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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
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5. ★ 優璃と穂花は小笹に何を学ぶ? (令和八年十二月十九日・土曜)

 ――――。


「こざさせんせー、これ、なんですか?」

「見たことない物がたくさんあるなぁ」


 柏沼高校の武道場で、優璃と穂花は首を傾げていた。

 壁際に、二人が見慣れない道具らしきものがいくつもあり、さらにそこへ、小笹が衣装ケースに入った別な道具を持ってきて、添え加えた。


「ふーっ! 重かったぁッ。・・・・・・今日から卒業まで、二人にはこれらの使い方も教えようと思ってさ。ほら、二人とももう、推薦で大学も決まったでしょっ?」


 小笹はフードに乗った雪を入口で払い、「寒いねー」と言って道着姿の優璃と穂花へミニボトルのホット紅茶を渡した。


「ゆりちゃん、いったいこれ、何だろうね? 亀の甲? 小さな・・・・・・槍? 長い棒に、これは何だろう? わたしの自宅にあるコート掛けのパーツかな? あと、大きなヘラっぽいのもある」

「小笹先生、これってもしかして・・・・・・」


 優璃は、太めの麻紐で二つ繋がれた一尺ほどの八角材を手に取り、見つめている。


「常盤さんが今手にしてるのはね、『ヌンチャク』だよ」

「え! ヌ、ヌンチャクって、あの、カンフー映画でアチョーでトリャーでビシバシ振り回すやつですかっ? うひぇーっ! その実物が、ゆりちゃんが手にしてる、これ・・・・・・」

「渡良瀬さんが言ったのは、半分正解。でもね、沖縄空手伝統のヌンチャクは、アクション映画のようにあそこまでヒュンヒュン振り回しまくったりはしないの。きちんと、ヌンチャク専用の形もあるんだよ」

「そ、そーなんですか!」


 そう言って、小笹は道着と帯を抱えて、更衣室に小走りで入っていった。


「穂花、見て。これ、ここを握って持つと、拳の先から肘先まで、ピタッとくっつく感じになる」


 優璃はトの字型の堅い木製の道具を持ち、突き出た取っ手部分を握って、笑って構えた。


「ゆりちゃん、かっこいー。あ、それ、そーやって持つ物だったのかな? コート掛けの部品っぽかったから、ついー・・・・・・」


 小笹は更衣室で道着に着替え、白い息を吐きながら二人のもとへ戻ってきた。


「それはね、『トンファー』っていう武具だよ。ヌンチャクと並んで、沖縄空手の武器術では有名な道具の一つだね。石臼を回す挽き棒が原型っていう一説もある道具なんだよ」

「トンファー・・・・・・って、私、聞いたことあるかも。これが! ・・・・・・ふぅーん! へえぇー」


 優璃はトンファーをくるりくるりと回しながら、


「こざさせんせー。空手って、『手を空にして何も持たないから空手』じゃないんですか?」

「それはまぁ、俗説っぽい感じかなー。元々、沖縄武術の(てぃー)は、武器と徒手両方の技術があるの」


 小笹はにこっと笑うと、穂花に「見ててね?」と言い、自分の背丈よりも長い棒を手に取った。

 優璃はトンファーを置き、穂花と並んで棒を持って直立する小笹をじっと見ている。


「・・・・・・北谷屋良の棍(チャタンヤラヌークン)ッ!」

「「 (・・・・・・っ!) 」」


 その一声を発した瞬間、小笹の周囲にピリリと電気が走るように気が満ち溢れた。目つきも先程までの優しく穏やかなものから一変し、まるで猛禽類のような鋭い目に変化している。

 優璃と穂花は小笹のその気迫を目の前で受け、見つめる目もさらに真剣なものとなっている。


「(う、うへぇ! こ、こざさせんせー・・・・・・棒を持って、こんなすごい形もできるんだぁ!)」

「(棒の軌道や力の強弱に無駄が一切無い。・・・・・・棒の動きと扱い方なんて、初めて見た・・・・・・)」


 四方八方、縦横八字に冷たい空気を切り裂く小笹の棒。

 小笹は、まるで手足と一体化したかのように、高速で棒を操り美しい軌道を描いて形を演武した。


「・・・・・・ってな感じだね」

「すごぉい! わたし、武器術って、初めて見ました! ほんと、映画みたぁい!」


 穂花は小笹の形に感動し、小躍りをしている。


「これはワタシの個人的見解なんだけどね・・・・・・」

「「 はい 」」

(てぃー)ってのは、徒手空拳・・・・・・今で言う空手と、武器術、あとは捕り技や組み技、もっと広く言えば馬術や水泳、話術なんかもぜーんぶ引っくるめての、『身を守るための手段』を指した総合武術だったんじゃないかと思うの」

「全てを・・・・・・ですか?」

「そう。いま見せた棒の形を見て、空手の動きはそのまま武器術とリンクする部分も多いでしょ」

「たしかに! たしかにーっ! こざさせんせいが棒をこうやって掬い上げる動きとか、横に払う動きとか、そのまま、空手でしたもん」

「手については文献がもう無いに等しいから、研究者が様々な仮説を立ててるんだけど、いまいち正体がわからないことも多いんだ。沖縄の伝統武術だけど、その正体はよくわからない・・・・・・」


 そう言って小笹は棒を壁に立て掛け、続いて、ヌンチャクを手に取った。


「あなたたち二人は、柏沼高校空手道部最後の部員。部活としての高体連競技の空手はもう終わったけど、競技とは違う沖縄文化としての空手を学んでもらえて、ワタシは本当に嬉しいんだ」

「小笹先生。私は空手競技も楽しんでいますが、元々、強くなるために空手を学んでるので」

「わ、わたし実はー・・・・・・試合で組手とか怖かったしぃ、こーいう空手のが楽しいなー・・・・・・と」

「くすっ。あははっ。いいね、二人とも! ・・・・・・じゃあ、次は、ヌンチャクを見せるよ」

「「 はい! 」」

「・・・・・・前里のヌンチャクメーサトゥーンヌンチャクッ!」


 棒に続き小笹は伝統的なヌンチャクの形を演武。優璃と穂花はそれを食い入るように見ていた。



 * * * * *



「――――・・・・・・せんせー? これって、こうで合ってる?」

「難しいなぁ。さっきの棒とはまた、感覚が似てるんだけど細部が微妙に違うなぁ」


 いつの間にか、外は薄暗くなっており、雪がしんしんと降り積もっている。

 優璃と穂花はあれからずっと小笹に沖縄空手の武器術を何時間も習い続けていた。

 二人が今習っているのは、「エーク」と呼ばれる船漕ぎ用の櫂から派生した武具だ。小笹は二人に武器術の基礎から教え、丁寧に細部まで説明しながら指導をしている。


「はぁ、はぁ。・・・・・・あー、慣れないからか、つかれるーっ! うへー」

「ほんとだね。私、握り込みすぎて、手のひらが細かく筋肉痛になってきたかも」

「あははっ。二人とも、頑張るね! ・・・・・・常盤さん。慣れない手の内を鍛えるなら、コレをあげるから使ってみて」


 小笹は優璃に、ケヤキ製の小さな木玉を二つ渡した。


「小笹先生、これは?」

「ワタシは『握り玉』って呼んでるんだ。ヒマな時に、これをニギニギしてるとね、手の内や指の筋肉が少しずつ、ゆっくりと鍛えられてゆくよ」

「へえぇー、すごい! ありがとうございます!」

「もし、それを持ってないときは、大きめのビー玉やクルミなんかでもいいんだよ」

「こざさせんせーって、ほんと、空手の達人ですねーっ! 空手のことならなんでも知ってるー」

「そんなことないよぉ。ワタシは、沖縄空手の世界じゃ、まーだまだヒヨッコだよぉ」

「小笹先生のレベルでヒヨッコじゃ、空手って奥が深すぎてとんでもない世界なんですね」

「その空手の歴史のなかに、あなたたちもいるんだよ? ・・・・・・あははっ。さ、稽古を続けよう」

「「 はい! 」」


 優璃と穂花はその後ずっと、目を輝かせて小笹から沖縄空手の武器術を学んだ。

 小笹が自宅の倉庫から持ってきた武具の説明を細かく聞き、それぞれの基礎用法や扱い方、さらには沖縄空手の背景なども聞き、二人はスポーツではない空手の源流としての技法と心を学び取っていた。


「こざさせんせー。この亀の甲と小槍みたいなやつは? これも武器ですか?」

「亀の甲は『ティンベー』という盾。そっちは『ローチン』という手槍だね。それぞれの手に持って使うんだよ。ティンベーで受け流すと同時に、ローチンで突く! ・・・・・・ってのが基本だよ」


 穂花はそれらを手に持ち、ティンベーの裏側を見て「ほんとに盾だ」と感心している。


「小笹先生。私、もう一度エークと棒を教わりたいんですが」

「うん、いいよ。じゃあ、さっきやった基礎をまた、反復してみよう。まずはー・・・・・・――――」


 時計の針は夕方五時過ぎを指している。

 外は雪が積もって真っ白な銀世界となっている中でも、武道場の熱気は冷めずにいた。

 優璃と穂花は、それから一時間以上、小笹に「手」の手ほどきを受けていたのだった。


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[良い点] これぞ小笹だ! ゆりとほのかは、こーりゃすげぇ強くなるわな! [気になる点] 悠久の拳で小笹のばーちゃんが言ってたようなことを、小笹がまた言ってるとはな。。。
[良い点] 優璃だけでなく、穂花もちゃんと小笹の弟子だったんですね。 まさか部活で本格的な沖縄空手を習えるなんて、二人はすごく贅沢だと思います(^o^) [一言] 優璃は小紅、穂花は水穂に見えてきま…
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