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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
6/30

6. ★ 窓際の先客 (令和十年八月九日・水曜)

 ――――。


「――――・・・・・・そぉだったんだー。ホノカとユリって、すごい経験してるねー」

「いひひ。そーぉ? でもなー、わたしは大学入ってすぐ、空手やめちゃったようなもんだしー」

「それでもすごいよ。・・・・・・ふぅーん。沖縄の武術を部活でねぇー・・・・・・。いや、すごいわ」

「ことねちゃんは? 高校ってどこだったんだっけ?」

「あたしは、もう、超地元。すぐそこの、中田原(なかたわら)女子(じょし)(こう)だよ」

「そっか。高校時代、合気道部だったんだっけ?」

「まぁ、一応ねー。でも、でも、ホノカやユリみたいな超本格派じゃないしさー」

「えー。そんなことないでしょ? 段とかとったの?」

「い、一応、二段までは。・・・・・・いやいや、でもすごくないから! フツーに、部活ってだけで」

「合気道二段かー。ことねちゃんは和服似合いそうな顔だし、袴とかよく似合いそー」


 その時、ドアのチャイムが鳴った。開いたドアの外から、午後の橙色をした光が差し込んだ。


「あ! いらっしゃい、ユリ!」

「こんにちは、箏音。穂花って、もう来てる?」

「おーい、ゆりちゃん。こっちにいるよー」


 穂花はカウンターに座り、青いクリームソーダを飲みながら手を振っている。


「あれ? いつもの窓際席にいると思ったら、そっち?」

「いや、実はさー」


 穂花はぱちりと瞬きをして、窓際の方へ視線を軽く向けた。その先には、優璃がお気に入りの庭がよく見える窓際席があるが、若い女性が座って本を読んでいる姿があった。


「(あ、先客がいたのか。それじゃ仕方ないね)」


 優璃はそのままカウンター席へ向かい、穂花の横へ座って箏音へ「冷たいハーブティーをひとつお願いね」と注文をした。

 壁の棚に置かれた小さな昭和レトロ調のテレビ。その画面には、長崎県で行われている平和式典のニュースが映っている。


「・・・・・・はい、お待たせ。ユリ、今日のハーブはレモングラスだよ」

「わぁ、ありがとう! 私、レモングラスの香り大好きなんだ」

「よかった。さぁ、冷たいうちにどうぞー」


 優璃はト音記号型のストローで、涼やかなグラスに注がれたそのハーブティーをゆっくりと吸い上げる。


「・・・・・・。・・・・・・ふぅ・・・・・・」


 ふと、箏音が重めの溜め息を漏らした。


「どうしたの?」


 穂花が問う。


「悩み事?」


 優璃も問う。


「・・・・・・ちょっとねぇー・・・・・・。あー、厄介なんだよねぇー・・・・・・。はぁー・・・・・・」


 箏音はコーヒーを淹れながら、また、溜め息をついた。


「厄介・・・・・・って、何か、困り事?」


 優璃はグラスを置いて、カウンターに両手を置いた。


「なになになに? だ、大丈夫? ことねちゃん!」

「・・・・・・ふぅー・・・・・・。あ、あのさ、二人とも、話聞いてくれる?」


 優璃と穂花は「うん」と同時に頷き、厨房内の箏音の方へ、やや身を乗り出した。


「数日前からさぁ、この界隈に、何て言うか・・・・・・恐い人たちが出入りするようになってさぁ」

「こ、恐い人・・・・・・?」

「・・・・・・それが厄介事、か」

「そうなんだぁ。・・・・・・それで、その人達が昨日、うちに来てね・・・・・・婆ちゃんに『困ったことに遭いたくなかったら平和的にこの店と土地を売れ』・・・・・・って」

「ひ、ひどぉーい! なにそれぇ! ことねちゃん、警察には言った?」

「まって穂花。・・・・・・箏音? その恐い人達っていうのは・・・・・・」

「・・・・・・ヤのつく人達みたい。婆ちゃんが言うには、昔からこの県北地区を縄張りにしてる暴力団があるんだってさ・・・・・・」

「うひぇーっ! や、やっぱりぃ! ヤ、ヤク・・・・・・」

「穂花、ちょっと静かに! ・・・・・・箏音。その人達って、いわゆる地上げ屋的なやつ?」

「うーん、どうだろぉ・・・・・・。何にせよ、関わり合いになりたくない人達、ってのは間違いない。昨日来たのは、(あか)(がね)連合(れんごう)っていう暴力団の子分だかの、イージーって言ってたようだけど・・・・・・」


 箏音は何度も溜め息をつきながら、ティーカップを洗っている。


「(イージー・・・・・・。何者なんだろう・・・・・・。嫌だな、そんな人達にこの店を取られるのは)」


 優璃は訝しげな表情をしたまま、また一口、飲み物をすすった。

 穂花は「絶対ヤバいよ」と狼狽えながら、何度も手元のおしぼりで手を拭いている。



 * * * * *



 パタン、と何か小さな音がした。

 優璃と箏音は「ん?」と、その音の方へ目を向けた。それは、あの、窓際の席からだった。

 ずっとそこで本を読んでいた女性が、それを閉じ、ふうと一息吐いて窓の外へ目を向けたのだ。


「・・・・・・うちも、嫌だわ。こんないいお店が、そんなクズ共に汚されるなんてのは・・・・・・」


 窓から射し入る午後の陽射しを左身に浴び、女性は、そう呟いた。


「お、お客さんも、わかってくれるんですか! あ、ありがとう!」


 箏音は布巾で濡れた手を拭き、その女性の方へささっと移動した。

 よく見ると、その女性は和服をモチーフにしたモダンな服を着ており、席の隅には何か、長めの筒袋を携えている。


「・・・・・・お姉さん、よく見たら、うちと同じくらいね? 大変だな。クズ共のせいで・・・・・・」

「あ、あたし? 大学二年の二十歳ですけど・・・・・・。お、お客さんは?」

「うちも同じ。大学二年のハタチ。茨城水都大学(いばらきみとだいがく)の歴史学部。名前は大木(おおき)(つき)()である。よろしく」

「あ、よ、よろしく! あたしはこの喫茶民宿の鳴瀧箏音っていうの」

「鳴瀧氏か。よろしく、鳴瀧氏。うちのことは、普通に名で呼んでよろしい」


 月花というその女性は、どこか時代劇のような風変わりな話し方で、うっすらと微笑んだ。


「(ゆ、ゆりちゃん。なんだかあの子、変わってるねー・・・・・・)」

「(・・・・・・あの長めの袋・・・・・・)」


 穂花は月花の話し方などが気になるようだが、優璃はそうではなかった。

 優璃がずっと目にしているのは、月花の横にある筒袋だった。それが気になって仕方なかったのか、優璃は席を立って箏音の横へ。


「・・・・・・ん? そちらは、どなたかな?」

「月花さんって言ったね? 私は箏音の友達、常盤優璃。よろしくね。・・・・・・茨城から来たの?」

「常盤氏、か。覚えたよ。・・・・・・うちは茨城の大荒井町(おおあらいまち)の出身だ。この夏休みは、剣道修行でこの中田原市に来てるのだ。剣道場を持つ親戚の家に、泊まり込んでいるというわけだ」

「やっぱり! 剣道部かぁ! その長い袋を見て、竹刀か木刀だと思ったんだ!」


 優璃はにこっと笑い、月花の横にある筒袋を指差した。


「ほぉ! やるね、常盤氏! だがうちが本来やっているのは、ただのスポーツ剣道ではないよ」

「・・・・・・と、いうと? スポーツでは無い剣道ってことかな?」


 箏音は不思議そうに、月花へ問いかけた。

 ゆっくりと月花はその場で立ち、筒袋からその中身をすらりと引き出した。出てきたのは、一般的な普通の木刀よりもやや太い、九州産の「ユスの樹」から作られたという、特殊な木刀だった。


「うちは両親がどちらも剣に縁ある人生でね。父は中学の時に剣道で全国優勝して、高校ではフェンシングをやって、国体優勝もしたんだ。母も父と中学からの同級生で、剣道一筋。今は六段錬士の女流剣士として地元でたくさん弟子を育ててる。うちもその一人だ。・・・・・・ま、そういう感じ」

「すごいね。・・・・・・月花さんは、その木刀みたいに、背筋に真っ直ぐ芯が通った感じに見える」

「常盤氏、なかなか慧眼(けいがん)ね。うちは今、九州は薩摩の古流 薩摩眼示流(さつまげんじりゅう)剣術(けんじゅつ)を修行してるのだ」


 月花は得意気にそう言うと、ひゅんと木刀を翻し、また筒袋の中へしまった。


「・・・・・・。・・・・・・一瞬、和んじゃったけど、あたしは地上げ屋の悩みが消えないや・・・・・・」

「大丈夫だよ、箏音! 諦めないで! 何とかなるよう、手立てを考えようよ」


 その日、店の明かりは夕暮れ過ぎまで消えなかった。それが消えたのは、月明かりが街を碧く染め照らす頃だった。



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