駅に着かずにいた。


「あ、あれぇ? ・・・・・・おかしい。私、もしかして道を間違ったんかなぁ?」


 半信半疑で優璃はポケットからスマートフォンを出し、地図アプリで現在位置を確認した。


「え! うっそぉ、やだぁ! 二本も道を間違えてるじゃん。最悪だー」


 天を仰いで顔をぺしんと叩く優璃。


「仕方ない・・・・・・。少し戻って、ちゃんとした道に行くしかないかぁ・・・・・・」


 溜め息をついて、優璃はその場で踵を返した。

 道を戻ろうと一歩、足を踏み出す優璃。ブーツの音が、路地にこつりと鳴り響く。


「(・・・・・・ん?)」


 何か、優璃は違和感を感じていた。


「(・・・・・・。何か・・・・・・空気が変だ)」


 数歩、何かを確かめるように、優璃は足を踏み出した。

 ブーツの音と違う足音が、どこかから、優璃にゆっくりと近づいている。


「(細路地、横道はいくつもある。・・・・・・でも、この足音は、私に向かってきてる?)」


 次第に、周囲の空気に緊張感がぴしりと走ってきた。優璃はその場で右の拳を軽く握り、きょろきょろと警戒するように目線をあちこちへ回す。

 謎の足音は、突然、ぴたりと消えた。

 湿った生暖かい夜風が、優璃の足下をすうっと抜けてゆく。


「(・・・・・・何だろう。不気味だな。・・・・・・何か近づいてきた気配はあったのに・・・・・・)」


 優璃の心音が少しだけ、早くなった。


「(がさあっ!)・・・・・・にゃーん! にゃうにゃうにゃう!」


 その時、優璃の横にあった庭木が大きく揺れ、太った三毛猫が路地に飛び出した。

 優璃はびっくりして腰を落として身構えたが、それが猫だとわかると、「なぁんだ」と大きく息を吐き、ゆるりと力を抜いて首をぐるんと回して大きく背伸びをした。


「ふー。近寄ってきてたのは、にゃんこだったのねー。あー、びっくりしたー」


 胸を手のひらで軽くトントンと叩き、優璃はまた、数歩進み出した。

しかし、今度こそ優璃に異変が起きたのだ。

 歩き出そうとした優璃は、謎の力に締め付けられたかのように、その場で動けなくなった。まるで金縛りにでも遭ったかのように、動けない。


「え! (な、何! やだ! ちょっと! ・・・・・・う、動けない?)」


 困惑する優璃。何が起こっているのか、わからない。

 周囲には何故か、何とも言いがたい臭気が満ちている。獣臭いような、腐臭のような、メタンガスのような不快な臭気だ。


「(ちょ、ちょっとほんとに最悪! この服、昨日買ったばかりなのに・・・・・・っ!)」


 すると、その臭気の中、何者かの手と思しきものが、優璃の右胸と臀部を何度も揉み触った。

 明らかに人のそれとわかる感触に、優璃はこれが超常現象でも怪奇現象でもない出来事だと確信を抱いた。何者かが、後から抱きついていたのだ。


「ふっ・・・・・・ふざけないでよねぇっ! どこの誰なんだ、お前はぁーっ!」


 優璃は気合いを入れて全身に闘気を漲らせると同時に、ブーツの右踵で相手の脛を蹴り、左肘を後ろへ思いっきり引き絞って打ち抜き、息を大きく吸って後頭部で相手へ思いっきり後ろ頭突きをお見舞いした。

 その三点同時攻撃に、たまらず謎の相手は「ぐへぇ」と潰れた声を出し、優璃から離れた。声からして、相手は太り気味な中年男性と思われる感じだった。


「この・・・・・・ろくでなしの痴漢めーっ!」


 怒った優璃は、振り向くと同時にその男へ強烈な前蹴りと縦拳突きを浴びせかけた。

 それは二十歳の女性とは思えない、猛烈な破壊力。素焼き煉瓦やセメントブロックなら、簡単に砕ける衝撃。男は吹っ飛び、ゴミ捨て場にどんがらがっしゃんと激しい音を立てて突っ込んだ。

 しかし、すぐに男はゴミまみれのまま立ち上がり、逃げようとする。優璃は近くにあったバケツを男の足下へ投げた。それに躓き、男はどしゃりと路地に倒れ込んだ。


「はぁー・・・・・・っ! 卑劣極まりない男だね! 闇夜の路地で痴漢なんてさ!」


 優璃は毅然とした態度で、その男の前で構える。

 路地に差し込む碧い月の光に浮かび上がったのは、だらしない長髪に醜く太った体躯、そして茶色く所々汚れた作業着姿の、髭面な中年男だった。闘気や殺気ではなく、臭気を放っている。


「な、なななな、なにを言ってるんだね? こ、これだから女っていうものは、まったく・・・・・・」


 慌てふためく、髭面の肥満男。そのあまりの焦り様に、優璃は怒りを通り越し、完全に呆れ顔。


「私に抱きついて、触ったわよね? ねぇ・・・・・・触ったよね? お巡りさんのとこ、行こうか」

「なな、なにを言っているのですか? 自意識過剰だ、バカ! 濡れ衣も甚だしいぞまったく!」

「観念しなさいよ。さぁ、あんたが私を触ったのはわかってるの。警察に突き出すから、来て?」

「さ、ささ触っただと? し、しし知らない! 大体何だ、そんな豊満な胸や尻をしてるから、男に触られたなんて妄想を自分で抱くんだ! ボクはお前の胸も尻も触ってないぞ! いつどこで誰が右の胸を揉んだのか言ってみろ! さぁ、どうだバカ女め! お前こそ、痴女だ! まったく!」


 男は頭に腐ったバナナの皮を乗せたまま、開き直ったかのように優璃に食ってかかる。その作業服の胸ポケット上には、「養豚部 下田(しもだ)()(すけ)」と刺繍が施されている。


「・・・・・・浅はかなやつ。・・・・・・あのさ、私、あんたに触られたとは言ったけど、右胸を揉まれたなんて一言も言ってなかったと思うんだけどなぁ。どうしてそんな詳しくわかるのかなぁ?」

「はっ! し、しまった! く、くそぉ! ・・・・・・こうなったら、好きなだけ触ってやる!」


 逆上した下田は、野獣のように優璃へ飛びかかってきた。呆れて「はぁー」と優璃が大きく溜め息をついたその瞬間、電光石火の正拳が十五発、火花のように下田を撃ち抜いた。その衝撃に吹っ飛んだ下田は「ひでぶ」と呻いて気絶。

 優璃と下田の戦闘で響いたその音を聞いたのか、一分後、現場へ月花が駆けつけた。


「と、常盤氏、大丈夫だったのかい? ・・・・・・何だそのブタみたいな男は? いったい、何が?」

「はーぁ。・・・・・・嫌だね、まったく。さぁ、帰ろう? あとは、本職にお任せして、さ・・・・・・」


 優璃と月花が去ったそこには、五分後、赤色回転灯の明かりがいくつも輝きを放っていた。


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